ディアの正体
大変お待たせして申し訳ありません。
「全部! ディアが! なんとかするだろ!」
責任はディアへ丸投げ。彩晴の意見に涼穂はもちろん、ハツですら一瞬フリーズすることになった。
因みに現在彩晴は頬に見事な紅葉マークを付けて、ディアと鬼ごっこの最中だ。
「あのクソガキ許さんぞ!」
セーナから銃を預かりたい旨を身振りで表した彩晴。しかし、上手く伝わらなかったようで、何故か叩かれることになったが、その際ディアが爆笑していたので、ディアが何か吹き込んだのは間違いないと思ったら案の定だ。
セーナの銃は無事回収できた。やはりその時も、ディアが何か言ったらすぐに銃を渡して、セーナが土下座する勢いで謝ってきた。
その様子から察する真実はただひとつ。ディアは彩晴がセーナが隠し持ってる銃を欲しがっているのを分かっていて、わざとセーナを怒らせるようなことを言ったのである。
ひとしきり謝罪したセーナが、ディアを叱ろうとしたところ、ディアは既にその場を逃げ出していた。
追いかける彩晴だが、ディアは素早かった。格納庫の中を走り回るディアついて行けず、セーナは早々にリタイア。
彩晴はひとりでディアを追いかけて、現在に至る。
「危ね! あいつヒエンによじ登り始めやがった!」
膠着姿勢をとっているヒエンの足に飛びついたディア。するすると起用に10メートルくらいある背中の上まで登りると、腰に手をやって彩晴を見下ろしている。
短いスカートを穿いてることなどまるで気にしていない。
「ハツ。格納庫内の重力を6分の1に。コマンドドッグ待機」
『アイサー』
格納庫内の重力は任意に調整可能だ。落ちて怪我しないように格納庫内の重力を下げると、コマンドドッグも待機させて万が一に備える。
『そっち大丈夫?』
治療の方は一段落付いたようだ。ARディスプレイ越しに見える涼穂の顔は落ち着きを取り戻している。
「ああ。早く戻って来てくれ。俺一人じゃ手に負えないよ」
『わかった。もうちょっと待って』
ディアをゲストルームに案内してそれで終了なわけではない。トイレやシャワーの使い方の説明。安全の為にも、出来ればウォールスーツも着てもらいたい。どの道、同性の涼穂やハツの助けが不可欠なのだ。
『えっと。それで、同意者のサインだけど。ディアちゃんにさせるって、それいいの? 法律は?』
彩晴は、艦内のライブラリにアクセスすると、再生医療法について書かれた欄を呼び出す。
「俺も確認したけど、同意は原則ってあるから、例外も認めるって事だろ? 今回の件はそれに当てはまるんじゃないか? 他国の言葉の通じない未成年の少女への治療を躊躇う必要は無いはずだ。どの道ICは義務だから翻訳アプリが出来るまではいてもらう事になるけど、もし、親御さんが亡くなられていても、俺達は彼女の保護者が見つかるまで待つわけにはいないからな。IC済ませたら、送り返して彼女とはそれでお終いだ。だから先にやれるだけやって、こっちで必要な書類には事後承諾でディアにサインしてもらうってことでよくないか?」
軍艦の備品で医療行為を行うわけだから、治療が終わりました。お大事に。では終わらない。治療費の請求を含め、サインが必要な書類が山ほど存在する。
彩晴は被害にあった少女を最短で向こうに送り返すつもりでいる。少女の親御さんが海賊に殺されていたとしても、代わりの保護者が見つかるのを待っているわけにもいかないからだ。だが、諸々の手続きや承諾が必要な書類には、どうしても保護者のサインが必要になる。彩晴はそれを全部ディアに代筆させると言っているのである。
救助に向かう事や、治療を行う事といった行動を起こす事については方便でどうにでもなる。だが、その後発生する事後処理をなあなあに済ませる事をハツが絶対に許さない。書類の不備などもってのほかだ。AIとはそういう生き物である。
『治療費については、この世界の通貨で貰っても困るので、艦長の彩晴さんが立て替えることになりますね』
「……わかってるよ」
『あと、代わりの金品の要求。ましてや身体を求めたりすると、重大な服務規程違反になりますので』
「わかってるよ!」
今回の救助は、正式な任務ではない為、かかった費用は救助者に請求しなければならない。とはいえ、この世界の人間が地球連邦の通貨を持ってるはずがないので、結局現場責任者が負担するしかないのである。
ナノクラフターによる治療は非常に安価である。かつてなら数千万かかるような大手術も、数千円で行えるのが24世紀だ。士官学校の学生には手当の支給があるため支払いは問題無いが、釈然としない彩晴だった。
「すずは何かあるか?」
『まあ、なんというか』
涼穂はどうやら納得いかない様子で言いよどむ。
「性犯罪の被害者に対してドライすぎるってのはわかるよ。男の俺には分からない事もあるから。意見があるなら言ってくれ」
彩晴としては涼穂の意見を無視するつもりはない。涼穂が、性犯罪の被害者に対して同性ならではの意見を持っていてもおかしくないからだ。
『治療の内容を話すの? ディアちゃんに?』
「そりゃそうだろう。サインさせるからには内容は全部……不味いか? やっぱ?」
「うん。不味い。普通やらない。ドン引きだよ」
「ぐはっ!」
ARディスプレイ越しのテレビ通話だ。涼穂にジト目を向けられて、ショックを受ける彩晴。
涼穂が懸念したのはディアの年齢だ。涼穂とて少女の傷をなかったことにしてあげたいという気持ちはある。その為には保護者の同意が必要で、彩晴はディアにその代わりをさせようとしている。だが、それにはまずディアに治療の内容を説明しなければならない。見るからに子供のディアにだ。
『よくて中学生くらいですからね。下手すればセクハラだけでなく、精神的にトラウマを与えたとして児童虐待問題になりかねません』
「まじか」
『この世界で訴訟されることが無いとしても、戻ってから問題になるかもですね』
『そもそも、責任を子供に丸投げする方がおかしいよ』
「正論なんだけどさ。ディアなら何とかしそうな気がするんだよ」
『あやの感?』
「ああ」
ディアがただの子供では無いのは確かだ。頭の回転の速さ。向こうからすれば得体の知れない相手であるはずの彩晴達に気後れしない度胸と度量。傷ついた乗客を助けたいと願う優しさ。それにセーナを始め、護衛を連れていた事からも、支配階級にいるのではと彩晴は予想している。
彩晴はこの世界が、地球の中世社会に似た階級制度があるのではないかと予想している。最初に遭遇した艦隊が見方ごと攻撃したと思えば、逆に一切攻撃も追撃もしなかったりといった奇妙な動きは、厳しい階級制度があるとすれば納得できるからだ。
最初にハツヒメを攻撃してきたのは下っ端だったのだろう。ハツヒメが本陣に向かえば彼らはそちらに一切攻撃をしなかった。だが、本陣からは下っ端の被害なんて知ったこっちゃないといった具合に攻撃を加えた。
『確かに上流階級にいるのは間違いないと思われますが、例えば、ただお金持ちのお嬢様なら実際何かを決定する権限を持っているのは親御さんでしょう。彼女には何も決める事は出来ません』
「地球の上流階級ならそうだな。いくら親が偉くても、金持ちの家でも子供には何の権限も無い。だけど、例えば、ディアが貴族のご令嬢とかならどうだ?」
『身分に権威が付随している場合ですか。それでもできる事は限られるでしょうが、確かに、ディアさんが上位の階級にいる場合、彼女に責任を求めざる負えなくなります。なるほど。だからセーナさんではなく、ディアさんなんですね』
「ああ。この世界、昔の地球みたいな身分制度があるんじゃないかと思ってさ。それで、たぶんだけど、あの客船に残っている乗客を含めて一番身分が高いのがディアだ」
『なるほど』
身分制度が廃止された地球では、権威は立場や個人に付随する。親が議員だろうが社長だろうが、家から出ればただの子供であり、社会的な地位は無い。もしディアが大手企業の社長令嬢だったとしても、彩晴はメイドとして働いている社会人のセーナに書類のサインを求めただろう。
だが、身分制度がある社会では違う。年齢、役職に関わらず、身分に伴う権威が、社会的立場を覆すからだ。その為、責任はメイドであるセーナより、より上の身分にいるディアに求めることになる。
「これも翻訳アプリが完成してからになるけど、まずディアの意思を確認しよう。それは絶対だ。ただ、ディアは逃げずに受け入れそうな気がするな」
『それも感ですか?』
「ああ。ディアは俺達に救助を求め、自らも客船に戻って救助に協力した。これって、昔の貴族階級のノブレスオブリージュってやつだと思わないか?」
『高貴なる者の務め、ですか。確かに普通の子供なら、安全なこの艦に残りそうなものですよね』
状況と行動が、ディアを貴族階級だと示している。そこで、それまで黙っていた涼穂が口を開いた。
『ねえ、これ私の感なんだけどさ。要塞でスタードライブした時に、塔の窓で人影を見たの覚えてる?』
「ああ、ドレスを着たお姫様みたいなのがいたってやつ……ってまさか!?」
『画像を解析して、ディアさんと比較照合してみます。流石に顔の識別は出来ませんが、体格、髪色から当人との照合率62パーセント。あと、画像にはちらっとセーナさんっぽいのも見えまして、こちらはメイド服と髪色の一致で照合率58パーセント。ふたり合わせて120パーセントですね。どうします?』
「そこ合わせるなや。でも、高い確率でディアがあの要塞に住んでたお姫様かもしれないって事か」
『彼女は我々の想像より高い身分にいるのかもしれませんね』
ディアがあの要塞に暮らすお姫様ならば、もしかするとこの世界。少なくともこの星系を支配する一族である可能性がある。
「ディア!」
彩晴が呼ぶとヒエンの上から飛び降りるディア。彩晴はその体をふわりと受け止める。やんちゃな行動はお姫様というより快活な町娘を思わせるが、改めて見ると、その容姿は確かにお姫様と呼ぶにふさわしい。
彩晴がARディスプレイで塔の画像を見せる。亜光速に達する速度での画像だ。人物の確定はとてもできないような画像だが、ディアはそれがいつ、どこで、誰を写したかすぐ理解できたようだ。
ディアは自分とセーナを指さす。
ついでに要塞のホログラフィを写すと、自分がいた辺り。画像が撮られた場所を的確に指さした。
「まじで本人かよ!?」
『ほら。だからフラグが立ったって言ったじゃない』
「すずの感すげぇよ。で、ハツはどう考える?」
『そうですね。まだ不確定要素が多いですが、彼女の年齢を考慮したとしても、客船の乗客に責任を負える立場にあると仮定して問題無いと判断します。ただその場合、外交的に極めて重要な人物として扱う必要があるかと』
「だよな。お姫様とかめんどくせー! 接待はすずに任せていいか? 礼儀作法の成績がかろうじて可の俺には荷が重いよ」
だが彩晴の嘆きはハツと涼穂の『『は?』』という冷たい一言にかき消されることになる。
『拾って来たのあやだよね? 駄目だよ。責任もって最後まで面倒見なきゃ』
『艦長が何アホなこと抜かしてんですか。評価マイナスにしますよ? 帰ったら留年ですよ?』
「おうふ」
膝を付きたいのをなんとか耐える彩晴に、ディアは何やらドヤ顔をして、そこそこのふくらみを持つ胸を張る。
その口は言う。
ルギエス帝国帝姉、ディア・ニィ・ルギエスじゃ!
と。
読んで頂きましてありがとうございます。
ハツヒメの冒険が気になるという方、どうか応援よろしくお願いします。