第2話
ホロン王国西の果てのアークム領。
エイテン・アークムは西部全体の管轄となったが、拠点となるアークム邸をまだここに残していた。
もちろん西都に移動した方が利便性がいいのだが、敢えてここに残している。
「アークム公爵。
いつになったら西都に移動するおつもりですか?」
視察でアークム領を訪ねて来たルナがエイテンに尋ねた。
視察と言うのは建前であり、要は王位継承争いを優位に進める為に西部との繋がり強化が主な目的である。
「そうですね。
あと1年半後ぐらいでしょうか」
彼は1年半後、そう娘のヒナタが卒業してこの領地を継いでから西都に拠点を移すつもりでいた。
「気持ちは分かります。
でも不便ではありませんか?」
「不便ですね。
ですが、政治が行えない程ではありません」
現に何も不都合が出ていないのでルナも強くは言えずにいた。
強いて言うなら、彼女が来るのが遠くて面倒だと言う事ぐらいだ。
「西都ではコドラ公爵が使っていた邸宅をお使いになる予定みたいですね」
「ええ。
そのつもりで整備も欠かしておりません」
「新しい物をお造りにならないのですか?」
「税金と時間と働力の無駄でしょ」
「そう言われるとそうですね」
その後も2人は取り止めない会話を交わしてからルナは席を立った。
「では私はこれで失礼しますね」
「はい。
またいつでもお越しください」
ルナはナナリーを引き連れて部屋を出た。
すぐに慌てた様子のメイド長とすれ違う。
メイド長はエイテンの部屋に入って行った。
使用人の慌てた様子にルナは少し気になった。
彼女はいつも落ち着きのある優秀なメイド長で有名だったからだ。
「ナナリー」
「はい」
ナナリーの気配がすっと消える。
王位継承争いでは情報は武器である。
どんな些細な情報が命取りになるかわからない。
故に手に入れられる情報はいち早く手に入れるべきだ。
ようはナナリーは盗み聞きに行ったのである。
「失礼します。
至急エイテン様のお耳に入れたい事があると男が訪ねて来ております。
奥様が既に客室にて対応しております」
「名前は」
「ヴァンと言えず分かると申しております」
「わかった、すぐに行く。
あと使用人は全て客室に近づけるな」
エイテンはすぐに客室に向かった。
ヴァンと言う名を捨てたネズカンが敢えて使うと言う事は、よほど急ぎなのだと容易に想像出来たからだ。
エイテンは客室にノックもせずに中に入る。
「どうした?」
挨拶も無しにネズカンと向かい合わせに座っているシラユキの隣に座った。
「ヒカゲ・アークムの居場所がわかった」
ネズカンも単刀直入に要件を言った。
「本当に!?
何処にいるの?
無事なの?」
エイテンよりシラユキが前のめりで先に捲し立てる。
「落ち着けシラユキ」
エイテンがシラユキを座らせながらも、自ら焦る気持ちを落ち着かせた。
「落ち着いて聞いてくれ。
お主達の息子はヘマイトにいる」
「ヘマイト!?
そんな馬鹿な!」
「驚く気持ちは分かる。
だがこれは信憑性の高い情報だ。
大規模な転移魔法に巻き込まれてヘマイトに飛ばされた」
あまりの衝撃にエイテンとシラユキは言葉を失った。
「生きているのか?」
「それはわからない」
エイテンの問いにネズカンは素直に答えるしか無かった。
その答えにシラユキはエイテンの肩に縋り付いて涙を流した。
三人共理解していた。
世界から隔離されたヘマイトで半年も生きていけるはずも無い。
状況は絶望的であると。
「ヴァン。
お前の情報を疑って悪いが、本当にヘマイトなのか?
破滅の魔道具は未完成だったが、間違い無く世界と隔離はされているはずだ」
「それは儂が逆に聞きたい。
あの中から転移魔法を外部に展開して中に引き摺り込む事は可能なのか?」
エイテンは考え込む。
少しして重い口を開いた。
「無理だと言いたい。
だが、魔道具自体は中で起動してる状態だ。
それを直接書き換えれば可能ではある」
「そんな事そう簡単に出来るのか?」
「簡単では無い。
だが年月が経っている以上出来無いとは断言出来ん。
あくまであの中で生きている事が出来るのならの話だが……」
「ねえ、あなた。
もしもよ。
あの中から転移魔法を外部に展開出来る程まで魔道具を書き換える事が出来る人がいるとするなら、あの中でも生きていけるって事よね。
ならヒカゲもまだ生きているかもしれないわ」
シラユキが涙目でエイテンを見る。
「行くんだろエイテン。
あの魔道具を解除出来るのはお前だけなんだ」
「それは……」
エイテンは即答出来ずにいた。
父親としては今すぐにでも行きたい。
だが彼の立場がそれを許してはくれない。
「何を悩む必要がある。
自分の息子だろ?
禁足地なのは儂がなんとか許可を貰って来るから心配するな」
「それもある。
だけどそれ相応の戦力も必要だ」
「それなら大丈夫だ。
チャップとソフィアとザンキに声をかける。
あいつらなら必ず力になってくれる」
「それこそダメだ。
今はみんなそれぞれの立場がある。
少し手段を考える」
「そんな悠長な。
少しでも早く行かないと手遅れになるかもしれんのだぞ」
「どうせ入島の許可を貰うのにも時間がかかるだろ」
「そうだが……」
エイテンは大きく息を吸ってからシラユキに優しい顔を向けた。
「大丈夫だ。
もしあの中が人が生きていける状態なのだとしたらヒカゲは生きている。
あいつはそんなにヤワじゃない。
ヴァン。
お前が許可を貰うまでには準備を整えておく。
頼んだ」
「ああ、わかった」
「あと、この事は他言無用で頼む。
特にヒナタの耳には絶対に入れたく無い。
あの子ならなりふり構わず行きかねない」
「もちろんだ」
ネズカンはすぐに席を立って部屋を出た。
盗み聞きしていたナナリーもすぐにルナへ報告に向かった。
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