第30話
僕は飲み屋街に足を運んだ。
お目当ての人を見つけて店の中に入っていく。
「やあツバキ。
久しぶりだね」
「やあ、少年。
こんな所で会うなんて珍しいね」
「また一緒に飲む約束したからね」
「なんだい?
わざわざ私に会いに来てくれたのかい?
嬉しい事言ってくれるね」
僕はツバキの前に座って同じお酒を頼んだ。
お酒が運ばれて来てから2人で乾杯をした。
「なんか疲れてるね」
「そうかも知れないね。
ちょっと昔の嫌な事を思い出す事があってね」
ツバキが遠い目をして言った。
「おっと、せっかく楽しい席だ。
辛気臭い話は無しにしよう」
「いいよ。
僕でいいなら愚痴を聞くよ」
「君は優しいね。
思わず抱きしめてしまいそうになるよ」
ツバキは力無く笑ってから続けた。
「私は勇者なんて大層な称号を貰ったけど、実際には力なんて殆ど無い。
この剣で目の前の人を救うのがやっとだ。
そんなのはわかっているのに。
割り切っているのに。
やっぱり辛いね」
「何かあったの?」
「愛弟子との約束も守れなかった。
本当にダメな勇者だ。
先日も言われたよ。
遅過ぎるって」
「そういう事だってあるよ。
ツバキが気にする事じゃない」
僕の言葉にツバキは首を横に振った。
「今回だけじゃない。
遅過ぎる、弱過ぎる、知らな過ぎる。
今までだって何回も言われた事だ。
結局私はちょっと剣の腕が立つだけで何も出来ない女なんだよ」
それは救われる者の傲慢だ。
勇者に幻想を抱き過ぎだ。
勇者と言えど、所詮はただ1人の人間。
この世界からしたらみんなと一緒でちっぽけな存在。
いなくたって世界は回る。
もっと早く来ていれば、もっと強ければ、もっと知っていれば。
何故何もしないで救われるのを待っているだけの者がツバキを責める?
ツバキが救えなかった命以上に救われた命があるはずなのに。
「そんな事無いよ。
ツバキがシンシアに剣を教えなければ、僕はシンシアとアンヌと言う愛しい姉妹が出来る事は無かった。
こうやってツバキと美味しいお酒を飲む事も無かった。
僕はツバキに感謝してるよ。
ツバキを無責任に責める誰よりもずっと」
「ありがとう。
その言葉に少し救われるよ。
君は本当に不思議な子だ。
年甲斐も無く惚れてしまいそうだ」
「なんならこの後ワンナイトラブする?」
「魅力的な提案だけど、まだ愛弟子に嫌われたく無いよ。
そのかわり、朝までこれに付き合ってくれるかい?」
ツバキの掲げたグラスに僕はグラスを合わせて乾杯をした。
今回の件はツバキは何も悪く無い。
ツバキは僕達がエミリーを攫ってから、必死に追い続けていた。
そして僕達がエミリーの存在をひた隠しにしていたのに、もう少しの所まで迫っていた。
彼女は間違い無く僕の天敵になる。
ゴカイド・サゴドンのして来た事に辿り付いた事もその中で知ったんだ。
それでもツバキは手を出す事が出来なかった。
それは途轍も無く歯痒い想いだっただろう。
でもそれは仕方ない事だ。
ゴカイド・サゴドンはそれだけ狡猾な人間だった。
法の抜け穴を突いて権力を伸ばし、不正の証拠は一切外に出さない。
完全に黒なのにグレーと言わざる負えない状況だった。
更にツバキは平民だ。
彼女を良く思っていない貴族はまだまだ少なくない。
権力、法律、階級社会。
その全てがツバキの前に立ちはだかる。
その全てをツバキは無視する事が出来ない。
その一つでも無視をして剣を振るったら僕達悪党となんら変わりがない。
それがルールと秩序を守るが故の理不尽だ。
それでもツバキは明日からも誰かの為に剣を取る。
例え救えなかった者達から理不尽に罵られようとも。
だからツバキは勇者なのだ。
勇者の称号を与えられた紛れもない勇者なのだ。
いや、誰も認めなかったとしても僕が認めるよ。
勇者と正反対である大悪党の僕が認めるから間違い無い。
正真正銘ツバキは正義の勇者であると。
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