第15話
ホロン王国北部は領土の3分の1を川や湖で締めている。
更には豊かな自然も多く、まるで楽園の様な土地である。
しかし、豊かな自然があるという事は生息生物も多い。
当然、人々の脅威になり得る生物も数多く生息している。
そこを上手く住み分けて共存出来ているのは、北部を統括しているホッカイ公爵の手腕と言えよう。
そのホッカイ公爵邸にもサゴドン公爵の手の者が入り込んでいた。
その義妹との会話を終えたミリアはホッカイ公爵邸を抜け出した。
これで王国全土に散らばった義姉妹の殆どに会う事が出来た。
残りは王都にいるナナリーのみだ。
ミリアはルリとの集合場所へと向かって、人気の無い路地裏を駆け抜けていた。
「ちょっとお嬢ちゃん」
そんなミリアを呼び止める声があった。
全く気配が無い声にミリアは驚いて足を止めた。
「よかった止まってくれた」
声の方を見ると、酒の入った瓢箪片手の女性がご機嫌に手を振っていた。
「勇者ツバキ」
「おっ!私の事知ってるのかい。
なら自己紹介は不要だね」
「私に何の用ですか?」
「実はね。
愛弟子との約束で人を探してたんだ。
それはもう王国中走り回ったよ。
そしてようやく見つけた。
起きてる時に会うのは初めましてだね、エミリーちゃん」
ミリアは思わず身構える。
それを見てもツバキは動じずに酒を飲んだ。
「何も身構える事無いんじゃないかい?
別に取って食おうってわけじゃない」
「目的はなんですか?」
「目的?
それは君を助ける事だ。
あの時助けられなかったからね」
ツバキはそう言ってから瓢箪の酒を飲み干した。
「でも、思ったよりも酷い目にはあって無いみたいだ。
とりあえずは一安心かな」
「それはご心配をおかけしました」
「構わないさ。
それで、今の現状は君が望んだ物なのか?」
ツバキは真剣な眼差しでミリアを見据える。
全てを見透かしてしまいそうな眼差しにミリアは言葉を詰まらせた。
「もし君が望まぬ状況に陥っていると言うのなら、私は全身全霊を持って君を救い出そう。
例え私がナイトメア・ルミナスより弱いとしても、君を守り抜いて見せる」
ツバキの力強い言葉にミリアの心は揺らいだ。
このまま全てを他人に委ねたら、どんなに楽だろう。
少し前まで全てを委ねていたミリアには、その楽さが痛い程分かっていた。
でも、果たしてそれをナイトメア・ルミナスは許してくれるのだろうか?
“好きにしたらいいさ”
ヒカゲの一言が頭をよぎる。
あの無気力な瞳。
それが全て物語っていた。
許す許さないの次元じゃない。
本当にどうでもいいのだ。
ミリアの選択なんてどうでもいい。
彼らは勝手にしたい様にするだけなのだ。
だからこそ選択しなくてはならない。
自分の意思で。
「私は私の意思でここにいます。
これが私の選択です」
「君は望んでナイトメア・ルミナスの一員となってるわけだね」
「はい」
力強いミリアの言葉にツバキは黙って頷く。
そしてツバキの顔から酔っ払いの雰囲気が消えた。
「ナイトメア・ルミナスのエミリーなら私は君を討たなくてはならないんだよ」
「今の私は……」
ミリアは一呼吸おいた。
そして覚悟を決めて言い切った。
「私はナイトメア・ルミナスのミリアです」
ミリアはナイフを生成して臨戦体制に入る。
その瞬間にはツバキは目前まで迫っていた。
ツバキの繰り出す閃光を右手のナイフで受け止めようとするが、受け止め切れずにナイフが弾かれる。
間髪入れずに縦に走る閃光を躱わす為に左半身を後ろに反らした。
魔力で生成したボディスーツがパックリ切れて、左の乳房があらわになった。
それを恥ずかしがる余裕などあるはずもない。
ミリアは刃を爪先に生成した右足を蹴り上げた。
完璧な奇襲だったがツバキは剣で受け流しながら間合いを取る。
そのまま流れるようにツバキの剣はミリアに襲いかかる。
ミリアは左のナイフを合わせて受け止める。
二つの刃がギリギリと音を立てながら均等を保つ。
「君を探す為に調べさせて貰ったよ。
境遇は理解した。
でも悪に縋る事は無いだろう?」
「縋ってなどいません。
私は抗う事を選んで、抗う力を求めただけ」
「その力で何を得た?」
二人の距離が一度離れる。
だがミリアが服を修復する間も無いほどすぐに、二人は気力で身体強化をしてぶつかった。
「結局姉妹と会うのにコソコソするしかないじゃないか」
「それは……」
「サゴドン公爵の影響力は知っている。
黒い噂も分かっている。
王国が政治的な理由で手を拱いてることも。
でも私は許さない。
必ず彼の罪は白日の元に晒して見せる」
「無理ですよ。
王国にはそんな事出来ない」
「私は勇者だ。
王国も貴族も関係無い。
独自のコネクションだってある。
君も君の姉妹も守って見せる。
だから私と一緒においで」
ミリアはその言葉が素直に嬉しかった。
ツバキなら救ってくれるかもしれない。
それぐらい彼女の言葉は力強かった。
でも――
「遅過ぎます」
ミリアはナイフに力を入れてツバキを押し返す。
そして両手両足の刃で攻め立てる。
「もっと早くその言葉を聞きたかった」
「まだ間に合うよ」
ツバキはミリアの猛攻を剣で流していく。
「いいえ。
ただお館様の影に怯えて生きていたあの頃の私なら縋っていました。
でも、今は違う。
自ら戦うと言う道を見てしまった」
「それが悪の道だとしてもかい?」
「なら、私はいつまで怯えていればいいのですか?
あなたが守ってくれるとしても、いつ迫って来るからわからないお館様の手にいつまで恐怖していたらいいのですか?」
「私が必ず断ち切ってみせるよ」
「いいえ。
私は自らの手で終わらない支配に終止符を打ちます」
ミリアは魔力を込めた一撃を放つ。
ツバキをそれを真正面から受けて立った。
二つの刃がぶつかり、魔力が爆発して2人共弾き飛ばされた。
2人共バランスを崩す事なく着地した。
「やっぱりそうか。
次のナイトメア・ルミナスの目的はサゴドン公爵の殺害なんだね」
ツバキの言葉にミリアは答えない。
それでもツバキは続ける。
「そこら辺の盗賊とは訳が違う。
サゴドン公爵は表向きは立派な貴族だ。
その殺害となれば重罪だよ」
「それでも――」
「随分遅いと思ったら、これは大変な相手に睨まれましたね」
ツバキの全身に緊張が走った。
ミリアの後ろに急に現れたルリに、自分の目を疑った。
まるで気が付かなかった。
声を発しなければまだ気付けていなかったとさえ思える。
「これは勇者ツバキ。
お初にお目にかかります。
私はナイトメア・ルミナスの第二色、謙虚のルリ。
以後お見知りおきを」
ルリは大袈裟に優雅な礼をする。
隙だらけのように見えるが、ツバキは踏み込めずにいた。
「ミリア。
ここは逃げましょう。
正義を相手に私達は逃げるしかありません」
「わかりました」
2人は空気に溶けるように薄くなっている。
「エミリー!」
ツバキは消えゆくミリアに大きな声で呼びかけた。
でも当然返事は無い。
「もっと早く行ってやれなくてごめんよ」
ツバキの声が届いく事は無かった。
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