アルの入学準備
もうすぐ春華祭だ。
アルの誕生日パーティーとマーカス殿下の立太子の儀のあとは、なんだかすごく平和な日が続いている。
私の9歳の誕生日は、家族だけでひっそりと祝ってもらった。
でも、アルからはステキな馬具が届いた。最近、お祖父さまから馬の乗り方を教わっていると話したからに違いない。
ディからは、超リアルなポーリーンの刺繍だ。大判のハンカチ全面に刺繍されていて、「わたくしの一番の自信作を贈りますわ!」と手紙がついていた。
箱を開けた侍女が悲鳴を上げて放り投げたことは、ディにはナイショだ。
ちなみに、額に入れて部屋に飾っている。
リックから、「お嬢の友だちも変だけど、これをこんな目立つところに飾るお嬢もお嬢だよな」と言われた。
ふーんだ。お友だちの力作だもん。粗末には扱えないじゃん。
それと、エリオットからは大量のサシェ―――匂い袋をもらった。
これがもう、とってもスゴイの。このサシェを湯船に浮かべると、すごくリラックスができる。エリオットが品種改良した花々を、何種類か合わせて作った特別なものだそうだ。
これ無しでは、もうお風呂には入れない。
本当に本当に……いい香りなのよ~。
さて今日は、アルとアルダー・ル雑貨店で待ち合わせ。
春華祭が終われば、アルはマクニール魔法学院に入学する。そのための学用品を、私に選んで欲しいそうだ。
「でも、全部うちで揃えるなんて……ちょっと贔屓にしすぎじゃない?」
2階の特別室でアルに言ったら、護衛のウィリアム――ウィルが笑った。
「今や学院の学生のほとんどがアルダー・ル雑貨店の商品を使ってますよ!こちらの雑貨店は、他国の商品も扱っているし、小さい個人工房の品も置いてますよね。文具を探すならアルダー・ル雑貨店だと、みな、言っています」
そうなんだ。まあ、種類が豊富なのは確かにうちの自慢なんだけど。
「じゃ、店に見に行く?」
「うん。必要なものは一覧にして書いてきたから……まずはそれを探そうかな」
「わかった」
アルは姿を変えるメガネを掛ける。私も、貸してもらった。
今は学院入学前で、お客さまが多い。アルだけでなく、私も気づかれたら囲まれて大変なのだ。
ウィルも貴族の人には顔バレしているので、姿を変える。
「ふふ、なんだか兄妹みたい!」
三人お揃いの茶髪茶瞳だ。
私が笑いながら言ったら、得意気な顔のウィルが、私とアルの肩を抱いた。
「よし、じゃあ、おにーちゃんがあると便利な文房具を教えてあげよう!」
「へえ。もしかして、お兄ちゃんが全部、買ってくれるのかな?」
「えっ?!そ、それはムリですよ?全部揃えたら結構な額じゃないですか!」
アルの冗談に、ウィルはすぐにお兄ちゃんの仮面を放り投げる。
私とアルは声を出して笑った……。
混んでいる店内を、アルと二人で回る。
普通、王族や高位貴族は、欲しい品を商会にリストで送って、商会はそれを揃えて届けることが多い。
でも、アルダー・ル雑貨店は今までにない文房具や、さまざまな色、形を揃えている。実際に店で色を見比べたり、新しい文房具を試してみるのが楽しいと、多くの貴族がわざわざ来店してくれていた。
「うーん……ノートの表紙の色、たくさんありすぎる。どれがいいか決められない……」
アルがノートの棚を前にして唸る。私は数冊、手に取った。
「教科ごとに色を変えるとわかりやすいでしょ」
「そうかも知れないけど……それを考えるのが大変だ」
「じゃあ、気に入ったので統一しちゃうのは?私は、この色がオススメ!」
私はたくさんの中から選んで、自分好みに持ち物をカスタマイズするのが好きだけど、物にこだわらない人はそういうのが苦手だったりするみたい。アルはたぶん、苦手な方だろう。
私は澄んだ空色のノートをアルに渡す。アルは首を傾げた。
「オススメ?」
「うん。キレイな色でしょ」
アルの瞳みたいに。
だけど、アルは難しい顔をしてしばらく悩んだあと……溜め息をついて濃紺のノートと取り替えた。
「ノートだし。無難な色にしておく」
まあ、それもアリかな?
必要なものを全部揃え、他にもいろいろと選んで、ウィルに購入手続きをお願いして2階に戻る。
メアリーがすぐにお茶とお菓子を用意してくれた。
「はー……思ったより時間がかかったね」
「量が多かったもんね」
「うん。あと、面白い品がいろいろ並んでいるから、目移りしてしまう。アリッサには、面倒をかけたよね。ありがとう」
メガネを取って元の姿になったアルがにっこり笑う。
うう、このところアルは本当に輝かんばかりの笑顔を見せるから、目のやり場に困るよー。いつの間に、こんなに感情豊かになったの?
―――ソファに座り、お茶を飲む。
お菓子は、帝国の旅の帰りに仕入れルートを確保したさまざまな木の実やドライフルーツのケーキだ。
最近、これらの木の実やドライフルーツをハチミツや砂糖で固めて、ヌガーも作るようになった。歯にくっつくしベトベトするんだけど、美味しいのよー。
「あ、そうだ、アリッサ」
「なぁに、アル?」
「アリッサは僕のことをアルと呼んでくれるよね?僕もアリッサのことを愛称で呼びたいと思うんだけど。友達なのに、僕だけよそよそしい感じがするから」
ほえっ?!
愛称……??
か、考えたことなかった。アリッサって元々、短いし。
それに、うちってお父さまもお母さまも、子供たちの名前、全員略してないのよね。そういえば、どうしてなんだろう?
アルが、「駄目?」とわずかに首を傾ける。
いや……うん、ダメじゃない。
ダメじゃないよ。
だって私は愛称呼びしてるし。
「えーと、じゃあ、何がいいかな?アリッサだから……」
「リズやリジーかな」
えええ………それだと、私には別の人の名前に感じちゃう。これは、前世の日本人な感覚のせいかしら?
「あと、アリー」
「うん、アリーがいい!」
それそれ!
それなら、間違えない。
アルはくすくす笑いながら、頷いた。
「わかった。じゃあ、今日からアリッサじゃなく、アリーって呼ぶから」
はーい。でも、なんだか……私、他では愛称で呼ばれていないから特別感があって、ドキドキするね……?
すみません、来週もお休みします…




