sideヒナタ 前編
年末年始の挨拶周りが終わったと思ったら冬休みも残り少しだった。
今はアンヌお姉ちゃんとエルザさんが合流してから馬車で王都の寮に戻っている。
お父さんがいつの間にか公爵になったから、それはもう大変だった。
とても疲れちゃった。
でも、これも領主になる為には必要な事だから仕方ないよね。
お兄ちゃんは領主になりたく無いみたいだから、私が立派な領主になるんだ。
だってお兄ちゃんは嫌な事からすぐ逃げちゃうもん。
きっと領主になりそうになったらどっか行っちゃう。
それでなくても、いつか消えてしまいそうなのに……
そんなの嫌。
お兄ちゃんはずっと側に居て欲しいもん。
お兄ちゃん大好き。
それなのに……
「ヒナタ。
まだ拗ねてるの?」
シンシアの言葉に私は口を尖らせる。
「だって新学期からお兄ちゃんの所に行っちゃダメって言うんだもん」
せっかくお兄ちゃんに会えると思ったのに。
聖教祭の時から会って無いんだよ。
お父さんの意地悪!
「ヒナタちゃん。
お父様もお母様も二人が心配なんですよ」
アンヌお姉ちゃんが私を宥めようと優しく言ってくれるけど、私の口はもっと尖っていく。
「大丈夫だもん。
私もシンシアも強いもん」
「それでも二人は女の子ですからね。
少しの我慢ですから、あんまりご両親を困らせたらダメですよ」
「ぶー」
私は思いっきり頬を膨らませた。
もちろん両親が言ってる事は理解出来てる。
だけどお兄ちゃんに会いたいもん。
「まあまあ、新学期に会いに行けないなら冬休み中に行ったらいいじゃないか」
それだ!
確かにお父さんもお母さんも新学期としか言って無かった!
流石エルザさんだ!
「コラッ!エルザ!
余計な事言ってはいけません」
でもアンヌお姉ちゃんがエルザさんを注意しちゃった。
でもエルザさんの言う事を採用しちゃう。
「なら寮に帰る前にお兄ちゃんの所に遊びに行く!」
「ヒナタちゃん。
真っ直ぐ帰るように言われたでしょ?」
そうだった。
それは言われてた。
「アンヌお姉ちゃんの意地悪。
いいもん。
なら一回帰ってから遊びに行くもん」
だったら真っ直ぐ帰った事になるよね?
「ヒナタちゃん、それは――」
「まあまあ」
また注意しようとしたアンヌお姉ちゃんをエルザが止めてくれた。
「みんな一緒の方が安全だろ?」
「それはそうですけど……」
「そのかわり、明日からは我慢するんだぞ」
「はーい」
私は元気良く返事をした。
そんな私を見てアンヌお姉ちゃんは諦めたみたい。
やったー!
お兄ちゃんに会いに行こう。
何して貰おうかな〜
そうだ!
「お兄ちゃんにまた猫ちゃんパジャマ着て可愛いネコのポーズしてもらおうっと」
私のプレゼントした猫ちゃんパジャマ、超可愛いかった。
お兄ちゃんは優しいから可愛いネコちゃんポーズしてくれたし。
あれをまた見たい。
「そう言えばなんだけど……
ヒカゲがいつも誤魔化す時にあのポーズするけど、あれは一体なんなの?」
シンシアが今更ながらの疑問を口にした。
「あれ、可愛いでしょ」
「可愛いけど、そうじゃなくてあれはいつからやり始めたの?」
「あれはね――」
◇
私が7歳の時の話。
あの出来事は今でも良く覚えている。
とても悲しいかったけど、嬉しい事もいっぱいあった大切な思い出。
私は当時から剣の鍛錬を毎日欠かさずやっていた。
だって剣術は楽しい。
なんたってお兄ちゃんがいつも嫌々ながらも付き合ってくれる。
私の大切な時間。
そんないつもの日常。
でも、それは突然やってきた。
「行かなきゃ」
私の口から自然と言葉が溢れ落ちる。
少し前から偶に起きる。
この湧き上がる衝動。
そして意識ははっきりしているのに、どこか他人事の様に自分が見える感覚。
私は鍛錬の途中なのに衝動的に走り出した。
その少し先で1組のカップルが野良猫に石を投げつけていた。
野良猫は片方の前足が折れており、逃げれないでいた。
なんて酷い!
信じられない!
「なんだもう動かなくなったのかよ」
「つまんないわ。
行きましょう」
「そんだな。
じゃあ最後に」
そう言って男が拳骨サイズの石を野良猫目掛けて投げた。
その石を私は持っていた模擬の剣で弾き飛ばした。
「酷い!
ネコちゃん可哀想!」
私は剣を構えて二人を睨みつける。
でも睨んだ所でカップルは怖くもなんとも無いみたい。
「なんだこいつ?」
「生意気な子供ね。
ちょっと躾してあげたら?」
「そんだな。
大人の怖さ教えてやるよ」
そう言って男は石を私目掛けて投げつけて来た。
でもそんなの簡単に打ち返した。
その石が男の足に当たった。
「何しやがるんだ!
このガキが!」
男は逆ギレして大声を張り上げた。
その大声に私の中で一気に恐怖が駆け巡る。
どうしよう、凄く怖い。
震えが止まらない。
男がズイズイと前に進んでいく。
完全に萎縮しまった私は動けずにいた。
そんな私と男の間にお兄ちゃんが割って入ってくれた。
「お兄さん達。
子供もする事にいちいち腹立てる事無いんじゃない?」
「なんだぁ?
絡んで来たのはそっちだろうが!」
「まあまあそう言わずに」
お兄ちゃんはそう言って何かを男に渡した。
私からは見えなかったから、何を渡したかはわからない。
でも、それを見た男は上機嫌になる。
「まあ、そうだな。
こっちは大人だからな」
そう言って離れて行くカップルの後ろ姿を、お兄ちゃんは意味ありげに見送ってからこっちに振り向いた。
「ヒナタ大丈夫?」
お兄ちゃんの優しい声。
私は無言でお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。
お兄ちゃんに頭を撫でられると震えが治っていく。
「ヒナタは偉いね。
ネコちゃん可哀想だったもんね」
「そうだネコちゃん!」
すっかり落ち着いた私は野良猫の方に駆け寄った。
ネコちゃんは弱っていてぐったりしている。
とても痛々しい。
「お兄ちゃん、どうしよう!
ネコちゃんぐったりしてる」
「ん?
寝てるだけだよ」
お兄ちゃんは時々変な事を言う。
絶対わざとだ。
だって、どう見ても弱ってるもん。
「そんな事無いよ!
お医者さんに連れて行かないと!」
「あっ、UFO」
「え?」
私は思わずお兄ちゃんの指差した方を見た。
何も無い。
「お兄ちゃん。
何も無いよ?」
お兄ちゃんの方を見ると、お兄ちゃんがネコちゃんに何かしているのが微かに見えた。
微かに魔力っぽいっけど、なんかちょっと違った気がする。
「何も無いね。
そんな事より見てごらん。
ネコちゃん寝てるだけだよ」
さっきと違ってお兄ちゃんの言う通り、ネコちゃんはただ寝ている様に見える。
「あれ?
本当だ。
お兄ちゃん、今なにかしたでしょ?」
「してないよ」
まただ。
お兄ちゃんはそうやってしょっちゅう誤魔化す。
「絶対なにかしたよ」
「してないよ」
「嘘だ。
私チラッと見えたもん。
お兄ちゃん何かしてたもん」
「嘘じゃないよ。
僕がヒナタに嘘吐いた事無いでしょ?」
「いっぱいあるよ」
「……そうだっけ?」
「嘘吐いた事が無いってのが嘘だよ」
「……でも今のは嘘じゃないよ」
私は精一杯の疑わしい目で見るけどお兄ちゃんはいつも通り動じない。
何が何でも誤魔化し切る気だ。
こうなったら諦めるしか無い。
「さあ、帰ろっか」
「お兄ちゃん」
私は帰ろうとしたお兄ちゃんの腕を掴んで引き止める。
「この子飼いたい」
「えー、辞めた方がいいよ。
この猫はもうかなり高齢だよ」
お兄ちゃんは基本冷たい。
でも私には凄く優しい。
まるで優しくする相手を決めてるみたい。
「ちゃんと世話するから〜
いいでしょ〜」
お兄ちゃんの腕をブンブン振っておねだりする。
「いや、それは僕に言われても」
よく考えたらお兄ちゃんに言っても仕方ない。
でもお兄ちゃんは困った顔をするだけで、決して私を邪険にしない。
ほらやっぱりお兄ちゃんは私には優しい。
「じゃあ、お父さんとお母さんに聞いてみるね」
お父さんもお母さんも私に甘いからきっと大丈夫。
◇
やっぱりお父さんもお母さんもOKしてくれた。
よし、名前を考えないと。
「お兄ちゃんはどんな名前がいいと思う?」
私が聞くとお兄ちゃんはとってもめんどくさそうな顔をした。
でも、ちゃんと答えてくれる。
「タマでいいんじゃない?」
「タマ?
なんで?」
「ネコだから」
お兄ちゃんは時々良くわからない事を言う。
「なんでネコだったらタマなの?」
「なんでだろうね?」
そして結局詳しくは教えてくれない。
「良くわからないけど、可愛いからタマにする」
「いいんじゃない。
覚え易いし」
「うん」
タマは最初は警戒してなかなか触らせてもくれ無いどころか、私があげた餌すら食べなかった。
「人間に酷い目に遭わされたからね。
きっと怖いんだよ。
気を許してくれるまで根気よく面倒見るしか無いね」
そう言いながらお兄ちゃんが餌をあげていた。
何故かお兄ちゃんには最初から懐いていて、お兄ちゃんの出した餌は食べていた。
だからお兄ちゃんがめんどくさそうにお世話を手伝ってくれた。
なんだかんだ言ってお兄ちゃんは優しい。
そこをタマもわかっていたのかも。
お兄ちゃんの言う通り、一緒にお世話をしてる内にタマは気を許してくれた。
その頃、朝起きるとタマがいなくなっていた。
「お兄ちゃ〜ん。
タマが居なくなっちゃった〜」
私が大泣きしていると、お兄ちゃんはすぐに私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。
お散歩に行っただけだよ。
ご飯の時間になったら帰ってくるよ」
「本当に?」
「本当に」
「迷子にならない?」
「大丈夫だよ。
だからご飯用意して待っててあげようね」
「うん」
お兄ちゃんの言う通り、タマはご飯の時間には帰って来た。
どうやら放浪癖があるみたい。
ご飯とご飯の間は散歩に行っていた。
だけど私の剣の稽古を見るのは好きみたいで、ずっと傍で丸くなって見ていた。
それとも日向ぼっこかな?
そんなタマのお散歩について行くのが私の朝の日課になった。
タマはうっとしそうにしていたけど、振り切ろうとはせずに散歩していた。
散歩してる内に領の人達と話す機会が増えていった。
みんな優しく話しかけてくれるいい人ばっかり。
タマは私がお喋りしてる間は丸くなって待っていてくれた。
そしてお喋りが終わると、やれやれと言わんばかりにニャーと鳴いていて歩き出した。
そんなぶっきらぼうな所がなんかお兄ちゃんにそっくり。
私はタマが大好きだった。
そんな楽しい生活は長くは続かなかった。
そして、私はお兄ちゃんが始めに言っていた意味を知る事となった。
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