第26話
満月に満足した僕は鼻歌混じりに寮へと帰る。
僕は部屋の前まで帰って来て鍵を取り出さずにドアを開けた。
何故なら鍵が開いているからだ。
もちろん朝出る時は鍵を閉めた。
つまり鍵を開けて入った奴がいるって事だ。
そんなの彼女しかいない。
全くこんな夜中に男の部屋に来るなんて何考えてるんだろうね。
僕は何も気にせずリビングに行く。
「おかえりなさい」
リビングに座っているリリーナが僕に声をかける。
なんか機嫌が悪い。
なら帰ればいいのに。
普通に考えると勝手に入られた僕の方が文句を言いたい。
まあ、リリーナにはそんな正論役に立たないだろうけど。
「ただいま。
なんでいるの?」
「あなたを待っていたからよ」
結構待っていたのだろう。
机の上にあるコーヒーが入っていたであろうカップは空になっている。
部屋の中には微かにコーヒーの香りが漂っている。
ふと空いている棚を見るとコーヒーと紅茶のセットが綺麗に収納されていた。
「本当に棚を占領したんだね」
「そうよ。
でもあなたが遅いから大分減っちゃたわ」
「そんなに飲むと体に悪いよ」
「あなたのせいでしょ」
「いやいや。
君が勝手に――」
「そんな事より」
リリーナは僕の言葉を遮って立ち上がった。
「あなたはどうしてあそこにいたの?」
「あそこって?」
「遺跡よ」
「散歩してたんだ。
今夜は満月が綺麗だったからね」
「私は真っ直ぐ帰ってここにいなさいって言ったわよね?」
「言ってたけど、僕は――」
「まあいいわ」
またリリーナは僕の言葉を遮る。
「あなたは崩れた瓦礫を登って逃げたのよね?」
「……そうだよ」
そうだった。
確かそういう設定にしたんだった。
「それにしては遅過ぎるでしょ?
一体何してたの?」
「散歩してたんだ」
「なんで散歩してるのよ!」
リリーナが急に声を荒ける。
どうしたんだろう?
「なんでって、さっきも言ったけど今夜は満月が綺麗だったからね」
「そんなのどうでもいいじゃない!」
リリーナは真っ直ぐに僕を睨みつけてこちらに迫って来る。
「どうでもよくないよ。
とても美しい満月だったんだよ」
「そんなの私の顔見てたらいいじゃない」
「いやいや。
確かに君は美人だけど、これとそれとは――」
「私は!」
またまた僕の言葉は遮られる。
「あなたの顔を見るこの瞬間まで気が気じゃ無かったのよ!
先に逃げたはずなのに全然帰って来ないし!」
リリーナは両手で僕の襟を掴んでそのまま顔を僕の胸に埋めた。
「なんであんたは平気なのよ?
あんな別れ方したのよ?
月なんかより早く私の顔見に来なさいよ。
私に、私に素直に助けてくれてありがとうって言わせてよ」
リリーナの顔は見えないけど、肩を震わせてる。
泣いてるのかな?
別に泣く事無いだろうに。
明日になったら普通に学校行くんだから。
「なんで泣いてるの?」
「泣いてない。
私はあなたの為に泣いたりなんかしない。
だってどうせあなたは私が泣いたってどうも思わないんでしょ?」
「いや、流石に泣かれると困るかな?」
僕の事で泣くなんて勿体ない。
悪党の僕にそんな価値は無い。
「なら泣くわ。
あなたが心動かしてくれるならいくらでも泣く」
「だから泣かれたら困るんだって。
聞いてた?」
「困ればいい。
困って困って私の事だけ考えてたらいい」
「相変わらず君は無茶苦茶な事言うね」
僕のシャツがリリーナの涙で湿っていく。
非常に困った。
こういう時にかける優しい言葉を僕は持ち合わせていない。
だって僕は悪党だから。
悪党がかける優しい言葉は悪魔の囁きだから。
ただただ僕はリリーナが泣き止むまで待つ。
この涙を流す事によって良い夢が見れる事を願って。
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