第21話
時間は少し遡り、ナイトメアが騎士達を引き連れて美術館を飛び出したすぐ後。
館内は静まりかえっていた。
騎士達は漏れなく眠むっている。
その中で館長のアカイトだけが動いていた。
アカイトはルナの絵の前で立ち止まる。
「せっかく高値が付いたのに売らないなんて。
全くお金に不自由しない王女様には困ったものですね」
この美術館の収益は入館料だけで無く、シーズン終わりに買い手の付いた美術品の手数料である。
もちろん持ち主が売らないと言ったらそこまでである。
しかし世の中には盗品と知っていても大金を出して買うコレクターはあとをたたない。
「カジノがやられて資金繰りが厳しい分はこれで凌ぎましょう。
次のシノギまでの繋ぎには充分足りるでしょう」
アカイトは絵を壁から外して梱包する。
他の美術品も数点梱包していく。
どれも買い手が付いた美術品ばかりだ。
「白虎様の命により、引き取りに参りました」
アカイトが外に運び出した美術品を五人の男が引き取りに現れた。
「ではよろしくお願いしますね」
アカイトに一礼して五人は手早く纏めると、美術品を担いで美術館を後にした。
それをこっそりと後をつける二人の影。
更にそれを後をつける一人の影。
アカイトはそれに気付く事は無く美術館の中へと戻っていく。
中でスヤスヤと眠る一人の騎士を優しく揺らす。
「う、う〜ん……。
えっ!?
あっ!?
朱雀様!?
申し訳ありません!
俺はなんて事を……」
騎士に扮していた鉤爪が慌てて起き上がる。
「気にしなくていいですよ。
見た通り全員やられてます。
他のみんなもやられたようです。
起こして来てくれますか?」
「はい!
直ちに!」
「では館長室で待っています。
他の騎士が起きても面倒なので静かにお願いしますね」
鉤爪は直ぐに他のブースへと向かった。
アカイトは追加で売れそうな美術品をいくつか回収してから館長室へと向かう。
「さて、まさか全員やられてしまうとは思いもしませんでした。
少々侮り過ぎたようですね。
どこへ行ったかも分からなくなってしまいました。
このまま逃してしまうのは面白くない」
「逃げませんよ。
私達が逃げるのは正義の前だけです」
館長室の中で独り言を言ったアカイトに相槌を打つ声があった。
アカイトは一瞬で気を引き締めて周りを見渡す。
しかし誰もいない。
「気のせい……では無いのでしょ?」
アカイトは誰にでもなく問いかける。
その答えは直ぐに返ってくる。
「やはりあなたも私を見つけられませんね」
アカイトは苦笑いをしながら神経を研ぎ澄まし、注意深く室内を隅々まで見渡す。
だけど何も見つけられない。
ふと背中に何かが当たった。
と感じたと同時に体が吹き飛び窓を突き破った。
そのまま地面に強く打ち付けられて転がった。
「ぐっ……
なんなんですか一体」
アカイトは痛む体に鞭を打ち立ち上がる。
美術館の方を見ると、自分が開けた穴から音も無く優雅に外に出てくる人影が辛うじて見えた。
「あなたの仕業ですか?」
「やっと私を認識出来ましたか。
お初にお目にかかります。
ナイトメア・ルミナス第二色、謙虚のルリです。
以後お見知りおきする必要はありませんよ。
今宵しか会う事がございませんので」
アカイトの目に焦りが浮かぶ。
今回は出し抜いて漁夫の利を得ようとしたのに、完全に遅れを取っている。
「いや、しっかりと覚えておくよ。
私は捻じ伏せた相手の事は忘れないようにしているのでね」
アカイトは焦りを悟られないように冷静を装いつつ服の乱れを直す。
「それは大変ですね。
そんな事いちいち覚えていたら疲れてしまいます。
もちろん私は忘れますね。
マスター以外の事を覚えておく必要なんて無いのですから」
ルリの表情はアカイトを心底見下していた。
その事にイラッとしつつもアカイトは不用意に攻めない。
すぐに鉤爪達が合流する。
それからの方が圧倒的に有利。
その算段があったからだ。
「無駄ですよ」
突然ルリが言い放つ。
「いくら待ってもお仲間は来ませんよ」
ルリの余裕の笑みにアカイトの顔は青ざめる。
そんな訳無いと自分に言い聞かせるも不安ばかりが膨れ上がる。
突然、美術館の壁が何かにぶち破られた。
その物体は街路樹にぶつかってとまる。
「あらら、申し訳ありません。
さっきの言葉は訂正します。
お仲間が来られました。
もう虫の息ですが」
◇
館長と別れた鉤爪は音を立てる事無く、それでいて急いで仲間の元へ向かう。
一人の騎士の元に辿りつく。
「おい!
起きろ!」
騎士に扮していた男が唸り声を漏らしながら起きる。
「しっかりしろ嘴。
朱雀様が館長室でお待ちだ。
俺は右翼と左翼を起こしに行くから先に行ってろ」
鉤爪は次の場所へと向かう。
嘴と呼ばれた男はまだ回らない頭を振って意識を覚醒させる。
近くに置いてあったランスを取る。
「なんだったんだ。
とにかく朱雀様の元に……」
「行かニャくていいニャ。
その内会えるニャ。
この世じゃニャいけど。
ニャハハ」
嘴は声の方にランスを向ける。
ランスを向けた先で、棚に腰掛けたヨモギがニコニコしながら足をブラブラさせる。
「お前はまさか……」
「ニャイトメア・ルミニャス、第四色、寡欲のヨモギ」
嘴は一切躊躇わずにランスを突き出す。
しかしランスは空振り、その先端にヨモギが両手を広げてバランス良く立った。
「ボスの真似できたニャ。
でもバランスが難しいニャ」
「このやろう!」
嘴がランスを払い除け振り落とす。
ヨモギはクルクルと回転してふわりと降りたつ。
「ボスみたいに動きを止めるのは出来ニャいニャ。
あれはどうやってるニャ?」
ヨモギは首を傾げる。
もはや嘴など眼中に無い。
そのヨモギを再びランスが襲う。
それを難なく爪で弾く。
「ごめんニャ。
忘れてたニャ」
ヨモギの姿が揺らいだ瞬間には腕が嘴の体を貫通して血飛沫が上がる。
嘴は何が起きたかわからないまま絶命した。
「しまったニャ!
美術品を血で汚したらボスに怒られるニャ!
とりあえずこいつは消さニャいと」
嘴の体は紫色の炎に包まれて跡形も無く消える。
ヨモギは周りの美術品を隅々まで確認した。
「よかったニャ。
かかってニャい。
これで怒られニャい」
ヨモギは胸を撫で下ろして床を見る。
床には夥しい量の血が落ちていた。
「これも掃除しニャいと怒られるかニャ?」
再び首を傾げて考える。
ふと、怒られるのではなく呆れられたボスの顔が浮かんだ。
「そっちの方が嫌ニャ!
もう遊んでくれニャくニャるかも!」
ヨモギは慌てて掃除を始めた。
後に現場検証をした騎士達が、このブースの一箇所だけ何故かピカピカだったと不思議がったという。
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