彼の言い分
ちょっと文章量多めです
視界が真っ白になると同時に、大量のガラスが割れるような凄まじい音が周囲を圧した。
それとは別に、ビリビリと全身が痺れる。といっても、痺れて動けなくなるほどではない。
「いやぁ、痛い!痛い痛い痛い痛い……っ!あああ……っっっ!」
ラミアの叫ぶ声がした。
見えなくなっていた視界が徐々に戻ってきて、眼前には鎖に縛り上げられたラミアとザカリー殿下が転がっていた。しかもラミアは、全身がズタズタに裂かれている。
うわ、あれは痛そう……!
「あたしにこんなことして……ウォーレン、あんた、許さないっ!絶対に、あんたもズタズタにしてやる!」
「む、無理だよ……ラミア。こ、この塔に来た時点で、き、き、君は絶対に僕には勝てない……」
「ふざけんな!あたしの方が、あたしの方が強いんだ。あんたは、ただ、魔力が多いだけじゃんか!」
あちこちから血を流しながら、ラミアが悔しそうに叫ぶ。ウォーレンさんは、悲しげに首を振った。
「君が思うより……ぼ、ぼぼ僕は、ずっと強い。だ、だからこの塔の外では、あまり魔法が使えないように……制限を掛けている……」
「はあ?!カッコつけたこと、言うなよ!こんな鎖なんて、すぐに解いてやるっ」
バチッ!
その途端、すごい火花が散って、ラミアは一瞬、全身をビクリとさせたあと―――白目を向いたまま静かになった。
私は息を飲んで、ウォーレンさんに尋ねる。
「えと……あ、あの、死んじゃった……?」
「き、気を……失っている……だけ」
「そうなんだ……」
ホ、ホントに気を失ってるだけよね?
叫び声も上げずに白目を向いたから、怖いよう。
私の少し後ろで、私と同じように座り込んだままのマーカス殿下が、ゴクリとツバを飲み込んで口を開いた。
「ザカリー。お前は何故、ラミアを唆して……アリッサ嬢を殺そうとしたんだ。いや、アリッサ嬢だけじゃない。アナベル嬢やアルフレッドも殺そうとしたな?」
鎖で縛られ、呆然としている風だったザカリー殿下が、ゆっくりとマーカス殿下を見た。なんの感情もない、ガラス玉のような目。ラミアが意識を失ったことを気にしている風もない。
「さっきも言ったけど。僕が殺したいのは、この世界の主人公、悪役令嬢だけだ。アルフレッドは、攻略対象だと思ったからついでに殺そうとしただけだよ」
「……何を言っているのか、分からない。この世界の主人公とは、どういう意味だ?世界に、主人公なんているのか?こうりゃく……対象とは、なんのことだ?」
マーカス殿下が途方に暮れた調子で質問を重ねる。
そして、困った顔で私を見たので……私は意を決した。
ぼんやりしている場合じゃない。ここは、私がザカリー殿下と話をしないと。
私は立ち上がり、ウォーレンさんの後ろから出た。ウォーレンさんが心配そうな目で私を見るけど、「大丈夫」と頷いて、ザカリー殿下の前まで行き、屈む。
「……ザカリー殿下。どうして悪役令嬢を殺したいんですか。第三王子が殺されるって展開でもあるんですか?」
私はそんなことはしないけど。それに、この世界はゲームや小説の世界ではないと思うけど。
でも……今は先に向こうの話を聞かないとね。
ザカリー殿下は唇の端を引きつらせた。
「違う。僕は、この世界そのものを壊したいんだ」
「……壊して、どうするんです?ていうか、悪役令嬢を殺したって、壊れないでしょ?」
「壊れたら、違う世界へ転生できるかも知れないだろ?僕は……転生するなら、こんな乙女ゲームじゃない世界へ転生したかった……!」
「はあ?!」
何、それ?
唖然とする私に、ザカリー殿下はバカにした目を向けた。
「どうせお前は、ブラック企業で働く彼氏もいない30代の喪女だったんだろ。乙ゲーのイケメンだらけの世界に転生して喜んでいるかも知れないけどな、僕は、こんな世界はごめんだ!」
「誰が30代喪女よ!」
ムカッ。
確かに彼氏はいなかったけど?
30代じゃなーーーい!
「私は女子高生だったんだからね!あんたの方こそ、彼女もいない引きこもりのオッさんだったんじゃないの?!」
「ふざけんな!僕は、中学生だ!」
「……中学生?!」
えっっっ、年下?!
いや、前世の話だけど。
私が驚いたら、ザカリー殿下は―――いや、もう殿下なんていらないか―――怒涛の勢いで話し始めた。
代々医者の家系に生まれ、父も母も医者。2人の兄も医者を目指して某有名国立大学に進学。そして彼は幼いときからずっと優秀な兄たちと比較され、親族からは落ちこぼれだとバカにされていたらしい。
へええ……。
なんていうか……そっちの話の方が作り物っぽい。まるでマンガや小説で使われるような生い立ちじゃん……。
―――家族で一緒にご飯を食べることもなく、どこかへ遊びに連れて行ってもらうこともなく、ひたすら勉強する毎日。そんなある日、テストで満点が取れなかった学校の帰りに、ショックでぼんやり歩いていたら……トラックに轢かれたそうだ。
「あんな世界、生きていたって全然いいことないから、死んだのはラッキーだったくらいだ。……だから、転生したと気付いたときは、喜んだ」
「そっか。……ねえ、転生に気づいたのは、何才のとき?」
「3才。魔法のある世界だと知って、嬉しかった。……でも、なかなか上手く魔法を使えるようにならないし、勇者とか、そういうのはいないみたいだし……想像していた転生とはちょっと違うと思うようになった」
さらに詳しく聞くと、彼は、どうやらRPGのような世界に転生したかったらしい。仲間と共に剣と魔法で魔物や魔王を倒していく世界。
家は厳しくてマンガもゲームもなかったけれど、友達の家でたまにゲームをさせてもらっていたから、一通り、ゲームの知識はあるという。
異世界転生も、友達の家でマンガを読んで知ったそうだ。その友達の妹から、乙女ゲームの悪役令嬢に転生するパターンも教えてもらった。
「ここが、その乙女ゲームの世界だと思ったのは、アルフレッドと会ったときだった。あんな綺麗な顔の王子なんて、絶対、女が喜ぶ設定だろ」
……うん。まあ、女子は喜ぶね。
でも、それだから乙女ゲームって決めつけるのは短絡的すぎる。
私がそう指摘したら、彼は鎖で縛られて転がった姿勢だけど、鼻で笑った。
「アルフレッドを殺そうとしたのは、乙女ゲームの攻略対象だと思ったからだけど、それだけが理由じゃない。あいつが兄に似てたからだ。優秀で、それを自分でも分かってて、他を見下してる。なのに誰も彼もがあいつを褒めるんだ。気分が悪かった」
「……アルは誰も見下してない。それに、前世のお兄さんとアルは関係ないじゃん
」「どうでもいい。だってこの世界でも、僕は落ちこぼれで誰からも必要とされない。世界を壊すなら、せめて……誰か一人くらい、道連れにしたいじゃないか……!」
うわぁ……すっごい自分勝手……。
私が絶句してたら、彼は引きつった笑いをもらした。
「ホントは、最初は乙ゲーかどうか、自信は無かったさ。だけど、カールトン商会で次々に新商品が発売されるようになって、その商品を見たら、前世の知識を持った誰かがいるって嫌でも分かる。そのカールトン家には、アルフレッドと釣り合いのとれる娘が2人。そのどっちかが主人公に違いなかった。……実際、その通りだったじゃないか。お前を殺せなくて、ほんと……悔しいよ」
「…………もう一回言うけど、私を殺しても世界が壊れることはないよ。そもそも、この世界はゲームとか小説の世界じゃないし」
ザカリーはムッとした顔になった。
「主人公のお前に、僕の気持ちが分かるもんか!なんでも思い通りになるくせに!」
「あのねぇ、そんなワケでしょ。すっごく努力してるし、失敗してるし、大変なこともいっぱいあるんだよ!……というか」
頭に上りかけた血を落ち着かせるために私は、一度、深く息を吐いた。
私まで怒ったら、ダメ。相手は中学生、中学生!
私の方が大人な対応をしないと。
……それを考えるとアルやマーカス殿下って大人だわー。もしかして、2人とも2周目か3周目の人生なんじゃない?私、負けてるって感じるときあるもん。
いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
私は落ち着いて、ゆっくりと諭すようにザカリーへ話しかけた。
「あなたは、今、主人公じゃないと思っているかも知れないけど、ちゃんと、痛かったり苦しかったりするでしょう?それはつまり、ちゃんと、あなたが主人公の人生を生きているからなんだよ。……それと同じように、周りのモブだと思ってる人たちも、同じように苦しんだり悲しんだり、喜んだりしている。それぞれがそれぞれの主人公として、人生を生きているの。それを、違う世界に転生したいからって壊す権利は、あなたには無いよ」
うーん、ダメだ。上手く言えない。
こんな言葉じゃ、彼には伝わらない。
案の定、ザカリーはせせら笑った。
「モブの人生?……そんなの、モブだからどうでもいいんだよ。だから、モブなんじゃないか」
「……あのさ。君、この世界を壊して違う世界に転生しても、絶対に主人公になれないと思うな」
「なんでだよ。勝手なこと、言うな!」
はああ……。
つい、私は大きな溜め息をついてしまった。
なんでだろ、幼稚園児と話している気分になる……。
それでも私は、一生懸命言葉を絞り出した。
「物語の主人公―――ヒーローって、自分の身を削ってでも周りの人間を守ったりするもんでしょ。だから、みんなから好かれたり、頼られたりするんじゃん。君みたいに自分のことしか考えてないんじゃ、誰からも嫌われて、バッドエンドの話にしかならないね」
「……っ!」
ちょっと言い過ぎたかな?と思ったけど。今回のは、彼の心にようやく刺さったみたいだった。
ザカリーは息を飲み、唇を噛みしめる。
私は、横でまだ意識を失っているラミアを指した。
「彼女はね。魔力が多いから、赤ちゃんの頃から親と離され、隷属の首輪をつけられ、自由もなく国に使われている。王族なんだから、それは知っているよね?あなたは転生して、思い通りの人生じゃないと思ったかも知れないけど……彼女はもっと思い通りにならない人生を送っていると思わない?あなた以上に、この世界を壊したいと思っているのを、あなたは知ってて利用したんでしょ?」
ザカリーが視線を反らした。私はさらに続ける。
「それと、前にあなたがアルを殺すために雇った暗殺者だけど……その中に、親に捨てられ人の殺し方しか教えてもらえなかった子がいる。その子は、甘いものもろくに食べたことが無かった。初めてクッキーを食べたときは、目をキラキラさせて"これが幸せってやつか"って言った。その子は、幸せってこと事態、どんなものか知らなかったの。"モブ"とかで片付けていい人生じゃないよ」
―――ザカリーに比べると、ラクの方が実際に人を殺しているし、罪は重い。だけど、ラクは一度もまともな生活をしたことがなく、教育も受けていない。
対してザカリーは、前世で周りから冷遇されていたとしても……それなりに恵まれた環境で育ち、教育を受けている。そして、今世でも。
つまり、人として最低限必要な善悪や道徳は学んでいるはずだ。というか、それで学べていなかったら、問題だと思う。
だから、前世の境遇に同情はするけれど、それを理由として、気に入らない今世を壊す言い訳にはならない、と私は思う。
言いたいことを言ったあと、眉間に力を入れてザカリーを睨む。
すると……ザカリーは急に顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「そんなこと、言ったって……僕……僕だって、世界にはもっとつらい人がいる、我慢しなくちゃって思ってた。もっと、努力している人だっている。だから……頑張らないとって……。前世も、転生してからも……僕なりに努力はしたんだ!だけど……どう頑張っても全然、うまくいかない。誰も褒めてくれない。ずっと……みんなからバカにされるばかり。そんなんじゃ……な、なんのために、生きてるのか……わ、わからないじゃないか……!」
それまで、周りを拒絶していたザカリーの壁が崩れ……なんにもない部屋でただ泣いている小さな子供が初めて見えた―――。
来週には、片がつく……と思います……




