第19-1話
ケルベロスが地獄をも生ぬるく感じる程の苦痛を味わう悪夢のフィナーレ。
その後について少し話をするね。
ツバキを見送った後、コドラ邸にラッシュで帰った。
空を飛んだら5分もかからなかったけど、もう薄らと空が明るくなって来ていた。
せっかくなので客室の窓から朝焼けを楽しむ事にした。
僕は夜の方が好きだけど、なんか今日はやたらと朝焼けが綺麗に感じた。
ふと思う。
もしヒナタのアレが無かったら僕はどうしていたのか?
あのままいつまで続けていたのだろうか?
あの三人の苦痛と恐怖で歪んだ顔を今思い出しただけでもゾクゾクする。
足りなかった何かが満たされていく感覚だった。
……考えるのはやめようか。
もう過ぎた事を考えても仕方ない。
きっと色々欲求不満なんだろう。
今は朝焼けを楽しもう。
窓を開けて楽しんでいたら、一陣の風と共にソラが入ってくる。
「主、おはよう」
「おはよう。
昨晩は休みなのにごめんね」
「いいよ」
「リリーナの様子は?」
「ぐっすり眠ってた」
「そうか。
それは良かった」
どうやら悪夢に魘される事は無かったようだ。
いい夢を見てるといいな。
「主、あれは主の女?」
「違うよ」
「なんで?」
「なんでって……
リリーナは善人だからね」
「なるほど、じゃあナイトメア・ルミナスのみんな主の女だね」
「そんな事無いよ」
なんて事言うんだこの子は。
そんな事言ったら僕は追い出されてしまうじゃないか。
「でもみんな悪党だよ」
「悪党だからって僕の女にはならないよ」
「どうしたら主の女になるの?」
「どうしたらか……」
うーん……
考えた事無いな。
「そもそも僕の女ってなんだ?」
「わかんない。
わかんないけど、私は主の女だよ」
「わからないのにそんな事言ったらダメだよ」
「なんで?
私は主の女がいい。
主の女なら主の血が飲み放題」
「それはむしろ僕がソラの男にならない?
いやソラの餌か」
「それでもいい。
私は主の血が飲めたらなんでもいい」
「僕は良くないよ」
「えー」
ソラは心底不満そうな顔をする。
そんな可愛い顔されても僕の血は飲み放題にはならない。
「それで何かわかったかい?」
「うん、スミレから先に伝えておく事だけ聞いて来た。
残りは情報を整理してから直接伝えに行くだって」
「わかった。
で、先に伝えておく事は何?」
「血ちょうだい」
喋るつもりは無いんだな。
確かに血を介した方が早いけど……
「血吸うだけだよ」
「うん」
僕は首筋を見せる。
ソラは一瞬で齧り付いた。
僕の頭に情報がインプットされる。
「もう分かったからいいよ」
ソラは吸血を辞めて首筋から離れた。
まただ。
顔が捕食者そのものになっている。
「主やろ」
本当にこれさえ無ければいいんだけどな。
「やらない」
「でも主も欲求不満」
「そうかもね。
でもやらない」
「主の好きな身体になるよ」
「やらない」
「ケチ」
「僕は悪党だからケチなんだ」
ソラは頬を膨らませて拗ねている。
いくら拗ねてもやらない物はやらない。
だって悪党の僕とやるなんて不幸でしか無いから。
「なら無理矢理――」
「ヒカゲ様。
朝食の準備が出来ました」
ソラが不穏な事を言い出したタイミングでドアの向こうから使用人の声が聞こえた。
ソラは渋々姿をくらました。
◇
食堂に行くとリリーナの姿は無かった。
僕は一人分だけ用意されたテーブルにつく。
「リリーナは体調悪いの?」
「リリーナお嬢様は健康そのものです。
ただ、食事は自室で摂るとの事です。
あと、今日はヒカゲ様はご自由にしていいと言伝を頂いています」
疲れてるのかな?
まあいろいろあったからね。
僕は僕でこの豪華な食事を楽しませて貰おう。
「おはようヒカゲ君」
食べ終えた頃にコドラ公爵が食堂へと現れた。
「おはよう」
「ちょっと話す時間あるかな?」
僕が答える前に目の前の席へと腰を下ろす。
「ヒカゲ君。
娘を助けてくれてありがとう」
「なんの事?」
「6年前の事、王都での事、そして今回の事」
「何があったか知ってるの?」
「王都での事は詳しく聞いている。
でも恥ずかしながらその他の事はわからない。
リリーナも詳しくは話してくれないだろう」
「そんな事無いと思うよ。
凄くいい子だよ」
リリーナは親の前でも猫被ってるからね。
「気を使わなくてもいい。
あの子の性格はわかっている。
これでも一応あの子の親だ。
あの子に仮面を被せてしまったのは、他でも無い私だ」
「仮面だなんて大袈裟だよ」
「いや、あの子は優しい子なんだ。
本当は宣教師学園に行きたく無い事もわかっていた。
でも、当時の私に兄の意向を跳ね除ける力は無かった。
娘を取られても何も言えなかった。
いや、娘と妻を連れて逃げる勇気すら無かった。
それでもあの子は嫌な顔一つ見せずに学園に通った。
あの時あの子は仮面を被り始めたんだ」
公爵の顔が後悔の念で溢れている。
まるで懺悔のように語り続ける。
「それまで地位や権力など、どうでも良かった。
妻と娘さえ幸せならいいと思っていた。
だけど、それすら守れない男だった。
それから私は兄を失脚させようと動き出した。
ただ娘を取り戻す為だけに。
幸い兄はワンマンだった為、公爵家内でも敵は多かった。
でも私の力ではどうしようも無かった。
その時6年前の事件が起きた。
あれは君が噛んでいるんだろ?」
公爵は僕の顔を見る。
その目は確信を持っている目だった。
きっと誤魔化しても無駄なんだろう。
「少しだけね。
大した事はしてないよ」
「昨日も何かあったんだろ?
あの子の様子がおかしかった。
だけど今朝は違った。
別の意味で様子は違ったけどね」
「もう解決したよ。
何も心配はいらない。
いつかリリーナが話してくれると思うよ」
「そうか。
ならそれまで待つ事にするよ」
本当はムースの事を知っていた方がいいのかもしれない。
でも、それは僕の口から言う事では無い。
「あの子が本当に心を許しているのは君だけだ。
どうかこれからもあの子の事をよろしく頼む」
「まあ、出来る範囲でね」
「あと、君に公爵家を継げと言う気は無い。
もちろん望むならやぶさかでは無いが」
「出来れば婚約を破棄して欲しいんだけどね」
「それはあの子を説得してくれ。
全てあの子の意思だ。
だけど、これだけは言っておくよ。
私も妻も君の事は気に入っている。
私達から婚約破棄をさせる気は全く無い」
それって絶望的じゃない?
早くリリーナが本当にいい相手見つけてくれないかな〜
「私も妻も孫はいつでも大歓迎だ」
「冗談きついよ」
「君の客室もリリーナの寝室も夜は誰も近づかないように言ってあるから安心してくれ」
「大事な娘なんでしょ?」
「大事な娘だからだよ」
わからん。
この世界の貴族の考え方は未だにわからないよ。
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