第25話
エキシビジョンマッチの為に朝からヒナタとシンシアは会場入りしていた。
二人共楽しみ過ぎてちょっと早く控室で待機していた。
控室は闘技場での催しを硝子越しに見れるようになっている。
ヒナタはチラチラと闘技場を覗き見していた。
「何をそんなにソワソワしてるの?」
「あっ!お兄ちゃん来た!」
シンシアの問いと同時にヒナタは客席のヒカゲを見つけて指差した。
シンシアも指差した方を見る。
実はシンシアもヒカゲが来るのか気になっていたのだ。
しかし、シンシアはヒカゲの姿を見て喜びとは別の感情が生まれた。
「あいつ!なんでお姉ちゃんとカップルシートに座ってるのよ!」
「本当だ!
アンヌお姉ちゃんはダメって言ってるのに!」
二人はすぐに観客席へと向かう為に控室を飛び出した。
勢いよく扉を開けたら丁度その時来たハヌルとぶつかりそうになった。
「おはようヒナタ嬢、シンシア嬢。
そんなに慌ててどうしたんだい?」
「あいつがお姉ちゃんとカップルシートなんかに座ってるから文句言いに行くんです」
「あー、確かに婚約者がいるのにあんまり良くは無いよね。
僕もそう言ったんだけど……」
「そう言う事じゃなくて……
とにかく私達は――」
「行かなきゃ」
「そう行かないと……
ってまさか!」
シンシアがヒナタの方を見ると、目から光が失われていた。
そのままヒナタは二人の間を抜けて走り出す。
「ちょっと待ってヒナタ!」
シンシアも剣を持って後を追いかけた。
ハヌルも少し遅れてそれに続く。
「ヒナタおはよう」
同じく丁度来たアイビーが挨拶するも、ヒナタは無視して横を通り過ぎる。
アイビーはそのヒナタの態度と、後から追いかけるシンシアを見て全て理解した。
「またなの!?」
「そう」
シンシアと短いやり取りをしてアイビーもヒナタを追いかけた。
◇
チャップ雑芸団は公演の準備で忙しくしていた。
チャップの言った通り、団員がどこからともなく増えており、40人ぐらいの団員が準備に取り掛かっていた。
そんな中ヒメコはちょこんと座ってそれを無表情で眺めていた。
その光景に一年程前の事を思い出していた。
その日、ヒメコは家出をした。
何か特別な事があったわけでは無い。
ただ族長の娘として産まれた彼女は、毎日のように大人達の人間に対する恨み辛みを聞かされ続けて嫌になっていた。
そして逆に人間に興味を持っていた。
そのちょっとした好奇心が彼女を行動させた。
いつも言われるがままだったのが幸いしてか、誰にも怪しまれる事無くすんなりと家出が出来た。
ただただ闇雲に歩き続けていた。
しかし、誰にも会わない。
当然と言えば当然だ。
人間嫌いの魔人達が人里の近くで住んでるはずが無い。
でもそれをヒメコは知らなかった。
普段なら異変を感じた大人達に連れ戻されて終わる。
そして監視が付いて二度と家出など出来なくなる。
そう言うオチが待っていた。
だけど、幸か不幸かその日だけは違った。
たまたま近くで公演を終えたチャップ雑芸団が打ち上げの宴会をしていたのだ。
チャップ雑芸団の打ち上げは人里離れた所に移動してから行われる。
それだけ派手に騒ぐのだ。
ヒメコは楽しい雰囲気に誘われてふらっと近づて行った。
そこには100人前後の人達が、それはもう楽しそうに騒ぎまくっていた。
産まれてこの方笑った事の無いヒメコにとって、陽気な笑い声が木霊する光景は異常な物だった。
そしてヒメコはその光景に魅力された。
本人も気付かない内に姿が見える程近づいて見続けていた。
「おうおうおう?
なんだこのガキは?」
そんなヒメコに気付いたチャップがガラの悪そうに近づいてヒメコを見下ろした。
それに気付いた団員達もヒメコの周りに集まる。
「どうした?
迷子か?」
「いやいや団長。
こんな所で迷子とかありえないでしょ!」
酒で陽気になっている団員達からどっと笑い声が上がった。
しかしヒメコはそれを無表情で見てるだけだ。
「じゃあなんだって言うんだよ!」
「あれじゃないっすか?
攫われた子供が逃げ出したとか?」
「そうなのか?」
ヒメコは首を横に振って否定した。
「違うじゃねぇか!
今言った奴罰ゲームだ!
その場で連続バク転10回!」
「やったらー!」
「吐いちまうから辞めとけ!
せっかくの酒が勿体無いわ!」
またもやどっと笑い声が上がった。
そんな中チャップはヒメコの顔を覗き込む。
「なんだぁ?
つまらなそうな面してんな」
「そりゃあ、団長の顔見たらそうなりますよ」
「オイッ誰だ!
こんなお茶目で可愛い顔に怖いとか言った奴は!!」
「可愛いくはねぇ」
「誰も怖いとは言ってねぇ」
「自覚してるんじゃねぇか」
もう収集がつかないぐらいにみんな笑いこけていた。
ヒメコにはなにが面白いのか一切わからなかった。
再びチャップはヒメコの顔を覗き込んだ。
「おめぇ、家出だろ?」
ヒメコは首を小さく頷いた。
「ヨッ!元家出少年!」
「経験者は違う!」
「悪い大人の見本!」
「ダメな大人代表!」
「辞めろ!褒めるな!
気持ち悪りぃ」
「「「誰も褒めてねぇー!!!」」」
ヒメコには不思議で仕方なかった。
言葉の内容が悪口なのは理解していた。
なのに、周りの大人達の会話とは全然違う。
聞いてて全然嫌な気分にならなかった。
「しっかし、全然笑わねぇな。
オレは笑わねぇガキは嫌いなんだよ。
よし!決めた!
お前は今日からウチの団員になれ。
ぜってぇオレが笑わせてやる」
「でも私は魔人」
「なんだ喋れるのかよ。
てっきり喋れねぇと思ったぜ。
ならさっきのは変更だ。
ただ笑わせるんじゃねぇ、声出して笑わせてやる」
「私は魔人だって――」
「だからどうした?
魔人だってガキはガキだ。
ガキは何も考えずにただ笑ってればいいんだよ。
わかったら帰りたくなるまで連れてってやる。
家に帰りたくなったら送ってやる」
ヒメコは自然と頷いていた。
それから何度も公演を見て来た。
今みたいに準備に追われながらも楽しそうに作業する姿も何度も見て来た。
まだヒメコは笑った事は無い。
それでも彼女は間違い無く楽しさを感じていた。
しばらくボーッと見ていたが、徐に立ち上がって誰にも見つからないように歩いて行った。
そのまま王都の外れまで歩いて行くと立ち止まった。
「ここなら誰もいない」
ヒメコがそう言うと、ソルト達が顔を出した。
ソルトがヒメコを真っ直ぐに見つめる。
「シュガー。
やっと見つけた。
本当に無事で良かった」
ソルトが安心しきった声を出す。
ウララとムホンダを始め、周りにいる10人程の魔人達も全員片膝を着けて頭を下げた。
「ソルト兄様。
お久しぶりです」
「探したよ。
大変だったね」
ヒメコはソルトの様子に違和感を覚えた。
「兄様。
私がなんでいなくなったのかご存知なの?」
「ああ、聞いてるよ。
人間に攫われたんだってね。
でも、酷い目に遭ってないようでよかったよ」
ヒメコはため息を吐いた。
ソルトは悪い人では無いが昔から素直過ぎた。
「私は家出したの」
「家出?
シュガーが自分から出て行ったってこと?
また、なんで?」
「なんでって……」
「そんな事より、シュガーお嬢様早く帰りましょう」
ウララが言葉を遮って帰宅を促す。
「でも、なんで家出したか聞かないと――」
「若、それは帰ってからでも遅くはありません。
シュガー様、帰りましょう」
今度はムホンダが言葉を遮る。
はなからヒメコは見つかった時点で帰るつもりでいた。
だから当然帰るつもりで雑芸団から離れた。
なのに頷きたくなかった。
突然帰りたく無い気持ちが溢れて来た。
「ご迷惑をかけてしまうのはわかっておいででしょ?
今のシュガー様では魔力を制御出来ずに魔物を集めてしまうだけですよ」
そのムホンダの言葉でヒメコは自分の心に反して頷くしか無かった。




