第27話
チャップ雑芸団のトレーラーは爆走していた。
その後ろをムホンダ率いる魔人達が追いかける。
魔人達のスピードの方が早く、追いつかれるのも時間の問題だった。
「お前ら。
公演の準備はどうした?」
「団長!
今それどころじゃないでしょ!」
「バカか!
それどころだろうが!
もうすぐ公演の時間だぞ!」
「バカは団長ですよ!」
「うるせぇ!
まずはあいつらを撒く。
そして戻って公演の準備をしてすぐに公演だ。
わかったら全速力で逃げろ!」
「もう既に全速力ですよ!」
「なんだって!
あいつらの方が速いじゃねぇか!?」
チャップは忌々しそうに舌打ちをした。
「やっぱり私が――」
「オイ!そのつまらねぇ事言うガキを黙らせろ!」
「はい!団長!」
ヒメコの両サイドから女性団員の手が伸びて口を押さえた。
ヒメコはモゴモゴ言うしか無くなった。
「お前らちゃんと公演の準備して待ってろよ!
予告した公演だけは何が何でもやる!
それがチャップ雑芸団の数少ない絶対のルールだ!」
「そんなの初めて聞きましたよ」
「オレが今決めたんだよ!」
そう言ってチャップはタバコを取り出して口に咥えた。
「ヤバイ!
団長がタバコを取り出したぞ!
窓を閉めろ!」
団員達は慌ててトレーラーの窓を全部閉める。
チャップはタバコに火を付けて吸い始めた。
そしてトレーラーの上を後ろの端まで歩いていく。
魔人達はもうすぐそこまで迫っていた。
チャップはそれを睨みながら肺一杯に煙を吸い込む。
そして一気に吐き出した煙が巨大な白い壁となって魔人達の目隠しとなる。
魔人達がその壁を抜けた先にトレーラーは無く、チャップが1人タバコを吸いながら立っているだけだった。
「どうだ?
なかなかのイリュージョンだろ?」
「どこへやった?」
ムホンダの言葉など気にする事は無くチャップはタバコを吹かしてから、嫌味っぽく笑う。
「イリュージョンはタネ明かしたら意味ねぇだろ?」
「イリュージョンだと?
お前のやってる事は誘拐だ」
「かもな」
「今なら無かったことにしてやる。
さっさとシュガー様を返せ」
「それであのガキは笑うのか?」
「さっきから笑うだ笑わないだなどとくだらない事を。
あの方は笑う必要なんて無い。
あの方は我々の救世主になるお方だ」
「救世主だぁ?」
チャップは更にタバコを吹かして鼻で笑った。
「兵器の間違いだろ?
そんなつまらねぇ事ばっかり言ってるからあのガキは笑わねぇんだよ」
「お前に我々が人間にどれほどの事をされたかわかるまい!」
「わかんねぇよ。
わかる気もねぇ」
「なら黙ってろ!」
「黙らねぇよ。
お前たちが人間を恨んで復讐するのは結構だ。
好きにしろ。
だけどまだ何も判断出来ないようなガキを巻き込むんじゃねぇ。
ガキは何も考えず無邪気に笑ってる方がいいに決まってるだろ」
「気楽に生きて来た大道芸人如きが――」
「オイ!
今なんつった?」
急に低くなったチャップの声の迫力に魔人達はたじろぐ。
道化が決して見せてはいけない眼光に魔人達は呼吸が上手く出来なくなる。
更に魔人達でさえ恐怖で認識するのを拒否したくなるほどの魔力と霊力が膨れ上がる。
「お前達こそあいつらの何が分かるって言うんだ?」
チャップはタバコを地面に叩きつけて踏み潰した。
その足から青い炎が上がりチャップの全身を包んだ。
「ウチの団員はな、実の家族にも見捨てられたガキ、喋るだけで殴られて育ったガキ、飯を食う事すら許されなかったガキ。
そんなガキだった奴らが大半なんだよ」
炎の中から更に低く重たい声が響いてくる。
魔人達はその声が重くのしかかってくるように錯覚していく。
「当然ガキの頃に笑った事なんてねぇ。
そんな奴らだから自分が笑えなかった分だけ人を笑わせる道を選んだんだ。
確かにいつまで経っても碌に芸が出来ねぇ奴らばっかりで一流には程遠い。
だが、その心意気だけは超一流のエンターテイナーだ。
それをバカにする奴は許さねぇ!
あいつらをバカにしていいのはオレだけだ!」
炎が消えた後チャップはピエロの姿では無く、炎の様に逆立った濃い青髪の大柄な男になっていた。
「お前!
まさかお前も魔人だったのか!?」
「オレは道化だよ。
笑わねぇガキが嫌いな道化だ。
何故嫌いかわかるか?
笑わねぇガキの周りには決まって、てめぇらみたいなガキから笑う事を奪う大人がいるからだ。
そんな大人はな……」
チャップは魔人の1人を指差す。
『失せろ』
指差された魔人は破裂して爆散した。
魔人達の中で動揺が走る。
全く持って何が起きたか理解出来なかったからだ。
「殺せ!
今すぐ殺すんだ!」
ムホンダは慌てて命令する。
魔人達は一斉にチャップに襲いかかった。
「もう遅ぇよ」
チャップは真顔で魔人達を見据える。
『失せろ』
チャップの声に合わせて襲って来た魔人達が一斉に爆散した。
「い、一体何が起きてるんだ……」
チャップはそれに答えずにムホンダを指差した。
ムホンダは恐怖で尻餅をつく。
「イリュージョンも殺しもタネ明かししたら意味ねぇだろ」
「何故だ?
同じ魔人だろ?
我々魔人は人間に裏切られたんだぞ」
『失せろ』
ムホンダは無情にも爆散した。
「だから笑わせてやるんだよ。
こんな面白い奴らを裏切った事を後悔するほどにな」
チャップはタバコをもう一本取り出して咥えた。
しかし、火を着ける事無くもう一度箱に戻す。
「また禁煙失敗しちまったぜ」
そう言って踏み潰した吸い殻を拾った。
その姿はピエロに戻っていた。
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