ごめんね、下町へ行きたいの…
屋敷で働く人は多い。そのうち住み込みは八割くらい、残りは通いだ。
侍女のメアリーは、通いである。食堂で働く母と、幼い弟が二人いるらしい。父親が亡くなったので、まだ13なのに、こうやって侍女として働いている。ぬくぬくとお嬢様をしてる私としては、頭が下がってしまう話だ。
ただ、彼女は下町育ちなので、言葉遣いや礼儀作法に多々、問題がある。気さくだし、よく動くいい子なのだが、しょっちゅう、侍女頭に怒られているのを見かける。
「ちょっと力を入れすぎちゃって、また皿を割りました~」
アッハッハッ。
今日も怒られて明るく笑っていた。だけど、本当は結構 落ち込んでいたりするのだ。
「ねえ、メアリー」
「なんですか、お嬢さま」
ちょっぴり目に涙を浮かべつつ、私の髪を梳いている彼女に
「秋のしゅうかく祭のとき、わたし、メアリーのお母さまや おとうとに会ってみたいな」
とお願いした。メアリーは、目をまん丸にする。
「えええ?!あたしの家族にですか?!どうして」
「しゅうかく祭は、かんしゃの日でしょう?わたし、メアリーにかんしゃしてるから、メアリーと、メアリーを産んでくれた お母さまにお会いしたいの」
ちょっと苦しい理屈かしら。
色々考えたけど、いいものが他に思いつかなかったのよね。
でも、メアリーは素直に感激したようだった。
「お嬢さまは本当にやさしいですねー。あたしみたいな、鈍くさい侍女でもそんなこと言ってくれるんですもん」
くすん、と鼻を鳴らして、メアリーは一層 丁寧に髪を櫛梳った。
「でも、町に行くのは危ないですからね……お嬢さまの気持ちだけで十分です」
「そっかぁ……。できたらね、メアリーのおとうとにも 会いたかったの。だって、同じ年ごろの友だちはいないし、わたしには おとうとも いもうとも いないから……」
悲しそうに目を瞬かせる。
メアリーの弟は、確か6才と7才。同じ年ではないけど、姉さまや兄さまより近い。こっちの説得力はあると思うんだけどなー。
すると、予想通りメアリーはハッと顔を上げた。
メアリーは、礼儀作法や政治経済の勉強、護身術を習ってる私を知っている。日々、息抜くヒマもないほど勉強や習い事をしている私を、こんな小さいのになんて可哀想だと思っているのだ。私から言い出して始めたとは知らず。
そんな私の細やかな夢を、彼女は叶えたくなったらしい。
「分かりました。収穫祭のとき、ちょっとだけ屋敷を抜け出しましょう」
ようし。
なんとか下町探索の一歩が踏み出せそうだわ。
利用してゴメンね、メアリー。でも、ちゃんとお母さんや弟達への贈り物は用意するからね。