その気はなかったけど、さすがに傷ついたよ……
ちょっと文字量多めです
「お嬢様、マシュー様がお嬢様にお会いしたいそうですが……」
扉を叩く音と、メアリーの声。
私は目を瞑ったまま「いいよ」と答える。
そして、ゆっくりと目を開いた。
あちゃー。服もびしゃびしゃじゃん。いいよと返したけど、着替えなくちゃ。
まだ、ふわふわと変な感覚が残ってる気がする。
でも、さっき頭の中に一瞬溢れかけた、形にならない凄まじい量のイメージは、霧散していた。
ふ……と息をつく。
たぶん、あれをそのまま受け入れていたら、壊れる。あんな膨大なデータは、ただの人間には処理出来ない。でも、もし全部受け止められたら、世界最強の魔術師になるのだろうか。私はなるつもりはないけれど……。
「お嬢様?!」
扉を開けたのだろう、メアリーの驚いた声が響いて、私はようやく硬直していた体を動かした。
「ごめん。ちょっとマシューには待ってもらって。先に片付けと着替えをする」
「ど、どうされたんです?どこからこんな水が……」
「あはは~、いろいろ実験していました」
「すごい実験ですねえ。でも、こんなに水を使うなら、外か浴室の方がいいですよ」
「そうだね。これからは、気をつけます」
メアリー、何故、この異常現象を普通に受け入れるの。ありがたいけどさ~。
「急な訪問、申し訳ありません」
「ううん、ヒマだったから大歓迎だよ」
「じゃないかと思って」
客間でおとなしく待っていたマシューは、ニコッと笑ってテーブルの上の箱を指した。
「面白いものを持ってきましたよ」
おお!私が一人で退屈してるに違いないと、何か持ってきてくれたらしい。さすがマシュー。
早速、箱を開ける。
中に入っていたのは……
「オルゴール?」
「? 見たことがあるんですか?」
「あ、いや……」
「魔風琴というらしいのですが。帝国の魔道具です」
マシューが箱から取り出し、側面のボタンを押す。
中央の色鮮やかな黄緑色の石が輝いて、どこか哀愁の漂うメロデイーを奏で始めた。
うん、オルゴールだね。
でも、動力はゼンマイじゃなく魔法石なんだ……。この世界は、魔法があるせいか、動力は魔法頼みが多い。
これくらいの物なら、ゼンマイ仕掛けでいいだろうに。
歯車とか、このオルゴールにも金属のシリンダーが使われているので、ゼンマイくらい簡単に作れる気がするんだけどなー。この世界の技術は高度なのかそうじゃないのか、よく分からないや。
私が魔風琴を手に取ってあちこち検分していたら、マシューがやや不満そうに呟いた。
「万年筆もそうでしたが、お嬢様はこういうのに驚きませんね」
「え?お、驚いてるけど?」
「……改良できる部分はありますか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「お嬢様は発想力が豊かですから」
私のは、発想力ではなく前世の知識。
その前世で、私がもっと大人な研究者や専門職の人だったら、この世界で技術革新したかも知れないけど……平凡な女子高生にそんな力はない。
「……んん~、魔法石頼みの動力を違うものに出来たらいいな、とは思うね」
「魔法石以外の動力ですか……」
「ま、そのうち」
「わかりました、そのうち」
マシューは真面目な顔をして頷いた。
メアリーもだけど、マシューも案外、突拍子もない私の言動を素直に受け入れるよねえ。どうしてなんだろう。
「あ!そういえば」
「なんですか?」
「マシューって私と結婚したいと思う?」
……その瞬間のマシューの顔は、地獄の底を覗きこんだ人のようだった。
「───うん。分かったよ。私も聞いてみただけだから……」
でもさ!その絶望に満ちた顔は、いくらなんでも失礼だよ!しばらく根に持つからね!!
マシュー:お嬢様は、上司としては尊敬しています!どんな無茶ブリでも頑張って応えるつもりです。
でも、結婚は、できれば普通の可愛い奥さんを希望します……。




