色々と折れてしまった日
地獄の特訓を終えてカエルが掴めるようになったら、ウィリアムがこんなことを言い出した。
「じゃ、さっそく、火龍公爵家へ行きましょう!」
「……なんのために行くんだ?」
「そりゃ、別にカエルなんて平気です~って言うためじゃないですか」
「それだけを言いに行くなんて馬鹿じゃないか。本当は、単にウィルがあの女の顔を見たいだけだろ」
わくわくした目を見れば、何に期待しているか分かる。
ウィリアムは、至極真面目な顔をして首を振った。
「あ、ダメですよ、あの女なんて言い方。殿下の未来の妻に」
「結婚なんかするか!」
「照れなくていいじゃないですか~。殿下を手玉に取るような子、貴重ですよ」
ウィリアムの中で、僕の結婚相手の基準がおかしい!
ウィリアムだけでなくブランドンまで行け行けと言うので、僕は渋々、カールトン邸へ再び赴いた。確かにこのままでは、アリッサ嬢と顔を合わせるのが恥ずかしくて、逃げ回るようになるかも知れない。そんな情けない羽目にはなりたくない。
意を決してカールトン邸へ行ったら、彼女の金色の瞳には「何しに来たんだ?」という不審の色が浮かんでいた。
……うん、僕だって分かってる。くだらない意地だっていうのは。
だけどアリッサ嬢は、僕のちっぽけな意地を笑うこともなく受け止め、カエルの生態を真面目な顔で語った。僕はそれでカエルが両生類だと初めて知り、姿どころか呼吸方法まで変わることを学んだ。それまで、ただ気味の悪い緑の生き物だったものが──急に興味深い生き物に変わった気がした。
その後、“とっておきの場所”を紹介すると連れて行かれ……ドレス姿であっという間に木に登られたときは度肝を抜かれた。猿か?彼女は猿なのか?何故、あんなにするすると貴族の令嬢が木に登るんだ!
離れて付いていたウィリアムも、流石に口をぽかんと開けて立ち尽くしている。
やがて、
「王子!はやく、はやく!」
の声に急かされ、僕は慌てて幹に手を掛けた。彼女があれほど簡単に登るなら、僕だって出来ると思ったのだ。
だが。
何度試しても、登れない。
おかしい。
僕は勉学でも剣術でも、教えられたことは一通り苦もなくこなしてきた。それなのに、木が登れないなんて!
こんなに悔しい思いをしたのは、生まれて初めてだった。何度も何度もずり落ちて、自分の情けなさに腹が立って。
惨めな気持ちで幹にしがみついていたら、アリッサ嬢はさっと樹上から下り、僕に登り方を教え始めた。彼女の指示は的確で、僕は苦戦していたのが嘘のように、いつの間にか木の上に登っていた。
「このけしきを王子と見れてよかったです」
にこにこと指差す先は、王都の賑やかな街並み。見知った街のはずなのに、見たことのない角度だからだろうか、不思議と鮮やかに美しく見えた。
そして、木から降りようとして。
僕は手を滑らせて落っこちた。
樹上で見せてくれたアリッサ嬢の晴れやかな笑顔が一瞬で悲愴な顔に変わり、僕はその瞬間、足よりも胸がひどく痛んだ。とても貴重な一時を過ごしたのに、こんな最低な結果になるなんて───。




