第19話
ガオーン皇帝の宣言の少し前。
カトリーヌ商店の従業員が住むエリアは包囲された。
もはや逃げる事は不可能。
家臣達は本当に誰一人として逃す気は無かった。
「隊長。
包囲網は完璧です。
後は命令一つで人っ子一人残らず抹殺します」
「ああ。
後は皇帝陛下の宣言待ちだな」
ガオーンの宣言を待って突撃する手筈だ。
そしてその時が来た。
「アールニマの誇り高き獣人達よ!
――」
宣言が終わりついに突撃の時が来た。
「しかしやけに静かだな」
あれだけ高々に宣言したのだから当然パニックになるとばかり考えていた。
なのに不気味なぐらい静まり返っていた。
「まあいい。
突撃――」
「辞めといた方がいいニャ」
隊長の前にヨモギが姿を現す。
ヨモギはサンタの様な大きな袋を担いでいる。
「辞めといた方がいいとはどう言う事だ?」
「時間の無駄だって事ニャ」
「時間の無駄?」
「そうニャ。
だって――」
ヨモギが子供の無邪気そうな満面の笑みを見せる。
「もう全員ニャーが殺しちゃったニャ」
「なんだって!
おい!今すぐ確認に行け!」
「はっ!」
何人かの部下達が中へと確認へ走る。
「ニャ?
ニャんで行くニャ?
無駄ニャのに?」
「お前は何者だ?
この国の獣人じゃないな」
「ニャーはニャイトメア・ルミニャス第四色、寡欲のヨモギ」
「ニャイトメア・ルミニャス?」
「違うニャ。
ニャイトメア・ルミニャスニャ」
隊長には何が違うのか分からなかった。
悩んでいるとさっきの部下の一人が帰って来た。
「隊長。
間違いないみたいです。
まだ全部確認出来てはいませんが、人間共の死体だらけです」
「お前一人でやったと言うのか?」
「そうニャ」
隊長の問い掛けにヨモギは当然とばかりに胸を張って答える。
「そのニャイトメア・ルミニャス――」
「だから違うニャ。
ニャイトメア・ルミニャスニャ」
「ニャイトメア・ルミニャス?」
「ニャんど言ったら分かるニャ!
ニャイトメア・ルミニャスニャ!」
「……そのお前の目的はなんだ?」
「これニャ」
ヨモギは担いでいた袋を開けて中身を見せる。
そこには大量の金貨がぎっしりと詰まっていた。
「スミレ様は本当はボスの為だけど、それはニャいしょだから金貨の為って言っときニャさいって言ってたニャ」
「ボスの為?
そのボスとは誰だ?」
「ニャ!?
ニャんでボスの為だって知ってるニャ!?」
「……」
ヨモギの本気の驚いた姿に隊長は言葉を失った。
これは何かの作戦なのかと疑いもした。
しかしそれは全くの徒労である。
「知られたからには仕方ニャい。
こうニャったら……」
ヨモギの魔力が高まり空気が一気にピリついた。
隊長達は反射的に構える。
「逃げるニャ!」
ヨモギは一瞬にして袋と一緒に消えた。
残された隊長達は訳も分からず立ち尽くすしか無かった。
◇
20数年前。
アールニマに皇太子が産まれた。
名をガオーンと名付けられた。
レオンが皇帝になってすぐの事だった。
レオンの喜びは計り知れなく、国を上げての祭りを開催するまでだった。
祭りと言ってもみんなで集まって美味い飯を食って騒ぐだけの祭り。
それを城から見渡すのがレオンは嬉しくてたまらなかった。
「おめでとうレオン」
お祝いに駆け付けたヴァンが祝福の言葉を送った。
「ありがとうヴァン」
「エイテンとシラユキは来れなかったが、お前の言ってた酒が出来たぞ」
ヴァンはイチコロを出して見せた。
「おお!これが最強度数の酒か!」
「度数99%だとよ」
「いいね!
正しくイチコロって感じだ」
「凄く可愛いわね」
ソフィアがベットに寝ているガオーンを覗き込みながら微笑んだ。
「だろ!
なんたって俺様の息子だ!」
「いいな。
私も赤ちゃん欲しいな〜」
「なんだ?
それなら儂が相手してやるぞ」
「はぁ!?だ、誰があんたなんかと!」
ヴァンの言葉にソフィアは顔を真っ赤にして反応した。
「儂なんかとなんだ?」
「言えるか!馬鹿!」
「ハッハッハッハッハー!
またやってりゃー」
魔人姿のチャップが大笑いしながら咥えて火をつけようとしたタバコをレオンが奪う。
「おいリンドウ!
ここは禁煙だ!」
「おいおい、いつからだよ」
「ガオーンが産まれたから禁煙になったんだ!」
「マジかよ!
仕方ねぇな〜」
「これを期に禁煙でもしたら?」
「けっ、出来たら苦労しねぇよ」
4人は和やかな会話をしながらテーブルについた。
レオンがみんなのグラスにイチコロを注いでいく。
「私は水割りにするわ」
「なんだよソフィア。
せっかくの99%だぜ」
「あまり深く酔うと身の危険を感じるのよ」
ソフィアは隣に座るヴァンをジトーと睨む。
「儂か?
心配するな責任はちゃんと取る」
「何一つ安心出来ないわよ!」
レオンとチャップが大笑いした。
一頻り笑ったレオンが咳払いをしてグラスを持ち上げる。
「ここまで来れたのもみんなのおかげだ。
昔の俺様なら考えられない程の幸せだぜ。
ヴァン。
お前が全て捨てて弟の為に他種族が争う事無く平和に暮らせる世界を作ろうとした事が今なら良くわかる。
だから今度は俺様が皇帝として息子達が幸せに暮らせる未来を作って行く。
みんなも手伝ってくれ」
3人は了承の意をグラスを持って表した。
「子供達の明るい未来に乾杯!」
「「「乾杯」」」
一気に酒を飲んだヴァンはあまりの強さに咳込んだ。
「ちょっとヴァン大丈夫?
あんまり無茶しないでよ」
ヴァンはソフィアの声がだんだん遠くになる様に感じた。
「ゲホッ!ゲホッ!」
その咳でネズカンは目を覚ました。
そこは見慣れない住居式テントの中だった。
「ここは一体?」
ネズカンはゆっくりと記憶を辿る。
しばらくして毒で気を失った事を思い出した。
「ここは天国でも地獄でも無さそうだな」
ネズカンは身体をゆっくりと起こす。
まだ全身に痺れが残っているものの、息苦しさは全然無い。
ネズカンはゆっくりとベットから降りてテントの外に出る。
サバンナを見渡せる丘の上。
遠くにライオネルとオアシスが見えた。
「目が覚めたのね。
丁度いいタイミングね」
横からスミレの声が聞こえた。
「お主が助けてくれたのか?」
「あなたにはまだ死なれたら困るの」
「そうか。
また女性を惚れさせてしまったか。
全く儂も罪な男だ」
スミレが剣を生成してネズカンの首元に突きつける。
「死にたいの?
私は身も心もあの人に捧げてるの。
あなたにはまだ利用価値があるだけ。
でも代わりは用意出来るのよ。
冗談でも今度そんな事言ったら本当に殺すわよ」
スミレの本気の殺意の籠った目に睨まれてネズカンはただ頷くしか出来なかった。
「分かればいいわ。
そこで大人しく見てなさい」
「何を見てれば――」
ネズカンが聞こうとした時それは始まった。
「アールニマの誇り高き獣人達よ!
――」
その宣言を聞いてネズカンは目を丸くして驚いた。
「何故こんな事に!」
ネズカンは走り出そうとしたが身体の痺れで上手く動けずに転ける。
「無理よ。
あまり動けない程度にしか解毒して無いから」
「儂は行かねばならない」
「行かなくていいわ。
今回のあなたの役目は見届ける事よ」
「見届ける?」
「ええ。
その為にあなたには教えてあげるわ。
一体この国に何があったのか」
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