第1話
王都にある喫茶店。
そこに5人の男を引き連れた女が入っていく。
身なりこそ平民だが、その服はクリーニングしたてのようにシワ一つ無い。
髪も肌も全く傷んで無く、とても平民とは思えない女だ。
いかにも変装の素人。
「いらっしゃいませ」
入って来た6人をウェイトレス姿のサラが迎える。
「夜にいい夢が見れるコーヒーがあると聞いて」
「はい。
お持ちしますので奥の個室でお待ち下さい」
女は男を引き連れて奥の個室に向かう。
個室では女だけがソファーに座り、残りは後ろで立ったまま待つ。
ただ時だけが過ぎる。
女黙って正面を見て待っていたが一瞬意識が逸れた瞬間に、目の前のソファーに突如スミレが現れる。
「ようこそナイトメア・ルミナスへ」
女は驚きを隠して口を開く。
「はじめましてナイトメア・ルミナス。
噂に違わぬ美しさ。
女でも惚れるって言うのも納得できます」
「私達に何の依頼かしら?」
「その前に、貴方達は報酬次第ではどんな依頼でも受けてくれるのは本当かしら?」
「私達が依頼を受ける条件はたった一つ。
ギルドマスターであるナイトメアの美学に反しない事」
「美学?」
「ええそうよ。
さあ、悪党と契約してでも叶えたい願いは何?」
「暗殺よ。
それでも受けてくれるかしら?」
「報酬次第ね」
「報酬は言い値で払うわ」
スミレの口からフッと小さい笑いが漏れる。
その仕草に女は一瞬目を奪われる。
「報酬の条件はたった一つ彼が気にいる事よ」
「金額では無いと」
「もちろん内容に見合う金額でもいいわ」
その言葉に女の口元が緩んだ。
女には本当にいくらでも払う手立てがあった。
「じゃあお願いするわ」
女は女性が描かれた小さな肖像画を机の上に出した。
「隣の国、カルカナ王国のヤマーヌ公爵。
数年前、革命派だった夫の死を利用して公爵に成り上がった女よ」
女は忌々しそうに吐き捨てる。
スミレは一切気にせずに尋ねる。
「ターゲットは彼女?」
「いいえ。
ターゲットは娘のレイン・ヤマーヌよ」
女はもう一枚の肖像画をスミレに見せて続けた。
「近々この娘が親善大使としてこの国を訪れる。
最初は国境挟んで隣のアークム男爵領に滞在する。
その時に暗殺して欲しい。
それも他殺と分かる形で」
「理由は?」
「言う必要あるかしら?」
二人の間に少しの沈黙が流れた。
その沈黙をスミレが破れる。
「必要は無いわね」
「なら報酬はいくら用意すればいい?」
スミレはにっこりと微笑みを浮かべて答えた。
「あなたの依頼は受けないわ」
女の表情が凍りつく。
「どう言う事かしら?
報酬はいくらでも払うわよ」
女はなんとか食い下がる。
「金額の問題じゃないわ」
「そうだったわね。
貴方達は金額だけでは動かないのだったわね。
何が望み?
私には大抵の物が用意出来るわ」
「言ったはずよ。
私達は彼の美学に反する事を絶対にしないと」
また二人の間に沈黙が流れる。
今度沈黙を破ったのは女の方だった。
「何があっても引き受けてくれないのね?」
「ええ」
「そう。
なら仕方ないわね」
女が片手を挙げると、後ろの男達が一斉に短筒を取り出してスミレに向けた。
「ごめんなさいね。
余計な事知られたから生かしてはおけないの」
銃口を向けられてもスミレは一切動じず、微笑みを浮かべたままだ。
「余計な事?
それはあなたがカルカナ王国の革命派って事?
それとも親善大使をアークム男爵領で殺して戦争の火種にしようとしてる事?
それとも……」
女は自分の事を次々と言い当てられて震えだす。
まるで心の中を土足で踏み荒らされているようなフリ不快な感覚が女を支配する。
それでもスミレは決して辞めない。
「う、う、う、撃て」
やっとの事で女は声を絞り出す。
その言葉に後ろの男達は引金をひく。
事は無かった。
「何をやって――
なんで……」
女が振り向くとそこには誰もいない。
「他のお客様の迷惑になるから退場願ったわ。
この世からね」
女は再びスミレを見る。
さっきまでと変わらぬ微笑み。
だけど女の目にはには酷く不気味に映る。
「あなたにはまだ聞きたい事があるの」
「これ以上何――っん!」
女は後ろから口を塞がれて体を拘束される。
「ミカン、あとは任せるわ」
「任せて。
拷問は得意。
特に女の拷問は楽しい」
「壊れる前に全部聞き出すのよ」
「ん。
拷問対象を壊してしまうのは二流」
女はミカンと共に影に呑まれて消える。
スミレはそれを見送ってから立ち上がって隣の個室へ移動した。
「お嬢ちゃん達が戦争反対派で良かったよ」
個室では髪も髭も真っ白に染まった高齢の男が寛いでいた。
「別に私達は戦争が起きたってどうでもいいわ。
ただ、彼は望んで無いだけ」
「その彼がもし望んだらどうする?」
「答えるまでも無いわ。
彼が望むならこの世界を滅ぼしたっていい」
「ガハハハハ!
こんな絶世の美女にそこまで想われてるうらやましい限りだ!
ガハハハハ!」
男は豪快に笑ってみせた。
スミレはそれを冷ややかな目でやり過ごす。
「他のお客様に迷惑だから静かにしてくれないかしら」
「よく言うよ、この部屋の壁は君達の魔力一つで音を完全遮断するのも、通すのも自由自在のくせに」
男は再び豪快に笑った。
「そんな事よりあなたの依頼は?」
「世界平和」
「頼む相手を間違ってるわね。
そういうのはあなた達の大好きな聖教の神様にでもお願いすることね」
「そんな物何の役にも立ってくれんよ」
男は聖教徒全員を敵に回す様な発言を何の躊躇いも無く言ってのけた。
「真面目な依頼が無いならお引き取り願える?
私も暇じゃないの」
「すまんすまん。
美人との会話が楽しくてついな」
「出口はこっちよ」
一向に話を進めない男をスミレは出口の方へ促す。
「レイン・ヤマーヌの暗殺の依頼を受けた全ギルドの排除」
「それこそギルド協会に依頼したら?」
「それは無理だ。
君達みたいな裏ギルドならまだしも、正規に依頼を受けたギルド相手だと協定で手出しが出来ない」
「なるほどそういう事ね
いいわよ。
その依頼受けてあげてもいいわ。
それで報酬は?」
「金貨50000枚」
「足りないわね」
「おい冗談だろ?
王都の一等地に土地付き一戸建が建つ金額だぞ?」
「それがなに?」
スミレの澄ました顔に男は苦々しい顔をか無い。
「儂に用意出来る金貨はそれが限界だ」
「もっと価値がある物持ってるでしょ?」
「そんなお宝持ってるわけ無いだろ?
儂は成金の道楽ジジイだが、風来坊だから金以外は持っておらん」
「あなたとのコネクション」
スミレの言葉に終始ヘラヘラしてた男が険しい顔になる。
だが一瞬で元のヘラヘラ顔に戻る。
「こんなジジイのコネクションが欲しいだと?
それこそ何の価値も無い。
それともなんだ?
儂の愛人にでもなってくれるのか?
それなら大歓迎だ」
「よく口が回るわね。
ヴァン・ホロン」
今度は男の顔が完全に固まった。
さっきまでのヘラヘラ顔が嘘の様に険しくなる。
「どうやら君達を侮っていた様だ」
男はそう独り言を漏らしてから黙りこむ。
スミレは黙って見守っていたが、男が突然豪快に笑い飛ばした。
「ガハハハハ!
いやーまいったまいった。
まさか儂の昔の名前まで知っているとは恐れいった。
しかしその名は弟に王位を譲った時点で捨てたんだ。
今はネズカンと名乗っている。
すまぬが君達もそう呼んでくれないか」
「いいわよ」
ネズカンはスミレの答えに満足そうに頷く。
「しかし儂のコネクションなんて何の役に立つ?
もう王族でも何でも無いのだぞ?」
「よく言うわ。
先の事件で勇者ツバキをこの地に呼んだのもあなたでしょ?」
「彼女とは飲み仲間でな。
年の功で顔だけは広いのだよ」
「それに価値があるのよ」
「悪党を名乗るのに人の繋がりに価値を見出すんだな」
「逆よ。
私達は悪党だからいざと言う時に誰も手を差し伸べてくれない。
だから使える人脈は確保しておく必要があるの」
「つまり儂にその一端になれと?」
「そしたら金貨は5000枚でいいわ」
「まだ金貨まで要求するのか!?」
「知っているでしょ?
私達の報酬は法外なの。
でも、そのかわり完全成功報酬制よ」
「いいだろう。
生い先短い儂のコネクションぐらいいくらでも使えばいい。
早速契約書にサインをしようか」
「無いわよそんな物。
口約束だけよ。
証拠が残るような事は残さない」
「逃げたらどうする?」
「私達から逃げられると思っているの?」
「ガハハハハ!
それは無理だな!」
ネズカンは最後に大笑いをして喫茶店を後にする。
「さて、彼の耳にも入れておかないといけないわね」
スミレは地下のギルドに潜っていく。
「誰が行くかは、またジャンケンで勝った子にしましょう」
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