第16話
ライオネルの帝の間。
今日も皇帝はいつもの如く首をコクリコクリとしていた。
「皇帝陛下。
謁見の者が来ております」
家臣が入って来て皇帝の首は止まった。
「ん?は?
昨日楽しかったのう。
いい冥土の土産になった。
チャップ達はもう行ったのか?」
「チャップ殿はさっき墓参りを終えて出て行きましたのでまだいるかと」
「そうかそうか。
あの子も喜んでおろう」
「はい、それで謁見の者が来ております」
「そう言えばそんな約束あったような、無かったような……」
「ガオーン殿下から連絡が入っております」
「そうだったの。
では通してよいぞ」
「了解致しました」
少しして、家臣に案内されたカトリーヌが入って来た。
カトリーヌは皇帝の前に跪く。
「皇帝陛下。
本日はお時間を頂きありがとうございます」
「構わん構わん。
それで今日は何のようかな?」
「はい。
本日は新商品の販売許可のお願いで参りました」
「新商品のぅ。
はて?最近あったような気がするぞ」
「どうしても追加で新商品を入れたくて謁見させて頂きました。
どうか確認お願いします」
家臣が皇帝の元に香水を持って行った。
「香水でございます。
自信作ですので使ってみてください」
皇帝は香水。手に吹きかけて匂いを嗅いでみた。
「これはいい匂いがするのぉ」
「お気に召しましたか?」
「うむ、気に入った。
凄く柔らかくていい匂いじゃ」
皇帝は気に入ったのか何度も匂いを嗅いでいる。
「許可の方はどうでしょうか?」
「うむ。
許可しよう」
「ありがとうございます。
もう一つの商品も見ていただけないでしょうか?」
家臣が再び入って来て皿の上に、見た目は前と同じオレンジ色の粒を皇帝に持って行った。
「それはサプリメントでございます。
見た目は前と同じですが、更に改良を加え――」
「許可せんよ」
皇帝は今回もカトリーヌの説明を最後まで聞かずに答えを出した。
その目は今回も眼光鋭くカトリーヌを見ている。
「しかしそれは――」
「ダメな物はダメだ」
「せめて食べて頂けないでしょうか?」
「その必要も無い」
「……了解致しました」
カトリーヌは渋々頷く。
しかし、その口元はニヤリと笑っていた。
皇帝はまたボーッとした顔に戻る。
「これで終わりかの?」
「はい、本日は以上でございます」
「そうか。
では、ゲホッ!」
皇帝が一度咳き込んだ。
そして心臓を抑えて苦しみだした。
「陛下?
どうされました陛下!?」
家臣がグミの皿をその場に落として駆け寄る。
「大丈夫ですか陛下!
陛下!」
皇帝は苦しみながら椅子から崩れ落ちる。
呻き声と咳だけが皇帝の口から零れ落ちる。
「おい!
お前何を入れた!」
「そ、そんな……
私は何も……」
狼狽える家臣にカトリーヌは白々しくオドオドしながら答える。
「お前が毒を入れたのだろう!」
「そんな事していません!
それにあなたが先に試しているではありませんか!」
家臣は黙るしか無かった。
何故ならカトリーヌの言う通りだからである。
その家臣が毒味代わりに一度試しているのだ。
それもカトリーヌの計画通りだった。
香水には遅効性の毒を入れ、グミにその解毒剤をいれる。
皇帝がグミを口にしない事を見越して。
そうこうしてる内に皇帝は息を引き取った。
「陛下……」
言葉を失う家臣を見てカトリーヌはほくそ笑んだ。
突如扉が勢いよく開かれてガオーンが屈強な家臣を引き連れて入って来た。
「ガオーン殿下!
何故ここに!?」
驚くカトリーヌを無視してガオーンは1人皇帝の亡骸の近くまで歩いていく。
「ガオーン殿下!
皇帝陛下は急に苦しみ出して……」
そのカトリーヌの言葉も無視して、皇帝の頭から王冠を外す。
「爺様。
長い間お疲れ様でした」
誰にも聞こえない程小声で労いの言葉をかけて王冠を被った。
「皇帝陛下は亡くなられた。
これより皇太子であるこの私がマールニアの皇帝を継承する。
異議のある者は?」
その言葉にその場の家臣達は跪いて答える。
「ではまず初めの命令だ。
そこにいる前皇帝を殺害した逆賊を取り押さえろ」
「待ってください!
私は何も!」
抗議虚しくカトリーヌは地面に抑えつけられた。
さっきまで狼狽えていた家臣はグミを一つをガオーンに渡す。
「これが解毒剤です。
一応お飲みください」
「ああ」
ガオーンはグミを食べてからカトリーヌの元まで歩いて行く。
「どう言う事?
まさか!?
全て分かっていて!?」
「こいつの首を刎ねろ。
カトリーヌ商店の奴らも残らずだ。
その首を持ってシーミュウに宣誓布告とする。
前皇帝の敵。
シーミュウの滅亡を持って晴らす!
そして二度とこんな事が起きぬよう、この世から全ての人間を駆逐する!」
「計ったわねガオーン!」
怒りを露わにするカトリーヌの頭をガオーンが踏んづける。
「私が金にしか見えて無いお前を本当に信用してるとでも思ったのか?」
「権力を手に入れる為に私に皇帝が殺すように仕向けたのね!」
「兄様。
それは本当ですか?」
ガオーンが扉の方を見るとレグロスが呆然と立ち尽くしていた。
「兄様。
そんな事無いですよね?
だって兄様は優しくて――」
「だったらなんだ?」
未だかつて聞いた事の無いガオーンの冷たい言葉にレグロスは恐怖を感じずにはいられなかった。
「そんなのおかしいです。
兄様がそんな事するはず――」
「これから戦争だ。
不安分子はいらん。
そいつも殺せ」
数人の家臣がレグロスに迫る。
「そんな……
嘘ですよね兄様。
嘘だと言ってください兄様……」
涙を流しながら立ち尽くすレグロスにガオーンは冷たい視線を浴びせる。
その視線を切るようにキラーがレグロスの前に現れて煙玉を投げた。
「レグロス殿下逃げますよ!」
「キラー。
兄様がおかしいんです。
全体に兄様はあんな事言わないのに」
「とにかく今は逃げます!」
キラーはレグロスを抱えて逃亡した。
「追え。
必ずレグロスを殺せ」
ガオーンははっきりと言い切ってカトリーヌの首を刎ねた。
◇
レグロスを抱えたキラーは城の外までなんとか脱出していた。
しかし追手はすぐそこまで迫っている。
そこでキラーはグラと落ち合っていた。
「グラ。
あとは頼みます」
「へい、お任せくだせい。
行きやすよレグロス殿下」
グラはキラーから託されたレグロスを抱えた。
「待ってよキラー!
僕何がなんだかわからないよ!」
「大丈夫です。
とりあえず今はお逃げください」
「キラーは?」
「私はここで追手の足止めをします」
「嫌だよ!
キラーも一緒に来てよ!」
「グラ。
行ってください」
「なんでこんな事になっちゃうの?
みんな仲良くしてよ」
「レグロス様。
それは出来ないのです。
だからずっと先の未来でみんなが仲良く出来る国を作ってください。
レグロス様なら出来ます。
私はそれまでこの国で待っています」
そう言ってキラーは追手の方へと走って行った。
その反対に向かってグラは走りだす。
「待ってよグラのおじちゃん!
キラーが死んじゃうよ!」
「大丈夫です。
レグロス様の居場所を聞き出す為にすぐには殺されないはずでやす」
「グラのおじちゃんはキラーのお友達なんでしょ?
なんで助けに行かないの?
どうして1人置いて行っちゃうの?」
「まずはレグロス様の命が優先でやす」
「そんなのおかしいよ!」
「いつか分かる日が来るでやす。
今はレグロス殿下自身が生き延びる事だけ考えてくだせぇやす」
グラは泣きじゃくるレグロスを抱えて、ただひたすらに目的地を目指して走り続けた。




