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世界を生き抜く悪党の美学  作者: 横切カラス
7章 悪党は自分の物に妥協しない
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第15話

森の中。

1人のエルフの男が彷徨っていた。

里とは別に森の神様を襲撃した別部隊の下っ端の1人だ。

彼らはルージュの逆鱗に触れ、命からがら散り散りに逃げていた。


「ここまで逃げたら大丈夫か?」


下っ端は自分を落ち着かせようと言葉を発する。

でも足は止めない。


ルージュによって文字通りちぎられていった仲間の姿が、下っ端に恐怖を植え付けて足を動かしていた。


「なんで私がこんな目に。

私はシヨルグ家のエルフだぞ」


下っ端は族長の一族。

下っ端の家は元は一族の中でも力を持っていた。

しかし、6年前に忌み子の売却に失敗。

その時に下っ端の父はナイトメアに殺された。


その事件がきっかけでヤマーヌ領主が代わり、シヨルグの里はカルカナ王国に悪業がバレて崩壊する事になった。

当然彼の立場は悪くなり、今や盗賊の下っ端の1人。


それでも彼は戦闘技術が高いから扱いはマシの方ではあった。

里崩壊の時にその責任を押し付けられて、もっと悲惨な目に遭ったエルフも大勢いた。


だけど下っ端は現状に満足していない。

必ず過去の栄光を取り戻して見せると息巻いていた。


「ゆっくりでいいからね。

しんどくなったら休憩したらいいから」


下っ端の耳に幼い声が聞こえて来た。

その声が近づいてくる。

彼は物陰に隠れて息を潜めた。


二人分の足音が近づいてくる。

下っ端は気付かれない無い様にそっと覗き込んだ。


シャノンの体調が少し良くなったので、ゆっくりと里に向かって帰って行く二人の姿があった。


彼はシャノンの藤色の髪を見て憎しみが湧き出る。


「こんな所に忌み子が。

私がこんな目に遭っているのも全て忌み子のせいだ。

ぶっ殺してやる」


完全なる逆恨みだが、彼の憎しみは増える一方だ。


「待ってオオクル。

誰かいる」


シャノンの声にオオクルの足が止まった。

そしてオオクルはシャノンを背中で隠す様にして剣を構えた。


オオクルはシャノンが何か悪い気配を察知した事を疑いはしなかった。


その判断は正しかった。

あと数歩進んでいたら、下っ端によって二人共切られていた。


でもそれが下っ端の怒りを更に買うことになる。


「この小賢しいガキが」


下っ端は小さく吐き捨てて弓を射る。

静かに放たれた矢がシャノンの頭を目掛けて飛ぶ。


その矢をオオクルは剣で弾いた。

本人は無意識だったが、下っ端の殺気に体が反応した。


「ありがとう」


「う、うん」


オオクル自身が一番驚いていて、シャノンの言葉に上手く反応出来ない。


「チッ!」


大きな舌打ちと共に下っ端が物陰から出てくる。


「忌み子を守るエルフの面汚しが」


下っ端の姿を見てオオクルは再び剣を構える。


里の外に出た事の無い2人は、初めてぶつけられる憎悪に心臓が締め付けられる程の恐怖を覚えた。


「シャノン。

逃げろ」


オオクルがなんとか言葉を絞り出すが、シャノンは腰が抜けて動けない。

そんな二人を待ってくれる訳も無く下っ端が動く。


下っ端の剣をオオクルは受け止める。


「あぁー!」


オオクルは恐怖を掻き消す為に大声で叫んで下っ端の剣を押し返す。


「シャノン!

早く逃げるんだ!」


「でも……」


オオクルはシャノンの答えを聞く前に下っ端に切りかかる。

叫びたいのを歯を食い縛って必死に耐える。


再び剣同士がぶつかる。

ギリギリと金属が擦れ合う音が響く。


力比べはオオクルに勝ち目は無かった。

必死に力を込めても簡単に押し返された。


でもバランスを崩す事無く踏み止まる。

そのおかげで次の攻撃を受け流す事に成功した。


次々と来る攻撃も全て受け流していく。


(大丈夫。

ちゃんと見えてる。

師匠のより全然遅い)


オオクルは自分に言い聞かせる。

それでも憎悪の籠った殺気がオオクルの心を恐怖で塗りつぶしていく。


下っ端は攻めきれないイライラで剣筋が雑になっていた。

その隙を突いてオオクルが力の限り体当たりした。


思わぬ反撃に下っ端はバランスを崩して尻餅をついて、腰を強く地面に打ちつけた。


下っ端が呻き声をあげているうちにオオクルはシャノンを起こす。


「逃げよう」


オオクルの言葉にシャノンは頷き、2人は森の中へと逃げこむ。


「伏せて!」


再び殺気を感じたオオクルがシャノンと一緒に伏せると、頭の上を矢が通過した。


「シャノン。

逃げるんだ」


「オオクルは?」


「俺も後から逃げる」


「そんなのダメだよ」


「いいから。

二人同時には逃げ切れ無い。

先に逃げて助けを呼んで来て。

頼んだよ」


オオクルは震える体を無理矢理起こして、下っ端に立ち向かっていく。


だが、反撃を受けて少し冷静になった下っ端がオオクルの剣を弾き飛ばした。

バランスを崩してふらつくオオクルに下っ端は剣を振り下ろす。


オオクルは横に跳んで紙一重で避ける。

倒れたオオクルに更に剣が迫るが地面を転がって避ける。


それを追いかけて下っ端は切りかかる。

その殺気だけを頼りにオオクルは地面を転がり回る様に必死に避け続けた。


立ち上がる暇も無いぐらい攻撃を、全身泥だらけになりながらも逃げ回る。


(生きなきゃ!生きなきゃ!生きなきゃ!)


オオクルは心の中で唱える事で死の恐怖で挫けそうな心をギリギリ保っていた。


必死に逃げ回ってるうちに、小さな坂に足を取られて転がり落ちた。

それによって二人の距離が開いた。


オオクルは立ち上がる暇も惜しんで、四つん這いのまま逃げ出した。

その左肩に矢が突き刺さる。


「ぐっ!」


あまりの痛みに手の力が抜けてうつ伏せに倒れ込む。

それでもシャノンに聞こえて戻って来てはいけないと悲鳴は噛み殺す。


オオクルは今まで味わった事の無い激痛に、泣きそうになりながらも諦め無かった。


肩に刺さった矢を抜いて、坂を降りてくる下っ端に投げつけた。


矢は剣で弾かれるが、下っ端の頬を掠めて一筋の傷が出来る。


「このガキ!」


その傷が下っ端の怒りを呼び、思いっきりオオクルを蹴り飛ばした。


オオクルの軽い体は地面に数回打ちつけられて止まる。


もう死んでしまった方が楽だと思う程の痛みがオオクルを襲う。

自然と溢れて来る涙は止まらない。

上手く呼吸も出来ない。

痛くて苦しくて辛い。

それでもオオクルは心の中で叫び続けた。


(死んだらダメなんだ!

何があっても生き延びないといけないんだ!)


生き残る為に上手く言う事の聞かない体を必死に動かす。

だけど下っ端はすぐ後ろまで迫って来る。


『やめて!』


坂の上から結局1人で逃げる事が出来なかったシャノンが叫んだ。

その言葉に本人も意図せずに霊力が乗って言霊となった。


下っ端の体は少し膠着した。

すぐに膠着が解けた下っ端はシャノンを睨み付けた。


「こんな悪魔の様な力を使うなんて、やっぱり忌み子は生かしておいてはいけない」


下っ端はシャノンの方へ向かって坂を上がっていく。


「こないで!」


シャノンが叫ぶと足元に散らばっている葉っぱが下っ端目掛けて飛んでいく。

またもや意図していないが、超能力が発動していた。


しかし所詮はただの葉っぱ。

目隠しにもならない。


それでも力を使い過ぎたシャノンは体から力が抜けてその場にへたり込む。


憎しみで目が血走っている下っ端が着実に迫って来る。


その後ろからオオクルが思いっきり飛び付いた。


「がぁー!!」


ダメージを負っていた腰に入った衝撃で下っ端は剣を手放して倒れた。

そのままオオクルと下っ端は坂を転がり落ちる。


その衝撃で下っ端の背中にあった弓もどっかにいき、矢筒にあった矢も飛び散った。


「この野郎!

放しやがれ!」


下まで落下した下っ端はしがみつくオオクルを何度も肘でどつく。


オオクルは齧り付く様に離れない。

だが、矢の刺さった傷口に肘がめり込んだ。

その激痛には耐えられずに手が緩んだ瞬間に、後ろ襟を掴まれ引っ剥がされた。


なす術もなく仰向けに倒れたオオクルの首を下っ端の左手が締め付ける。

右手には拾った矢が握られていた。


「テメェ調子に乗りやがって!

そんなに死にたいなら今すぐ殺してやる!」


下っ端が矢を振りかぶる。

それでもオオクルは目を瞑らない。


(目を瞑ったらダメだ!

まだおしまいになんて出来ない!

まだ俺は足掻き切って無い!)


オオクルは飛びそうな意識の中、右手で握れるだけの砂を握り締めて下っ端の顔面に投げつけた。


「なっ!?」


目と口に砂が入った下っ端は思わず両手で顔を覆った。

その股間、オオクルが力の限り蹴り上げた。


「ギャー!!」


悲鳴をあげて飛び上がった下っ端は股間を抑えてピョンピョンと跳ねる。

オオクルは咳き込みながらも、思いっきり下っ端の両足にしがみつく。


「おりゃー!!!」


叫び声をあげて、全身の痛みを忘れる程力いっぱいに持ち上げた。


踏ん張る事の出来ない下っ端の体が回転する。


受け身すら取れないまま下っ端の後頭部が、地面に落ちてあった岩に叩きつけられた。

下っ端の後頭部からは血が流れて、一切動かなくなった。


「ハァ、ハァ、ハァ。

か、勝った?

勝ったのか?」


オオクル自身も勝利を信じられずに呆然とする。


「オオクル!」


シャノンがオオクルに抱きついた。

その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「よかった。

よかったよ〜」


オオクルは今更強くなって来た痛みに耐えながらシャノンに笑いかける。


その顔も汗と涙と泥でぐちゃぐちゃだった。

それどころか、全身傷だらけでドロドロ。

とても勝者の見た目では無い。


それでもオオクルにとってはとても意味のある勝利。

最後まで足掻き続けた者だけが手に入れる事の出来る勝利だった。


「シャノン。

帰ろう」


「うん」


2人は支え合って歩いていく。

その後ろで音も無く下っ端が立ち上がった。

その右手にはまだ矢が握られている。

そして――

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