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セーナ ~薄幸侍女の婚約破棄~

セーナ視点です。


唐突ですがセーナの過去と帝国の事情解説のため、しばらく本編から離れます。どうか御付き合いください。

 その日、婚約者様はのたまいました。


「セーナ! 君のような可愛げのない女はうんざりだ! 婚約は破棄させてもらう!」


 私が14歳になって間もなくの事でした。同年代の令息、令嬢が集まるパーティーの最中に、婚約者のカミル・ドントレス様が、私に婚約破棄を突き付けてきたのです。


 あまりに突然の事に、私がわけがわからないという顔をしていると、カミル様は「それだ!」と顔を歪めて私を指さして言いました。


「その顔を見ればわかるさ。君は僕の事なんかなんとも思っていないんだろう?」

「決してそのような事は……」

「いい! わかってるさ! 君が僕に興味が無いって事くらい!」


 確かに、カミル様との婚約は政略であり、私が彼に恋愛感情のような、特別な想いを持っていたかといえば嘘になります。しかし、彼の方はそうでもなかったようで、婚約者として過ごして来た2年の間、彼は自分と私との気持ちの熱量の違いに苦しんでいたのでしょう。


 会場中の視線が私達に集まります。


「どうして彼の気持ちに応えてあげないの?」


「ちょっと見た目が良いからって、お高くとまっているのよ」


「酷い女。カミル様がお可哀そう」


 口さがない令嬢達の声。どうやらこの場に私の味方はいないみたいです。


 それにしても、扇で口元を隠して、ひそひそ話しているというのに、どうしてここまで聞こえてくるのでしょう? 謎です。


 会場で孤立していく私の様子を見て、カミル様は少し焦った様子です。


 どうやらカミル様は、ご自身の人気を知らなかったようですね。


 私という婚約者がいましたから、他の令嬢からアプローチされる事もなかったのでしょう。無理もありません。


 カミル様は私よりふたつ年上で、栗色の髪に端正なお顔立ち。背も高く、准騎士の制服がとてもよくお似合いの貴公子です。実家であるドントレス家は、キルケシィ家と同じ辺境星系にある男爵家で、次男として生まれたカミル様は、将来実家を出て本星で近衛騎士となるべく、幼い頃から真面目に鍛錬を積んでこられました。そしてついに先日、近衛騎士団への入団が決まった事で周囲からの評判も上々。格上の子爵家に籍を置くとはいえ、後妻の連れ子である私では吊り合わないお相手なのは間違いありません。


「カミルが婚約破棄するなら俺にもチャンスがあるな」


「セーナ嬢の事は俺だって狙ってたんだ! 抜け駆けは許さんぞ!」


「カミルも馬鹿な事を! あんな可愛い子は辺境どころか本星にだってそうそういないってのに」


 本星とは、帝星ソーン・ルギエスのある帝星系を表す際に使う言葉です。


 キルケシィ家の領地のあるラプタル星系は、本星から50光年離れたところにあります。人口も3億人に満たないくらいで、辺境とはいかなくても田舎であることは間違いありません。1000億の帝国臣民の中には私程度の容姿などきっと幾らでもいます。田舎で限られた人としか接しない彼等は、恐らく女性に対しての美意識があまり育っていないのでしょう。


 事態を遠巻きに見守っていた令息達の囁きに、令嬢方からさらに冷たい視線を向けられます。


 カミル様と婚約してから2年の間で、嫉妬の目を向けられる事にも、陰口を叩かれる事にもすっかり慣れてしまいました。しかし……


「流石売女の娘」


 亡き母に対するその一言に我慢ならず、思わず手袋を投げつけようとした時、目を吊り上げた兄のハイゼルが、庇うように私とカミル様との間に割り込んできました。


 妹のグレースも一緒です。姿が見えないと思ったら、兄さんを呼びに行ってくれていたみたいです。


「おい、カミル一体どういうつもりだ!」

「どうもこうも、そこの売女の娘がいつまでたっても心を開かないのが悪いんだろ……ぐほっ!?」


 兄さんの拳を受けて尻餅を着くカミル様。妹のグレースも兄さんの隣でカミル様を睨みつけています。ハイゼル兄さんもグレースもキルケシィ前子爵の前妻の子共ですが、母の事は慕っていたので、私と同じく、母への侮辱を許せなかったのでしょう。


「落ち着け、落ち着くんだハイゼル! グレースも!」


 パーティーの主催者であるセバン様が割って入りますが、兄もそう簡単には引きません。


「放せセバン! 妹と義母さんを侮辱されたんだぞ? 今すぐこのクソ野郎を叩き斬って宇宙に放り出してやる!」


 怒りが冷めない兄さんが腰のサーベルに手をかけたので、セバン様と周囲にいた令息達が必死に取り押さえます。


 2年前、義父が急死したことで、兄は15歳の若さで当主を引き継ぎました。護身用と言うより儀礼的な意味合いが強いのですが、帯剣しているのがその証です。


 宇宙船と言うのはとてもデリケートなので、資格の無い者は例え貴族であっても武器の携帯は許されません。パーティー会場になっているのは、セバン様が貸切った客船です。当然、帯剣しているのは訓練を受けた騎士、もしくは貴族当主のみ。因みにカミル様は、正式には入団前なので丸腰です。


「カミル! 何故こんな馬鹿な事をしたんだ? ハイゼルが怒るのも無理はないし、問題を起こせば、折角決まった近衛騎士団入りだって取り消されるかもしれないんだぞ」


 セバン様に窘められて、視線を逸らすカミル様。


 セバン・ラプタル様は、ラプタル星系の盟主を務める侯爵家の三男で、兄と同い年で親友です。婚約者もおらず、ここにいる令嬢達のほとんどはセバン様の隣を狙っています。あと、兄にも婚約者はいませんが、キルケシィ家は多額の負債を抱えて風前の灯なので、子爵家当主でありながら全く人気がありません。見た目は決して悪くないのですけれど……


 セバン様と兄の介入で、令嬢達からの私へのひそひそ話は一旦おさまりをみせます。


 三男で気楽な立場だったセバン様は、キルケシィ家に頻繁に遊びに来ては、私やグレースのスカートを捲って喜んでいました。そんな悪ガキ……やんちゃだったセバン様も、今では若い世代のまとめ役として、すっかり頼れる兄貴分です。なんでも、既に侯爵家の保有する艦隊のひとつを任されているのだとか。


 短く刈り込んだ銀色の髪、この場の誰よりも長身で鍛えられた体躯は、17歳にして、既に将としての貫禄を漂わせています。


「僕だって、できる事ならこんな事したくなかったさ……セーナの事は本当に好きだったんだ」


 セバン様の圧に押されて、その胸の内を吐露し始めるカミル様。


 好きと言われて、生じる僅かな罪悪感。ですが、私は心に冷たい壁を作ってそれを覆い隠します。


 貴族の末席に身を置く私は、カミル様に婚約破棄されたとしても、また別の誰かに嫁がなければなりません。恋愛感情なんて、持っても辛いだけです。


「それならどうしてセーナを傷つけるような事を言ったんだ?」

「セーナが、ウルト・ストライエンの娘だからだよ」


 ウルトとは私の母の名で、ストライエンは母の旧姓です。まあ、キルケシィ姓よりも、こっちの方が有名ですからね。その名で呼ばれるのも仕方がないかもしれません。


 さて、ここで私の出生についてお話いたしましょう。


 母の実家であるストライエン家は由緒ある伯爵家で、母はその末娘として生を受けました。


 名門貴族の生まれ。加えて可憐な容姿が評判となり、母は社交界に出るや、多くの上位貴族から求婚を受けたそうです。しかし、母は16歳の時に、恋仲になった近衛騎士と、駆け落ち同然で家を飛び出して勝手に結婚してしまいます。


 有力貴族からの求婚を全て袖にして、騎士との駆け落ちですから、両親はカンカン。母がストライエン家を勘当されたことは言うまでもありません。しかも、最悪な事に、連れ添った騎士は、その頃起こった地方惑星の独立紛争に出征し、亡くなってしまいます。


 若くして夫を亡くし、実家にも帰れない。そこで母は、伝手を頼って帝宮で侍女を務める事になりました。しかし、そこで母はとんでもない役目を負わされる事になったのです。


 それは、名家の令息達に閨の手ほどきを行うというもの。


 当時、母はまだ10代でしたが、通りすがりの男性が思わず目で追ってしまうほどの美貌と色気を放っていたそうです。また、教養もあり身元も確かと、貴族令息の筆おろしの相手として格好の存在だったのです。


 最愛の夫を亡くし、消沈していた母は寂しさからか、その話を受け入れました。


 当然、手ほどきの際には、子供が出来たりしないように気を付けていたのですが、間違いというのは起こってしまうもので……


 その()()()で生まれたのが私なのです。

作者の設定メモ


ラプタル星系では3億の人口を50家くらいの貴族家で支配しています。

作中のパーティーはただの合コンですが、会場は宇宙船。結構豪華です。


ルギエス帝国には200を超える植民惑星がありますが、総人口はたったの1000億人。帝国は広く薄く拡散しすぎたせいで各惑星の人口が少なく、産業の発達が遅れています。地球とは違った形で、帝国も文明の存続が危ぶまれています。


セーナの母親が手ほどきした相手には、当時婚姻を控えていた皇太子(ディアの父親で、現在行方不明の第87代皇帝)もいました。


読んで頂きましてありがとうございます。

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