第1話
当初の予定と違って色濃い夏休みが終わった。
残暑厳しいが季節は秋へと移り、2学期が始まった。
いつも通りの学園生活。
例のお友達三人娘にリリーナと一線超えたのかとやたらと聞かれたが、答えはNOだ。
あの後、コドラ邸にはしばらく泊まったが決して手を出してはいない。
僕は美学を貫き通した。
王都の自分の寮があんなに恋しくなるとは思わなかった。
そろそろ月が満ちようとしている。
そんなある日の放課後。
リリーナが三人娘に連れられてカフェに行った。
三人娘に作戦会議だから絶対に付いて来るなと釘を刺されたが、付いて行く気なんて毛頭ない。
むしろ毎日リリーナとお出かけして欲しいぐらいだ。
その方が僕は自由だ。
リリーナにとっても友達と過ごす時間の方が有意義に決まっている。
いっそのこと合コンでも行かないかな?
リリーナとあの三人娘なら相手もさぞ喜ぶだろうに。
今度トレインにでもセッティングさせようかな?
今日は一人で帰れるから買い食いでもしよう。
そうだ、ナイトメア・ルミナスのみんなにも買って行ってあげよう。
まだ前のお礼してないしな。
校門を出る所で後ろから全速力で走る足音が聞こえてくる。
なんか凄く嫌な予感。
「やっと見つけたわよ!アークム兄!」
「えーと……何かようかな?」
僕は振り返ってアイビー・グランドを見る。
彼女とはヒナタとシンシアの友達だから面識があるけど、直接話すような間柄じゃないはずなんだけど……
「ちょっと放課後付き合ってよ」
「えー、嫌だよ」
「いいから」
「良く無いよ。
僕はこれから用事あるんだよ」
屋台で美味しい物いっぱい食べるっていう大事な用事が。
「そうなの?
その用事は何時に終わる?」
「えーと……今日は遅くなるかな?」
「そう、なら仕方ないわね。
なら明日は?」
「明日もちょっと都合悪いかな」
「結構忙しいのね。
じゃあ逆にいつならいけるの?」
この子は珍しい。
僕の都合に合わせようとしている。
……いや、これが普通か。
「うーん……」
しかし、こうなると日程決まるまで聞かれそうだ。
それはそれで鬱陶しい。
ヒナタ達の友達だからあんまり無下に出来ないしな〜
仕方ない。
「今からならいいよ」
「あれ?用事は大丈夫なの?
別日でも大丈夫よ」
素直でいい子だ。
さすが王国の正義の娘。
「いや大丈夫。
むしろ明日の方が都合が悪い」
リリーナが絡む方がややこしくなりそうだし。
「そうなのね。
じゃあついてきて」
「どこに行くの?」
「喫茶店」
「喫茶店?
なんで?」
「着いたらわかるわ」
少し興味が出て来た僕は大人しくついて行く事にした。
◇
アイビーは見覚えのある道を進んでいく。
そして良く知る喫茶店の前に辿り付いた。
ここはスミレが初めに案内してくれたギルドの入り口がある場所。
そう言えば喫茶店やるって言ってたな。
だけどここに何の用事だろ?
「ここよ」
アイビーはそう言って中に入る。
僕も後に続く。
「いらっしゃいませ。
あ!アイビーさん。
また来てくれたんですね。
ってヒカゲさ……君。
あわわわわ」
アホ毛のウェイトレスがなんか慌てて身だしなみを整え始める。
うーん、この子どっかで見た事ある気がするんだよね。
どこだったかな?
「慌てなくていいから、席案内してくれる」
「はい、ただいま」
僕達は案内された席に向かい合わせに座って注文をする。
ダメだ。
全然思い出せない。
「驚いたでしょ?」
「……そうだね」
「私も先日たまたまここに入ってバッタリ再開したの」
「……へぇー、そうなんだ」
「あなたもあの子の事気になってると思って連れて来たの」
「……そうだね」
「もしかしてだけど、サラの事覚えてない?」
「そんな事ないよ」
そうだサラだ。
あの素晴らしい景色を案内してくれたサラだ。
やっと思い出したよ。
景色の方はバッチリ覚えてだんだけどね。
あぁ、スッキリした。
「それであなたにも協力して欲しいの」
「なにを?」
「あの後ナモナイ村で何があったかのか知りたいの。
だけどサラは教えてくれないのよ」
「別にいいじゃん。
今が幸せなら」
「そうはいかないわ。
アークム兄はナイトメア・ルミナスって知ってる?」
「聞いた事無いな」
僕は息をするように嘘を吐く。
彼女の口からその名前を聞くとは思わなかった。
「美術館再開時に盗んだロビンコレクションを返しに来たって新聞で一時期話題になってたわよ」
「そんな事もあったね」
「奴らはナモナイ村での事でも噛んでいるわ」
「なんで分かるの?」
「あまり大きな声で言えないけど……」
アイビーは周囲の目を気にしながら小声で言った。
「私は構成員に会ったわ。
2人だけだけど、対峙しただけで敵わないと思うほどの化け物よ」
「アイビーが言うなら僕なんか一溜まりも無いね」
アイビーが疑わしそうな目でじっと見る。
「え?何?」
「ヒナタがあなたの話ばかりするのよ」
「それはさぞ酷い言われようだろうね」
「逆よ。
あなたの自慢ばかりよ」
「僕の?
人違いじゃないの?」
「あなた以外にお兄ちゃんがいるの?」
「いないよ」
「ならあなたでしょ」
「そうなるね」
アイビーは心底呆れた顔をしてコーヒーを飲んだ。
僕も自分の分のココアを飲む。
お、結構美味しいな。
未だに味の決まらない僕の家のとは大違いだ。
「私のあなたに対する第一印象はね、人でなしよ」
「間違ってはないね」
「ちなみに今は妹想いの人でなしね」
「特に妹想いでも無いと思うよ」
「普通否定する方逆でしょ」
アイビーはため息を吐いて目頭を押さえた。
なんかお疲れみたい。
「まぁ、いいわ。
シンシアに聞いたけど、夏休み中ヒナタにまたアレがあったんだって?」
「あったね」
「その時ナイトメア・ルミナスに会ったって言ってたわ」
「そうなんだ」
「呑気に言ってる場合じゃないわよ。
前回はたまたま生きてだけど、次もそうとは限らないわ」
「ありがとう。
ヒナタを心配してくれてるんだね」
「そうよ。
あんな事早く辞めさせるべきよ」
「でも大丈夫だよ。
だって君やシンシアがいてくれるんだろ?」
「だから、私達ではどうにもならないって――」
「大丈夫。
僕が生きている限り迎えに行くから。
世界中の何処にいても必ず」
アイビーは口をぽかーんと開けて固まった。
それから何か言いたげだったけど、辞めてコーヒーを一気に飲み干した。
「なんかヒナタがあなたを自慢する理由がわかった気がする。
あり得ない事なのに妙に説得力があるのよね」
アイビーは立ち上がって伝票を取った。
「ここは私が払うわ。
ゆっくりしていって」
「いいよ。
僕が払うから置いていってよ。
アイビーに払わせたのヒナタにバレたら怒られちゃうよ」
僕はアイビーの手から伝票を奪う。
「わかった。
ご馳走になるわ。
ありがとう」
アイビーは素直に店を後にした。
なんて素直に子なんだろう。
僕の周りにはいない子だ。
「ヒカゲ様。
ずっと来てくれるの待ってました」
サラが待っていたようにこちらにきて、さっきまでアイビー座っていた所に座る。
手にはケーキを持っている。
「様は辞めてくれない。
前みたいに君でいいよ」
「でもヒカゲ様はギルドマスターですから」
「みんな様呼びはしてないよ」
「でも君で呼ぶと怒られるかも……」
「大丈夫大丈夫。
そんな事気にする人いないよ」
「わかりました。
ではヒカゲ君。
これをどうぞ」
サラは手に持っていたケーキを僕の前に差し出す。
僕の大好きな苺のショートケーキだ。
「頼んで無いよ」
「サービスです」
「本当に?
ありがとう。
僕これ好きなんだ」
僕は口いっぱいにショートケーキを頬張る。
苺の甘さが生クリームの甘さと絶妙にマッチして美味しい。
「美味しい」
「良かったです。
私の自信作なんです」
「サラは料理が上手いんだね」
「はい。
なのでスミレ様にここを任されています」
「またなんで?」
「実は……」
サラが両手を机の上に出して円を作る。
その円の中に魔力が集まっていき、形が出来てくる。
そして時間がかかったがコップが生成された。
「すごいね。
ちょっと見せてよ」
僕はサラの生成したコップを持って隅々まで見る。
しっかりとコップが出来ている。
一見大した事無さそうだけど、サラの魔力量はお世辞にも多いとは言えない。
そんな彼女が生成出来る事は快挙だと言える。
「まだこれだけしか出来ませんが、いつかヒカゲ君が作ったようなオーロラを作ってみたいんです」
「あれはかなり難しいよ」
「はい。
それでも挑戦します。
とても綺麗だったので」
「そうか、応援しているよ」
到底不可能だと思う。
それでも全く可能性が無いわけでは無い。
なんたって魔力生成すら出来ると思わなかったんだ。
もしかしたらオーロラだって出来るかもしれない。
人の可能性は無限大だからね。
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