第10話
ヒカゲが騎士に連れて行かれてから、リリーナはすぐに動き出した。
「エミリーはこの事をお父様に伝えて。
私は先に騎士団支部に行く」
リリーナはそう言うとエミリーの返事を聞かずに行ってしまった。
エミリーは少し心配ではあったが、そう命令された以上従うしか無かった。
せめて少しでも早く伝えようと屋敷まで急いで向かう。
そんなエミリーを待ち受けている人物がいた。
「エミリー」
聞き覚えのある声に呼び止められてエミリーは足を止める。
「タイニー。
何故あなたがここに?」
エミリーは声の主に問う。
タイニーは無表情のままエミリーを見ている。
「お館様の命令」
「!?」
その言葉にエミリーは固まってしまった。
「まさか、今回の件はお館様が関わっているの?」
「間接的にだけどね」
「私はリリーナ様の命令があるから行きます」
エミリーは嫌な予感がして、タイニーを振り切って屋敷へと向かおうとする。
しかしタイニーがすかさず声をかける。
「ダメよ。
これはお館様の命令よ」
エミリーは足を止める。
「お館様の命令は絶対。
分かっているでしょ?」
「でも……」
「何を悩む事があるの?」
タイニーに言われてエミリーは悩んでいる事に驚く。
そもそもお館様の命令でここにいる。
そのお館様の命令に逆らう事なんて無いはずだ。
そんなエミリーの様子をタイニーは相変わらず無表情で眺める。
「エミリー。
あなたは私と一緒に来なさい。
そうしたら事の顛末を見届ける事を許してあげる」
「……わかりました」
エミリーはタイニーと一緒に夜の闇に消えた。
その日からエミリーがコドラ邸に戻る事はなかった。
◇
騎士団支部にリリーナの声が響く。
「早くあの二人を出しなさい!」
「あの二人と言われてもどの二人ですか?」
受付の騎士は欠伸をしながら聞き流している。
その態度にリリーナの怒りは増していっていた。
「ヒカゲ君を連れて行った二人です!」
「そのヒカゲ君とは誰ですか?」
分かって誤魔化しているのは明らかな対応。
リリーナは堪えきれずに机を叩いた。
バンッという音が響きわたるが、受付の騎士は気にも留めない。
「支部長を出しなさい」
「支部長は王都へ行ってます。
戻りは明後日ですね」
「なら今いる一番上の人間を出しなさい」
「それなら俺ですね。
一応今晩の待機の部隊長ですから」
あまりの怠慢さにリリーナは怒りを通り越して冷静になった。
(何かがおかしい。
誰かの作為を感じる。
一体誰が?何の為に?)
「クククク」
思考を巡らせるリリーナの後ろで人をバカにしたような声が聞こえた。
振り向いたリリーナの目にケルベロスの三人が映る。
「何がおかしいわけ?」
「随分と口調が荒くなったじゃないか」
ケンはまるで旧知の中のような口ぶりだ。
「そんなセンスの悪い鉄仮面被った奴に知り合いなんていないわよ」
「冷たいじゃないか。
感動の再会だと言うのに」
ケンは鉄仮面を脱ぐ。
その素顔にリリーナは目を疑った。
「ムース兄さん」
「久しぶりだなリリーナ。
まさかお前が、あのポンコツが捕まってそこまで狼狽えるなんて思いもしなかったよ」
ムースは心底愉快そうに言う。
「今更何しにここに来たのよ」
「何しに?
強いて言うなら復讐だな」
「復讐ですって?」
「そうだ。
お前と俺たちに大怪我を負わせたあのポンコツにな」
後ろにいたドラゴとスネークも鉄仮面を脱ぐ。
そこにはリリーナも見覚えがあるムースの取り巻き二人の顔があった。
「どうせ親父の失踪にもお前が関わってるんだろ?
あの後大変だったんだぞ。
俺は家を追い出され、こいつらの親も失脚。
地位を失ったこいつらの両親は外の生活に馴染めず死んだよ」
「権力争いに負けた貴族の末路なんてそんなもんよ」
「勝った者はいいよな。
楽しく学園生活を満喫して。
今度は俺がその生活をぶち壊してやるよ」
「まさかヒカゲが捕まったのって」
「まだ俺の名前も捨てた物じゃないな」
ムースの表情は悪意に満ちている。
リリーナは受付の騎士を睨むも、騎士は他所を向いて欠伸をしている。
「リリーナ。
俺と決闘しようじゃないか。
俺に勝ったらあのポンコツは解放してやるよ。
そのかわり負けたら、クククク」
再びムースは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
明らかに挑発している。
それを分かって尚リリーナは答えた。
「いいわよ。
そのかわり私が勝ったら金輪際コドラ家の名前を語るな」
「いいぜ。
ついて来い」
◇
西都の外れ。
人気の全く無い林の中にケルベロスとリリーナは移動した。
「ここなら邪魔が入らないな。
おい、剣を渡してやれ」
スネークがリリーナに剣を投げる。
それを受け取ったリリーナは剣を抜いて入念に調べる。
「おいおい。
何も細工なんてしてねぇよ」
そんな言葉を当然信じる訳もなくリリーナは調べ続けた。
特に細工が無い事を確認して、鞘を投げ捨てて両手で剣を構える。
「先に言っておくけど、死んでも化けて出て来るんじゃないわよ」
「舐めるなよ。
俺達はいくつもの死線を潜り抜けて来たんだ。
学園でぬくぬくしてたお前とは違う」
ムースも剣を構えて二人は対峙する。
ドラゴがコインを取り出して上へと弾いた。
コインが回転して空中で弧を描く。
地面にコインが落ちたと同時に二人は寸分の差も無く動いた。
二人の距離が無くなり激しく剣がぶつかる。
男女の力の差でリリーナが押されて半歩さがる。
そこにすかさずムースが詰めて剣を振る。
リリーナが受け流すが、ムースの攻撃は続く。
ムースの早く重い攻撃が続く。
そこにドラ息子と呼ばれた頃の面影は無い。
彼の言う通り死線を越えて来た剣がそこにはあった。
しかし荒い。
その荒い剣をリリーナが綺麗に受け流していく。
彼女も決してのうのうと生きて来たわけでは無い。
ドーントレス事件で彼女は自分の無力さを痛感した。
そして更なる鍛錬を続けて来た。
彼女が目指すは幼き頃見た美しく洗練されたスミレの剣。
更にその先の高みにあるナイトメアの剣。
まだスミレには遠く及ばないながらも、確実に近づいていた。
その剣がケンの荒さを更に荒くする。
押しているのは誰が見てもムースの方。
だがムースの体は少しずつ開いていく。
そしてリリーナが一瞬の隙を突いて剣を振るう。
魔力の込められた一撃がムースの剣を弾き飛ばしす。
がら空きになった腹に蹴りを決めてムースは膝から崩れ落ちた。
その目の前に剣先を突きつける。
「私の勝ちよ。
命は取らないでいてあげるから約束は守りなさい」
「確かに決闘はお前の勝ちだ。
約束は守るさ」
スネークが鉄仮面をムースに渡す。
ムースはそれを静かに被る。
「約束通り、もうムース・コドラの名前は名乗らない」
「それだけじゃないわ。
ヒカゲの――」
その瞬間ドラゴがリリーナの剣を弾き飛ばす。
そして次の瞬間ドラゴとスネークがリリーナの両手をそれぞれ持って地面に叩きつけた。
「がはっ!」
背中から地面に叩き付けられたリリーナは肺から空気が抜ける。
その上にケンが馬乗りになった。
「決闘は終わったはずよ!」
「その通り決闘はお前の勝ちだ。
約束通りあのポンコツも解放してやる」
「なら退きなさい!」
「それは出来ないな。
お前は勝負に負けたんだよ」
リリーナは必死に踠く。
しかし男三人に押さえつけられてはどうしようも無い。
「卑怯者!」
「卑怯者で結構だ。
油断したお前が悪い。
言っただろ?
俺達は死線を潜り抜けて来た。
そこで学んだんだ。
死なない限り勝負は付いていない。
これが学園でぬくぬく生きて来たお前との差だよ」
「黙れ!
さっさと離れろ!」
「ククク。
そんな事言って離れてくれる程世界は甘く無い」
必死に踠き続けるリリーナを見てケンは高笑いをする。
睨むリリーナの視線すら楽しんでいた。
「どうだ?
散々見下して来た男に上に乗られる気分は?」
「最悪に決まってるでしょ!」
「いいねいいね、その強気な態度。
そそるぞ」
「黙れ!」
「しかし、改めて見ると随分挑発的な格好しているな。
いくら夏だからって露出が多すぎやしないか?」
昨日と同じリリーナの肌の多いコーデを三人が舐め回すように見る。
「見るな!
あんた達に見せる為じゃない!」
「そうか。
あのポンコツに見せる為か?
随分とあのポンコツに入れ込んでいるようだな」
ケンは短剣を取り出してゆっくりと鞘から抜いた。
リリーナはそれを見て息をのむ。
「これは魔道具なんだ。
こいつは凄いぞ。
説明するより体験した方が早いな」
ケンが短剣を振り上げる。
「やめろ!」
リリーナの叫びを無視してケンはお腹目掛けて短剣を突き刺した。
痛みでリリーナが悲鳴をあげる。
だけど血飛沫は上がらない。
「これは絶対に人を殺せない短剣。
どんなに切られようと、刺されようと決して死なない。
そのかわり、この剣に付けられた傷はズキズキする痛みと一緒に決して消えない」
リリーナは腹部に刺さる短剣を見て不思議な感覚に襲われる。
ただただ荒い息をして見つめるしか出来ない。
「この剣であのポンコツに見せられない体にしてやるよ」
「ふざけるな!
やめろ!」
ケンは短剣をリリーナのお腹に刺したまま動かしていく。
その引き裂くような痛みと、後にずっと残る痛みでリリーナは悲鳴をあげ続ける。
その悲鳴は夜が明けるまで続いた。
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