頭の中、まとまらないけど交渉を始めます
……落ち着け。落ち着け、私。
こいつは、私とアルを殺すつもりだ。でも、たぶん、攫って縛ってるってことは、今すぐ殺すつもりじゃない……と思う。時間は、少しあるはず。
それに……森からこの小屋らしき場所に私達二人を運んだのだ。この少年一人では大変だろう。きっと他にも仲間がいる。
怒りで罵るのではなく、冷静に、情報を集めて交渉しなくては。だけど、こんな冷たい目をした人に、何をどう言えばいいんだろう?
独りでに震えてくる身体を必死に押さえ付け、私は懸命に言葉を探した。
「どうした?怖くて声も出ないか?」
「……こ、ここから、二人とも逃がしてくれたら、お礼するわ」
うわーん、こんな内容じゃダメだよ!
思わず出ちゃった言葉に、自分で言っておきながら情けなくなった……。
「はっ!じゃあ、オレを公爵サマにしてくれよぉ」
「普通に、平民の……町の人に……」
「じゃ、交渉決裂だ」
「でも……でも、公爵とか、大変だから……」
「オレみたいな薄汚いガキが公爵になるのは、おかしいってか?」
「ちがう!そうじゃなくて、普通くらいが一番幸せだから……」
「はあ?!」
い、痛い!髪を引っ張らないで!
焦って、何を言えばいいか、考えられない!!
「何もかも持ってるヤツが、普通が幸せとか、エラそうに言うなよ」
「わたしが言うなっていうのは分かってる!だけど……貴族になったら、貴族の礼儀作法ができなければ貴族社会から爪弾きにされるし、こんな風に、悪くなくても命を狙われるし!」
「…………」
「それに、それに……私もアルも、ずっと勉強漬けだよ!一人で自由に町を歩くことも出来ないよ!結婚相手も勝手に決められるし!平民で普通に生きる方が気楽に決まってるでしょ……」
息が切れてきた。
そして自分が何を言ってるのか分からない。
今は誘拐犯の説得、逃がしてくれるようお願いしないといけないのに……!
「……普通の平民で生きるなんて、つまんねーだろ」
少年の手が少し緩んで、私の髪がさらさらと落ちた。
「あなたは……刺激的な生き方をしたいの?」
「人に蔑まれ、殴られる生活はイヤだ。たらふくメシを食って安心して寝れる場所が欲しい。つまらねー仕事もしたくない」
「貴族も仕事はするよ。しなかったら、落ちぶれるだけ」
「だが、人にエラそうにできるじゃねーか」
「……あんまり偉そうにしたら、恨みを買って、みんなから嫌われて、全然幸せじゃなくなるよ」
「エラそうにしてるヤツが言っても説得力がねぇんだよ。全部なくしてから、言ってみろよ」
赤と黒の瞳が、私を覗き込む。底の見えない、暗い、暗い瞳。
ああ、私が何を言っても、届かない気がする。




