私を狙った犯人は
王城に着いた。
お父さまとイアンの三人で、マーカス殿下の元へ向かう。
さて、前は女装してメイド姿で護衛をしてくれたイアンだけど、今日は普通に男性のスタイルだった。でも、ほんと、ビックリするくらい印象の薄い人だ。スーッと周囲に溶け込んで、いるのかいないのか、分からなくなっちゃう。
声も、高くもなく低くもなくて、簡単に雑音に紛れてしまう感じ。
そういう体質(?)だから、影の仕事についたのか、それとも影として仕事をするうちにそうなったのか。どっちなんだろう。
ちょっと考えちゃう。
だって影じゃなかったら、こんなに目立たないのって大変そう。お店で何か注文したくても、全然、店員さんに気付いてもらえないとか、よくありそうだし。
あ、でも、変な人に絡まれることは少なそう?
「何か気になることがございますか?」
私がちらちらイアンを見ていたからだろう、イアンからそんな質問がきた。
私は慌てて首を振る。
「ううん。今日はよろしくね」
「尽力いたします」
イアンはほんの少しだけニコリとして、頭を下げた。
……イアンは、本来は諜報が専門で、護衛は特に優れているワケではないらしい。だけど、私を狙ったメイドを知っているのは私以外にはイアンのみということで、今回の同行が決まったと言う。
ていうか、あのメイド……なんていうか、イアン以上に凡庸な感じで、私はもうはっきり顔を思い出せなかったり……。
イアンは、ちゃんと覚えているのかしら?
だとしたら、すっごく助かる。今、目の前に現れたって、私は気付かない可能性が大なんだもん。
憎い敵のはずなのに、自分の記憶力の悪さに悲しくなる~……。
マーカス殿下のいる応接室に着いて、お父さまはマーカス殿下と挨拶を交わしたあとは、仕事へと戻って行った。
―――と見せかけて、どこかに隠れる手はずになっている。
そういえば、ウォーレンさんと会ってないなぁ。どこにいるんだろ?
一方、マーカス殿下は、この頃よく見せてくれるようになった笑顔はなく、気難しい顔で私を室内にエスコートしてくれた。
向かい合ってソファに座り、侍女がお茶の用意をするのを二人で黙って待つ。
沈黙が苦しいので、私はとりあえずお喋りすることにした。
「あの。今日のこと、シンシアさまはご存じなんですか?」
今日、私と殿下は、アルへのプレゼントの件で話をするという建前だ。マーカス殿下は、アルへプレゼントを贈ることを母親のシンシアさまには知られたくないって言ってた気がするんだけど。
すると、マーカス殿下は苦笑した。
「今日、母上は、私の立太子の儀のときにつける宝石を、選んでいる。父上が贈ってくださるらしい。おかげで昨日から上機嫌で、他のことは何も気にならないみたいだ」
へええ。どうやら、陛下にも今回の計画は知らされてるみたい。シンシアさまが乱入しないように。
それからしばらく、当たり障りのない話をした。
……えーと、このまま、ずっとこの調子かしら?
そのとき。
扉をノックする音がした。
扉が開き―――ザカリー殿下が入ってくる。後ろには、白いローブ姿の人物が付き従っている。護衛だろうか?
それにしても……ザカリー殿下、前に会ったときよりもかなり顔色が悪く、虚ろな目だ。
なんだろう、まるで病気みたい。
どうして?大丈夫なの?
「ザカリー。来ないかと思っていたよ」
マーカス殿下が穏やかに話しかける。ザカリー殿下は冷ややかな声で答えた。
「……僕を誘うなんて、どういうおつもりですか」
「いや、一緒にアルフレッドの誕生日祝いの話をしたくてな。アリッサ嬢のカールトン商会に、何か、三兄弟で揃いとなるようなものを頼まないか?」
「馬鹿馬鹿しい」
ザカリー殿下は鼻で笑った。
笑ったけれど……目はまったく笑っていない。怖い。
そして殿下の後ろにいたローブ姿の人物が、音もなく前に来た。
ローブを払う。
「ラミア?」
驚いたように声を上げたのは、マーカス殿下だ。
ラミアって……誰???
護衛の人ではないのかな?
私がキョトンとしている間に、まだ年若いその女性は、急にケラケラと笑って右手を前に出した―――。
そこからはすべてが一瞬で、とても目で追いきれなかった。
ラミアと呼ばれた女性が何かの魔法を私とマーカス殿下に向かって放ち、イアンが即座に前へ出て庇ってくれたけど、壁までふっ飛ばされる。
扉が開いて、お父さまや水龍公爵……ルパート閣下の姿が見えた。
ザカリー殿下の怒鳴り声、部屋にいた侍女の悲鳴、何かの割れる音。
そして、ラミアという女性の手から青い茨のようなものが私とマーカス殿下のノドに絡みつき―――その瞬間、視界が暗転した。
薄暗い部屋の石の床に投げ出され、ゴチンとおでこをぶつけた。
痛たたた……。
でも、ノドの茨は取れている。よ、良かった。
ここがどこなのか……おでこを押さえながら体を起こすと、目の前に黒いフードの人物が見えた。
心配そうな眼差しが私に注がれている。
「ご、ごごごめん、ら、乱暴な……転送になって……」
「ウォーレンさん!」
え?転送?!
転送陣無しで???
……あ、ここは隠者の塔だ。見覚えがある!
そのとき、金切り声が響いた。
「ウォーレン!あんた、なんでそのガキを助けるの?!邪魔しないでよっ」
「ラ、ラミアの方こそ……ど、どどどうして、こ、こんなことをする。ひ、人を害せば、ぼ、ぼぼ僕らは……」
「そんなの、決まってるじゃない」
ウォーレンさんから、五歩ほど離れたところに仁王立ちするラミア。
その横には、尻もちをついたザカリー殿下。
ハッと周りを見渡せば、私のほんの少し後ろにマーカス殿下が同じく尻もちをついて、ノドに手を当てていた。
「あたしが、自由になるためよ」
「こ、こんなことをしても、じ、じじじ自由には……なれない……」
「なれる!だって、ザカリー殿下が約束してくれた!」
状況についていけない私たちを置いて、ウォーレンさんとラミアの会話が続く。
そのとき、ようやく私は思い至った。ラミアって、たぶん、ウォーレンさんと同じ立ち場の人だ。魔力が多くて、隷属の首輪をつけられ国の管理下に置かれている人。ウォーレンさんの元で魔力瘤の治療をしているときに、ちらっと名前を聞いた覚えがある……。
「ね、ザカリー殿下!あのガキを殺せば、自由にしてくれるんだよね?」
ラミアが目を血走らせ、まだ床に座り込んでいるザカリー殿下に質問する。
聞かれた殿下は、一瞬うつむいて、次に笑い出した。
「ふ……あはははは!」
うわ……。この状況で笑うって……怖っ……。
「驚いた!まさか、引きこもりのウォーレンまで、味方につけていたのか?さすが悪役令嬢だな、まさにあんたのための物語だ」
暗い目が、私に向けられる。
ウォーレンさんが私の前に立って、その視線を塞いでくれた。だけど私は、思わずザカリー殿下に向かって声を上げた。
「どうして!どうして、悪役令嬢だからって殺そうとするの?!」
「そんなの決まってる、お前のための話だからだ!こんな世界なんて……全部、消えてしまえばいい!……ラミア!みんな、殺せ!」
ちょ、ちょっと待ってよ、そんなの全然、答えになってない!
―――反論する前に、世界が真っ白になった……。




