第25話
ナイトメアの出現は宣教師学園内を震撼させた。
ルナはミスコンにリリーナが出ると聞いて笑いにいこうと客席にいたが、ナイトメアの出現と共に会場を離れて人気もない校舎の屋上に移動した。
そこから校内を見下ろしながら人を待っていた。
そんなルナの背後に待ち人が現れた。
「良くここがわかったわね」
ルナは振り返る事無くナナリーに声をかけた。
「はい。
下から見えましたので」
ナナリーは特に気にする事無く返事をした。
「勇者ツバキは一緒じゃないのね」
「はい。
急に何処かへ飛んで行きました」
「そうなのね。
勇者も忙しいのね」
ルナは喧騒としているミスコン会場を見つめた。
「ナイトメア。
彼の目的はなんなのかしら?
国宝を盗んだと思えば返して、そしてまた盗んで行った。
なのに、絵画と鎧は置いて行く。
物の価値など気にして無いみたい。
ナナリーはどう思う?」
「私にはなんとも」
「そうね。
あなたに聞いてもわからないわよね。
それで、彼はここにはなんの目的で来たのかしら?
それはわかる?」
「いいえ。
私にはなにも」
「そう」
二人の間に沈黙が流れた。
ナナリーは徐にナイフを取り出した。
騒ぎが起きたら騒ぎに乗じてルナ王女を殺せ。
それがサゴドン公爵の命令だった。
「私を殺しに来たのでしょ?」
「なんで……」
ナナリーはルナに言い当てられて固まった。
ルナは振り向いて真っ直ぐにナナリーを見据えた。
「知ってたわよ。
あなたがサゴドン公爵のスパイだって事は」
「いつから?」
「割と最初からよ。
王族を舐めないでちょうだい。
サゴドン公爵が王国各地に愛人の娘達をスパイとして潜り込ませてる事も分かっていたわ」
「では何故?」
「全貌が掴めなかったからよ。
中途半端に叩けば、手痛いしっぺ返しがあるでしょ?」
ルナはナナリーの持つナイフに一切動じる事無く、あっけらかんと言った。
その堂々たる出立ちにナナリーはどっちが命を狙われてるのか分からなくなる程だ。
「サゴドン公爵がアポロ兄様を次期国王にしたい事もわかっているわ。
ハヌル兄様は王位には興味無いみたいだし、ソウル兄様もアポロ兄様がなる物だと半ば諦めてるわ。
でも、私は違う。
絶対にこの王位継承争いに勝ってみせる。
私が負けず嫌いなのはわかっているでしょ?」
ルナはそう言うと、ナナリーに両手を大きく開いて見せた。
「さあ、ナナリー。
私を殺すなら殺しなさい。
私は一切抵抗しないわよ。
その代わり、私の顔から目を背ける事は許されないわよ。
ずっと一緒に過ごして来た私よりも、サゴドン公爵のそんなくだらない命令で殺されるなら私はそれまでの女。
王の器では無かったって事よ」
ナナリーの心は揺れ動いた。
ここに来る迄に決めていた覚悟が崩れていた。
手に持つナイフはいつの間にか震えていた。
その震えは決して治らない。
むしろ大きくなっていく。
「どうしたのナナリー。
早く刺しなさい!
さあ!」
長い時間決断出来ないナナリーに痺れを切らしたルナが捲し立てる。
その力強い声にナナリーの心は決まった。
「ルナ王女。
申し訳ありません」
ナナリーは持っていたナイフを持つ手に力を込めた。
そしてその刃先を自分に向けた。
「ナナリー!
辞めなさい!」
ナイフが目を瞑ったナナリーの喉元に――
刺さる直前に閃光が走り、ナイフを弾き飛ばした。
「良かった。
こっちも間に合った」
息を切らしたツバキが安堵の声を漏らした。
膝から崩れ落ちそうになるナナリーをルナが抱きしめた。
「ナナリー。
私に仕える時に言ったはずよ。
私に仕えると言う事はその身体も命も私の物だって。
なのに勝手に私の物を捨てるなんて許されない事よ!」
「申し訳ありません。
本当に申し訳ありませんでした」
「今回だけは許してあげる。
だから二度とするんじゃないわよ」
「はい分かりました」
ナナリーは大粒の涙を流して泣き崩れた。
その姿を見て、もう大丈夫だと感じたツバキは階段を降っていった。
屋上に残った二人を別の校舎の屋上からカナリアが覗いていた。
「めでたしめでたしだね。
流石勇者だ。
僕達だとこうはならなかった」
カナリアは帰る前に大きく伸びをしてから振り返った。
その視界に閃光が写る。
反射的に大きく跳んだ事によって、難を逃れる事が出来た。
「ビックリしたよ!
ボス以外で完全に背後を取られたのは初めてだ」
閃光の主である勇者ツバキは舌打ちをしてカナリアの方を見る。
「君もナイトメア・ルミナスの一員だろ?」
「そうだよ。
僕はナイトメア・ルミナス第五色、勤勉のカナリア」
ツバキは次の一撃の為に剣を構える。
カナリアは両手を上げて敵意が無い事をアピールした。
「辞めようよ。
せっかくの感動に水を刺すなんて。
あなたのおかげで誰も死なずに済んだのだから」
「君はずっと見てたのか?」
「まあね。
ボスからお願いされたからね」
「何故止めなかったんだ?
君は止めれたのに止めなかった。
私が間に合わなければナナリーは死んでいた」
「何故?
なんで僕が止めないといけないの?
ボスの目的はサゴドン公爵から彼女を奪う事。
彼女の生死は関係ないよ」
「なら、ナナリーがルナ王女を刺していたらどうするつもりだったんだ」
「それは無い無い」
カナリアは全く緊張感の無い軽い返事をした。
「彼女なら刺さないと信じていなのか?」
「まっさか〜。
ろくに話した事の無い女を信じられるわけないじゃないか〜」
カナリアは本当におかしそうに笑った。
「ならどうして?」
「殺すんだよ。
当たり前じゃないか。
僕なら彼女が動いてから刺すまでの間にここから殺す事なんてか〜んたん」
カナリアは指でピストルの形を作ってツバキに向けた。
その顔は得意な事を自慢する子供の様だ。
まるで人を殺す事に何も躊躇いがないあどけなさ。
それにツバキは恐ろしさを感じずにはいられなかった。
「君はさっきめでたしめでたしと言ったよね」
「うん、言ったよ。
だってめでたいからね。
誰も死なずに済むなんてハッピーエンドだよね」
「それが分かるのになんでそうなる様にしようと思わないんだ?」
「それが僕になんの得があるの?」
本気でわからないと首を傾げるカナリアに、ツバキは言葉を失ってしまった。
ツバキには全く理解出来なかった。
目の前の人を救い、一緒に喜びを感じる事。
救う事が出来ずに悲しみに暮れた事。
それを知っているツバキにとって、そこに損得勘定が生まれる事自体が全く理解出来なかった。
「他人がハッピーエンドで終わったからって僕は何か貰えるの?
他人がバットエンドで終わったら僕は何か失うの?
そんな事ないよね?
ならどっちでも良くない?」
「そんな事ないよ。
目の前の人が笑っていたら嬉しいだろ?
目の前の人が泣いていたら悲しいだろ?」
「う〜ん」
カナリアは腕を組んで考え始めた。
それはツバキの言葉をバカにしてるとかでは無く真剣に。
そして答えの出たカナリアはツバキを見て言った。
「なるほどなるほど。
あなたの言いたい事は理解出来たよ」
「なら――」
「でも所詮は他人でしょ?
ならどうでもいい。
他人に施すなんてありえない。
ボスが言ってたよ。
それが美学だって」
一点の曇りも無い答え。
その答えを聞いて、剣を構えるのを辞めた。
ツバキは気付かされた。
今の自分の声は届かないと。
「また美学か……
それは一体なんだい?」
「あー、あなたには理解出来ないよ。
だって正しいのはあなただから」
そう言ってカナリアは蜃気楼のように揺らいで消えた。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
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