貴族って、結構大変だよね
「アリッサが水龍公爵家に嫁入りするって話で今、会場が大騒ぎなんだよ」
「セオドア兄さま……エリオットさまは、お友達なんです。結婚とか、そういうの、ぜんぜん考えてないです……!」
「うん、俺もそうだろうなって思っていたよ」
温室に着き、明かりを灯して私をベンチに下ろした兄さまは、よしよしと頭を撫でてくれた。
思わず泣きそうになる。
「ただ、アリッサが水龍公爵家に行ったことが発端らしくて。ちゃんと紋章のない馬車を使ったのに……うちを張ってるヤツがいるんだろうな」
親指を噛んで、兄さまが悔しそうに言う。
そ、そうなんだ。
そんな対策してたんだ。知らなかった。
「王城に行ったときも、そうだったの?」
「そうだよ。特に王城の方はそうしないと、殿下や王妃様に私的には会えないからね」
「私的に会えない?」
「堂々とどこの誰か分かるような入り方で王城を訪ねちゃったら、公式扱いになって、大広間で官僚や衛兵が並ぶ中、壇上に並ぶ殿下や王妃様と話をすることになるよ」
うわ、それは最悪だ。
そっか……。私、礼儀やマナーは勉強してるけど、貴族としての“常識”はあまり真面目に考えてなかったかも……。
「それにしても……アリッサ、一晩泊まっただけで水龍公爵閣下まで籠絡するって、どんな魔法を使ったんだ?」
「ろうらく……?」
兄さまの言葉の意味が分からない。
首を傾げていたら、兄さまも同じように首を傾げた。
「ルパート閣下、父上とは今まで全く折りが合わなかったのに、今日はにこやかに挨拶に来て、“今後とも末長くお付き合い頂きたい”って言い出した上にアリッサを褒めまくったもんだから、周りがこれはもう“アリッサとエリオット様が婚約”なんだってゆー空気になったんだよ」
───ああああ……そうだった。
使ったよ、確かに。ある意味、私、魔法使ったよ。ルパート閣下、完全に魔法の粉の虜になってるじゃん……。
私は思わず崩れ落ちて、頭を抱えた。
兄さまがビックリして、必死に背中を擦ってくれる。
「だ、大丈夫か?!」
私は心配する兄さまに事の次第を説明した。
途端に、兄さまは大爆笑だ。
「ル、ルパート閣下は偏食なのかあ」
「だから、末長くよろしくってゆーのは、万能調味料を早く売り出してね、これから愛用しますからって意味だよ」
「あっははははは、最高だな、アリッサ!ルパート閣下を餌付けするなんて!!」
いや、それ失礼すぎるよ兄さま……。
お腹が減った私のために、兄さまは何か食べ物を持ってくると温室を出ていった。
代わりに従僕の一人が入ってきて礼をし、入口横に立つ。
「今日は人が多く、お一人は危ないので護衛につかせて頂きます」
暗い庭園を抜けて、温室に来る物好きはいないと思うけどな~。
そう思いつつもありがとうと言って、私はメモ帳と万年筆を取り出した。
兄さまが帰ってくるまでしばらく掛かるだろう。その間に長靴を履いた猫の話の続きを考えよう。




