第17話
夜の闇がヒナタの泣き声を吸収していく。
僕はその声を聞きながらゆっくりと近づいていった。
自力で気力を使えた事は凄い事だ。
ただそれだけではダメだ。
まだ今のヒナタではスミレ達の足元にも及ばない。
「ヒナタ」
僕は優しい声をかける。
だけど泣き止む様子は無い。
「ヒナタ。
どうしたの?
泣かないでよ。
ニャー」
ヒナタの見える位置までしゃがみ込んで可愛いネコのポーズ披露する。
それを見たヒナタは僕の胸に飛び込んで、声を出して更に泣いた。
「うわーん!
お兄ちゃん、私、私助けられなかった。
うぐっ、もう少しだったの。
もう少しで届いたの。
うぐっ、でもダメだった」
僕は優しく頭を撫でてあげる。
ヒナタにとって初めての挫折かもしれない。
こんなに泣いているヒナタは初めて見た。
「ヒナタ。
誰にでも失敗はあるんだよ」
「でも、エミリーさんが……」
「その悔しさをバネにもっと強くなればいい」
「うぐっ、でも……」
「ヒナタは頑張ったんだよ。
これ以上無いぐらい頑張った。
世界中の誰も認め無くても僕だけは認めるよ。
よく頑張ったね」
「うわー!!」
ヒナタは泣き続ける。
その涙が僕のシャツに染み込んでいく。
「それでいいんだよ。
悔しいなら泣いていいんだ。
思いっきり泣いて、全部出し切ってしまっていいんだよ。
僕はヒナタが泣き止むまでここにいるから」
「お兄ちゃん。
私が……私がもっと強かったら……ひっく、強かったら……」
ヒナタはしゃっくりで上手く喋れていない。
背中をさすってあげて落ち着かせる。
「ゆっくりでいいよ。
焦る事は何も無いから」
「ひっく……エミリーさんが連れて、ひっく、行かれちゃった。
どうしよう、ひっく、酷い目にあったら、ひっく。
私のせいだ」
「そんな事は無いよ。
ヒナタは何も悪く無い。
悪いものか。
誰もヒナタを責めやしないよ。
そんな事僕がさせない」
「でも……私が……」
「大丈夫だよ。
僕が保証する。
僕がなんとかするから」
「本当?」
ヒナタは僕の顔を見上げる。
目は真っ赤に腫れて、それでも涙は止まらない。
もう自分の無力さに押し潰されてしまいそうな顔している。
「ああ、もちろん。
僕がヒナタに嘘吐いた事無いでしょ?」
「いっぱいあるよ」
「……そうだっけ?」
「嘘吐いた事が、ひっく、無いってのが嘘だよ」
「……でも今のは嘘じゃないよ」
「うん、信じる」
ヒナタはまた僕の胸の中に顔を埋めて泣いた。
僕は黙って見守る。
その涙が明日への糧になると願って。
◇
「ヒカゲ。
やっぱり来てたのね」
泣き疲れて寝てしまったヒナタを宿舎まで戻ってベットに寝かせて、部屋を出た所でシンシアが戻って来た。
「やあ、シンシア。
なんか大変だったみたいだね」
「全くよ。
それにしてもあんたって神出鬼没よね」
「まあね」
なにせ前世は怪盗だからね。
神出鬼没は僕の得意分野だよ。
「いやいや、少年。
西都からここまでの距離知ってるかい?
そんな気軽に来れる距離じゃないよ」
「そうかもね。
でも僕はヒナタのお兄ちゃんだから」
僕はシンシアと一緒に戻って来たツバキに営業スマイルで答える。
「どうやって来たんだい?」
「頑張って来たよ」
「いや、方法を聞いているのだけど」
「お兄ちゃんパワーで来たよ」
「答える気が無いんだね」
ツバキはやれやれと言うと、それ以上追求して来なかった。
シンシアがヒナタの様子を見に部屋に入っていくと、慌ててすぐに出てきた。
「ヒカゲ!」
ヒナタが寝ているので声は小さい。
「どうしたの?」
「あんた、ヒナタ着替えさせたの!」
「そうだよ。
服がドロドロだったからね。
汗もかいてたから濡れタオルで拭いておいたから大丈夫だよ」
「体まで拭いたの!」
「だってそのままだと気持ち悪いだろ」
シンシアは心底驚いた顔で僕に詰め寄る。
「あんた!変な事してないわよね!」
「変な事って?」
「変な事って……変な事は変な事よ!」
なんか顔を赤くして怒っている。
一体何をそんなに怒っているのだろう?
「少年。
それはえっちな事だよ」
「師匠!
はっきり言わないでください!」
「えー、しないよそんな事。
妹だよ」
何を心配してるかと思えば馬鹿馬鹿しい。
僕がヒナタにそんな事するわけ無いじゃないか。
「妹でもヒナタは女の子なのよ」
「知ってるよ。
弟じゃないからね」
「あんた妹なら勝手に着替えさせていいと思ってるわけ?」
「だってあのまま寝てたら絶対に気持ち悪いよ」
「……ダメだからね」
「え?なんて?」
シンシアが顔を更に真っ赤にして、僕の胸ぐら掴んで前後に揺らす。
「私の時はダメだからね!
本当はヒナタもダメだけど、あの子は大丈夫とか言いそうだから。
でも私は絶対にダメ!
いくら私があなたの妹だからってダメな物はダメ!」
「わかった、わかった。
わかったから手を離してよ」
変わった子だな。
あのままだったら絶対に安眠出来ないのに。
さっぱりした方がいい夢見れると思うんだけどな。
「まあまあ愛弟子。
それぐらいにしてやりな。
それより私達もお風呂に入って汗を流そうじゃないか」
「わかりました」
シンシアがやっと放してくれた。
ツバキの言う事は良く聞くよね。
僕の言う事は全然聞いてくれないけど。
「少年も一緒に入るかい?」
「師匠!」
「遠慮しときます」
なんたって僕はまた西都に帰らないといけないからね。
◇
この世界の夏の夜はなんとなく涼しく感じる。
外にいれば風が心地いい。
こっちの世界にも蚊がいるけど、僕は魔力でガードしているから刺されない。
「少年は寝なくていいのかい?」
風呂上がりで色気が増したツバキが僕に声をかけてきた。
「何か僕に話したい事があると思って」
「少年は不思議な子だね」
「ここまで来た方法はお兄ちゃんパワーだよ」
「それはいいよ。
誰にでも言いたく無い事がある物だ。
それより、一杯付き合ってくれよ」
「いいよ」
僕はツバキから瓢箪を受け取って乾杯をした。
フルーツの香りがする美味しいお酒だ。
「妹君のアレはいつからだい?」
「6歳の頃だったかな?」
「最初は小鳥が巣から落ちたとか、ネコが木から降りれなくなったとかだったんじゃないかい?」
「そうだね」
「妹君には見えたり聞こえたりするんだよ」
「よくわかるね」
「ある少女の昔話を聞いてくれないか?」
ツバキは急に真剣なトーンに変わる。
僕の答えを聞く前に酒で喉を潤してから続けた。
「少女はどこにでもいる平民の子。
ちょっと運動神経のいい活発な女の子。
ある日小さな人助けをした。
目の前の人が落とした物を拾ってあげる小さな人助け。
それからだった。
何かわからない。
でも、どうしても行かなくてはいけない。
そう思わせる何かが見えたり聞こえたりする。
そのなんとも言えない衝動が湧いてくる。
そして段々難易度が上がってくる。
やがて自分の力を少し超える程度の難易度になっていく。
まるで成長を促すように」
ツバキは何処か遠い目をしていた。
これがツバキ自身の事だと容易に想像出来た。
「その衝動に駆られるまま女の子は行動した。
何度も死にそうになりながらも女の子は人助けを続けた。
そして勇者と呼ばれるようになって、王国からも勇者の称号を与えられるようになった」
「だからツバキは強いんだね」
「いいや私は強く無いよ。
称号を与えられた時には私の中にあったのは恐怖だ。
次から次へと押し寄せてくる困難は確実に大きくなっていく。
次は死ぬかもしれない。
でも衝動は湧き上がる。
それを抑えられる物がこれさ」
そう言ってツバキは酒を飲んだ。
とても美味しそうに。
「私はね。
勇者なんて言われるほどいい物じゃないさ。
ただ恐怖に怯える女の子。
いや、もう女の子って歳じゃ無いな。
酒に逃げるしか出来ない臆病者の女さ。
幻滅しただろ?」
「それでもツバキは勇者だよ」
「少年は優しいね」
「別に慰めるつもりで言ってるんじゃないよ。
死ぬのが怖く無い人間なんていないよ。
それでもツバキは剣を取り続けた。
今日だってそうさ。
ツバキは臆病者なんかじゃない。
本当の臆病者はどんな事があっても人助けの為に危険な事なんかしないよ。
それが出来るツバキは間違い無く勇者だよ」
僕なら絶対にしない。
赤の他人の為になんか危険を侵さない。
それが出来るのは紛れもなく善人だけだ。
「まさか年下の男の子にときめく日が来るとはね。
少年はさぞモテるだろうね」
「残念ながら僕は学園の嫌われ者だよ」
「それはみんなの見る目が無いね。
私があと10歳若ければ全力で口説いていたよ」
「僕はツバキも守備範囲だよ」
「キャハハハハ。
あまりからかわないでくれよ。
酒の勢いで押し倒してしまいそうだよ」
ツバキがいつもの調子に戻って酒を飲み干した。
僕それに合わせて飲み干す。
「少年。
いい飲みっぷりだ。
また今度付き合ってくれよ」
「いいよ。
その時は僕にお持ち帰りされないようにね」
「キャハハハハ。
君は本当に面白いね」
本当に愉快そうに笑う。
この姿が酒の所為なのか、ツバキの本当の性格なのかわからない。
でも、今この瞬間を楽しめているならいいと思う。
「きっと妹君はこの先も困難な場面に呼び寄せられるだろう。
その時に妹君がなんと思うかわからない。
私みたいになるかもしれないし、ならないかもしれない。
でも、少年がいれば大丈夫だろうね」
「僕はいつまでも側にいれるかわからないけどね」
「そうかもね。
いつまでもは無理かもしれないね。
だからこそ、いれる内はいてあげてくれよ」
「そうだね。
僕はお兄ちゃんだから」
ツバキは僕の言葉に満足したように頷いて宿舎の方へ戻っていく。
その姿が見えなるまで見送った。
ヒナタはこれからも困難に立ち向かっていくのだろう。
時には今日みたいな挫折にぶつかる時もあるだろう。
でも僕には何も出来ない。
だからせめて迎えに行ってあげよう。
僕が散り行くその日まで。
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