第17話
過去のしがらみから抜け出す事が出来無かった亡霊が、悪党によって虐殺されるという悪夢のフィナーレ。
その後について少し話をするね。
僕はモグちゃんの家にお邪魔していた。
モグちゃんとここで落ち合う約束をしていたからだ。
モグちゃんを待っている間に奥を見に行った。
そこは質素なリビング。
真ん中に丸い大きな机の周りに椅子が数個並べられている。
そして壁には大きな写真が一枚。
小さなドラゴン姿のモグちゃんと金髪のエルフの男性と紫髪のエルフの女性が中心に、いろんな髪色のエルフご映っている。
かなり古い写真なのに、全く色褪せて無く綺麗なままだ。
よっぽど大事にしているのだろう。
「それはこの里を作った時にみんなで撮った写真だよ。
オラの宝物」
帰って来たモグちゃんが僕に声をかけた。
「みんな活き活きしてるね」
「なにせみんな希望に満ちていたからね。
髪の色なんかで差別される事の無い里。
そこまで行くのに想像絶する程の苦労があった。
何度も絶望しそうになったし、諦めそうになった。
それでもやっと実現した夢だった」
「モグちゃん以外のメンバーは?」
「もう何百年も昔の話だからね。
エルフは長命と言え寿命は来るのさ。
みんなオラに里を託して、天国に旅立って行ったよ」
「そうなんだ」
「それにしても、やっぱり写真には驚かないんだね」
「なにが?
……ああ、この世界に写真が無いからか。
僕の前世では写真なんて普通だったからね。
モグちゃんもそうでしょ?」
「やっぱり気付いてたんだ」
モグちゃんはバツの悪そうに頬を掻いた。
「会話の内容でね」
「オラの話聞いてくれる?」
「長いの?」
「それなりにね」
「ならいいや」
「えー!
聞いてよー!」
「イヤだよめんどくさい」
「そんな事言わずにさー
出来るだけ短く話すからさー」
モグちゃんが僕のズボンの裾を引っ張って駄々をこねる。
「仕方ないな。
短くだよ」
「ゴホン。
では――」
モグちゃんは咳払いをしてから話始めた。
「オラは前世ではいろんな人に騙されて人間不信だったんだ。
山の奥で1人、最低限の人付き合いだけしてひっそり暮らしていたんだ。
でも写真が趣味でね。
自然を撮っているのが好きだった。
そんなある日。
いつも通り写真を撮っていたら、とても深い深い穴に落ちた。
気付いたらあの姿だったよ」
モグちゃんは写真に写っている自分を指刺した。
「とりあえず穴を掘って外に出たけど、全く知らない世界。
右も左もわからない。
途方に暮れていたオラが最初に会ったのがその2人」
モグちゃんは写真の中心に写る2人を指刺した。
「2人は迫害を受け続ける事に疑問に思って、里を飛び出して旅をしていた。
決して楽な旅では無かったはずなのに、オラにとても優しくしてくれた。
凄い2人だったよ。
散々酷い目に遭わされて来たのに他人に優しく出来るなんて。
自分達が酷い目に遭って来たからこそ他人に優しく出来るって本気で言ってのける2人だった」
「それは確かに凄いね。
途轍もない善人だ」
僕には絶対に無理だな。
いきなり会った他人に優しくなんて出来ない。
「そうさ。
だからオラは2人に恩返しがしたかった。
幸いオラには魔力の才能があったから」
「それで里を作る事にしたんだね」
「もう!
一気に話飛ばさないでよ!」
「だってこれ以上は長くなりそうだし」
「はぁ〜、わかったよ。
今度にするよ」
「機会があったらね」
「ちなみにオラが落ちてきた穴はあれだよ」
モグちゃんが部屋の上に空いた大きな縦穴を指差した。
「オラには登る事が出来なかったからわからないけど、もしかしたら元の世界に繋がってるかもしれない。
もし誰か落ちてきたら、今度はオラが助ける番だと思ってここに家を作ったんだ」
僕は穴の真下から上を見上げた。
確かにとても深い穴だ。
「行ってみる?」
僕はモグちゃんに尋ねた。
「え?行けるの?」
「僕ならひとっ飛びだよ」
モグちゃんは少し悩んでから答えた。
「行ってみたい」
「よし、じゃあ肩に乗って」
モグちゃんは僕の肩に座った。
「じゃあ行くよ」
僕は体中に気力を巡らせ真上に飛んだ。
◇
結果から言うと、モグちゃんの予想通り僕の前世でもある日本に繋がっていた。
山から見下ろす景色は紛れも無く日本だった。
「随分変わったね」
モグちゃんは僕の肩の上でしみじみ言った。
「どこか行きたい所ある?」
「こっちのオラの家に行ってくれる。
まだ残ってるかわからないけど」
僕はモグちゃんの案内で家に向かった。
大分傷んでいたけど、まだ家は残っていた。
中に入ると埃だらけだったけど、荒らされた形跡は一切無かった。
「大切な物だけ持って帰りたいんだ。
手伝ってくれる?」
「いいよ。
集めておいで」
モグちゃんは肩から降りて家の奥に向かった。
僕は壁にかけられたカレンダーを見る。
僕が転生した時より40年ぐらい昔のカレンダーだ。
テレビをつけて見たけど、なにも映らない。
「そっか。
デジタルに対応してないのか」
今何年か知る方法は無さそうだ。
「アクムの兄ちゃん。
ちょっとこっち来てくれない?」
モグちゃんの呼ばれて奥の部屋に行くと、そこには高級なカメラの部品や現像室まであった。
「これ全部持って行きたいんだけど、いいかな?」
「いいんじゃない。
運んであげるよ」
僕は超能力で運んで縦穴まで戻った。
「もういい?」
「オラはいいけど、アクムの兄ちゃんは?」
「うーん……別に今はいいかな。
スミレと一緒に行く約束してるから、また今度使わせてもらうよ」
僕は穴に飛び降りる前に、もう一度だけ街並みを見た。
何も感じない。
もうちょっと感傷に浸ると思ったんだけどな。
やっぱり僕はどこかおかしいのかもしれない。
強いて言うなら、姉さんは夢叶えられたかな?
◇
翌朝。
モグちゃんの家で布団と抱き枕の制作にかかった。
好きなだけシルクと羽毛をくれるって言ったから、ナイトメア・ルミナス全員分作る事にした。
もちろん自分の分も。
超能力で同時進行すれば量産可能だ。
リリーナにはこれから寒くなるからダウンを作ってあげよう。
「そういやモグちゃん。
里のみんなには話したの?」
「したよ。
もう神様として何も力が残って無いって。
でも、ここに住んでていいって。
あっさりOKしてくれたよ」
「それは良かったね」
「うん。
これからは趣味の写真を撮りながら、のんびり余生を送るよ」
「お疲れ様。
これでやっと託せるね」
「そうだね」
モグちゃんは言葉と裏腹に煮え切らない顔した。
「なんか問題あるの?」
「問題は無いよ。
でもなんか寂しいよね」
「その寂しさを楽しんだらいいよ」
「寂しさを楽しむ?」
「そうさ。
モグちゃんが託された物を次の世代に託したんだ。
きっと次の世代がいろいろ模索しながら守っていってくれる。
寂しさに慣れる頃には新しい時代が出来ている。
それまでの過程を楽しみながら見守ってあげればいいのさ」
「確かにそれは楽しみだね」
モグちゃんは寂しさを紛らわすかのように笑顔を見せる。
その笑顔から寂しさが消える時、ルカルガの里だけでなく、モグちゃんにも新しい風が吹いている事だろう。
「さて、僕はもう行くよ」
製作物が出来たから帰らないと。
長居は無用だ。
「里の方には顔を出さないの?」
「今里のみんなとレイン達が大切な話をしてるんだろ?
僕が顔を出したら台無しになっちゃうよ」
レインに見つかると送るとか言われそうだしね。
「せめてオオクルには会ってあげなよ」
「いや、やめておくよ」
きっと大怪我をして動けないだろうし、もしかしたらシャノンと甘々な時間を過ごしているかもしれない。
「アクムの兄ちゃん。
なんで紫色の髪のエルフが忌み子って言われてると思う?」
モグちゃんは突然真剣な顔になって言った。
何故このタイミングでそんな話をするのか?
でも、興味のある話だ。
「なんで?」
「聖教の成り立ちだよ。
聖教の女神ティオネが粛清した超人の一人。
それが紫色の髪のエルフだったんだ。
その事で迫害を恐れたエルフ達が忌み子として、自分達とは違うと強調したんだ」
「なるほどね。
責任を全てなすりつけたんだね」
そしてスミレの様な扱いになった。
その過程がどうだったかは容易に想像できる。
「アクムの兄ちゃんと一緒にいたルージュって子も超人の一人に類似している。
それだけじゃないよ。
ナイトメア・ルミナスの全員が――」
「モグちゃん。
関係無いよ」
僕はモグちゃんの言葉を遮る。
だけどモグちゃんは止まらない。
「いまや聖教は人間だけじゃない。
この世界に生きる全ての種族に影響を与えているんだよ。
思想と戦うのは並大抵の事じゃない。
見えない何かがずっと襲いかかってくるんだ。
オラには仲間がいたから乗り越えられた。
でもアクムの兄ちゃんは――」
「関係無いって。
僕は身内の不幸は全て排除するよ。
どんな手を使ってでもね」
「オラはこの世界に来て変われた。
アクムの兄ちゃんも――」
「それはモグちゃんが善人だからだよ。
世界は善人の為にあるんだ」
モグちゃんは悲しそうに僕を見る。
まだ何か言いたそうだったみたいだけど、諦めた様にため息を吐いた。
「アクムの兄ちゃん。
これだけは言わせてよ。
アクムの兄ちゃんが身内の幸せを願うのと同じように、オラもアクムの兄ちゃんの幸せを願ってるよ」
「ありがとう」
幸せか……
幸せって難しいよね。
少なくても僕みたいな悪党には無理な物だ。
欲望は次から次へと際限なく湧き上がってくる。
それは決して満たされる事のない欲望。
満たされない以上幸せにもなれない。
強いて言うのなら、自分勝手に生きている僕が今でも生きていられる事が自体が幸せなのかもしれない。
◇
泉から出た僕は帰り支度を終わらせた。
さて、帰えるとしよう。
ルージュが待っている。
「師匠!」
そんな僕をオオクルが呼び止めた。
全身大怪我で松葉杖をついていて、ここに来るのも大変だっただろうに一人で来ていた。
「やあ、安静にしとかないとダメじゃないの?」
「そう言われた。
でも、シャノンに手伝って貰って抜け出して来た」
それは悪い子だね。
なにもそこまでしてくる事ないだろうに。
「師匠、帰っちゃうの?」
「まあね。
目的も達したからね」
オオクルはゆっくりと僕の近くまで歩いてくる。
「師匠、俺勝ったんだよ。
こんなにボロボロで、お世辞にもカッコよく無いけど……」
「そんな事ないよ。
オオクルはカッコいいよ」
オオクルの両目は今にも涙が溢れそうなぐらい潤んでいる。
「怖かった、痛かった、苦しかった。
もうダメだと思った。
でも師匠が何があっても生き抜けって言ってくれたから、俺最後まで頑張ったんだ」
オオクルが僕の顔を真っ直ぐに見る。
その両目から涙がボロボロと流れ出した。
僕は優しくオオクルの頭の上に手を置く。
「オオクルは良くやったよ。
胸を張りなよ」
「俺、シャノンを守れたのかな?」
「もちろん。
オオクルが諦めてたらシャノンは間違いなく殺されてたよ。
なにも恥じる事は無いよ」
「でも涙が止まらないんだ。
今も怖くて怖くて仕方ないんだ」
「泣けばいいじゃないか。
それも立派に生き抜いた証拠だよ」
「俺、もっと強くなれるかな?」
「それはオオクル次第だね。
でも、強くなろうと努力し続ける限り強くなり続けられるよ」
「どんな奴が来ても怖く無くなるぐらい強くなれる?」
「それは無理だよ。
誰しも死ぬのは怖いんだ」
「師匠も?」
「もちろん。
僕ほど死ぬのに臆病な奴なんかいないさ。
だから何があっても生きる事を諦めないんだ」
「でも、もうあんな怖い思いしたく無いんだ。
次も立ち向かえる自信が無いんだ。
こんなんじゃシャノンを守れない。
師匠教えてよ。
俺はどうしたらいいんだよ」
オオクルは声を出して泣き出した。
僕はしばらく見守っていたけど、全然泣き止まないし一個ぐらい師匠らしい事してあげるかな。
「ずっと側にいてあげなよ。
楽しい時も悲しい時も。
なにも気負う必要は無い。
その時が来れば戦えるよ。
だってオオクルは生き抜く大切さを知っているのだから」
「師匠もここにいてよ。
俺をもっと鍛えてよ」
「それは出来ない。
僕は帰らないといけないから。
出会いがあれば別れもある」
「また会える?」
「それは断言出来ない。
でも、オオクルが強くなりたい理由が変わらない限りまた会う事になるよ」
その時は正義として僕の前に立ちはだかる時かもしれないね。
泣き止まないオオクルを置いて帰路につく。
オオクルはこれからいろんな出会いがある。
それは良い出会いもあれば、悪い出会いもある。
その中で良い出会いだけを大切にすればいい。
だから僕は涙が消えない内に消えるとしよう。
僕との最悪の出会いなんて涙と一緒に流れて忘れてしまうように。
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