意外と、いいおにーちゃん
「アルフレッドの様子はどうだった?」
カールトン商会カフェの2階で、マーカス殿下は入ってくるなり尋ねてきた。
例の眼鏡で変装してるのに、それを取ることすらせず。
後ろに付いていた従者(それとも護衛の人?)がさすがに苦笑して、「殿下!」と声がけをし、小さく耳元で何か囁く。マーカス殿下はハッと我に返った。
慌てて姿を凡庸に変える眼鏡を取り、照れたように挨拶をする。
「失礼した。……今日は時間を作ってくれてありがとう、アリッサ嬢。帝国までの旅はどうであった?」
「お久しぶりです、マーカス殿下。……アルは、帝国生活を満喫していましたよ。お友達もできて、すごく楽しそうでした」
私の旅の話なんて、どうでもいいよね?それよりアルのことを知りたいんでしょ。
挨拶は簡単に済ませ、アルのことを話したら……マーカス殿下はホッとした笑顔になった。
へええ。
なんていうか、殿下のこんな様子を見たら、二人に仲の悪い時期があったなんて信じられない。
「そうか。楽しそうだったか。……手紙はもらっているんだが、心配させまいと本当のことは書かないだろうと思っていたんだ。だから、どんな様子か知ることができて、良かった」
「帝国の平民の子と仲良くなっていました。結構、いたずらとかをして遊んでいるみたいで」
「アルフレッドが?」
「はい。すっかり馴染んでて、ビックリしちゃいました」
「そうか……」
意外そうに頷いてから、急にマーカス殿下はシュンとした。
「馴染んでいるのか……そうか……行くのをあれほど嫌がっていたのに……もしかするとアルフレッドにとって、この国より帝国の方が居心地いいのかも知れないな……」
ありゃりゃ。
おにーちゃん、ショックを受けてるよ。楽しそうって教えない方が良かった?
改めて、向かい合って座る。
「それで……今日、アリッサ嬢と話したかったのは、アルフレッドの誕生日のことだが」
「はい」
「せっかくの10歳の誕生日だというのに、私の立太子の儀と一緒になってしまって……せめて、アルフレッドの喜ぶものをプレゼントしたい。カールトン商会で何かいいものはないか?母上に知られぬよう、用意したいのだ。アリッサ嬢がなかなか帰ってこないから、どうしようかと思っていたぞ」
「なにか……いいものですか……」
えええっ。ま、丸投げ?!
こんな間近になって?!
そ、それは、ちょっと、私も困る!
「アリッサ嬢はアルフレッドと仲が良いだろう?アルフレッドの喜ぶものを知っていると思ってな」
ごめんなさい、私もアルの好きなものって分かんない……。
期待に満ちた目で見られて、居心地悪い思いでそっと横を向く。
しかし、マーカス殿下は気にした様子もなく言葉を続けた。
「ちなみに、アリッサ嬢はもう用意しているのか?何をプレゼントするんだ?」
「えっ」
その問いは想定してなかったので、私は動きを止めた。
えーと……い、言うのは恥ずかしいな……。
そのままフリーズして考え込んでいたら、マーカス殿下は心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫か?もしかして、体調が悪いのか?」
「いえ……あの、剣帯を……あげる予定です……」
「剣帯?前にもプレゼントしてなかったか?」
ええ、あげましたよ!どうして覚えているの、忘れてていいのに。
「前のを渡したとき、刺繍したものが欲しいって言われたんです。だから……刺繍したやつを今年はあげようと思って……」
「刺繍?……ほう?」
ちょっともう、おっさんみたいな相づちじゃん。止めてよ。
あと、後ろの従者と一緒に微笑み合うのも止めて!
「ちなみに、アリッサ嬢が刺繍?」
「ええ、そうですよ。……友達が欲しいって言うんだから、欲しいものをあげる方がいいでしょ」
「うん、そうだな。そうか、アルフレッドが自分でそんなことを言ったのか」
そうですよー、私じゃなく、アル本人の要望ですからね?!
そこをしっかり強調してから、私は溜め息をついた。
「それで……マーカス殿下が我が商会を頼ってくれたことは嬉しいのですが。アルの喜ぶものって、正直、私もよく分からないです。アルって、あまり自分のことは言わないから……」
「うむ……やはり、そうか」
そもそも、私みたいにアレ欲しいコレ欲しいって、高位貴族や王族はあんまり思わないんじゃないのかなぁ?
前世みたいに面白い物が溢れている世界だったら、欲しい物は無限に出てきそうだけど、こっちの世界だと……金銀宝飾とか高価な食材や珍味くらいな気がする。アルはそういうのに興味ないだろうし。
「あっ!マーカス殿下も手作りしたらどうですか?その方が心がこもってるし、特別感があります!」
「私が手作り?!」
思いつきの提案に、ぎょっとしたようにマーカス殿下が身を引いた。
私は拳を作って頷く。
「はい。ほら、見てください、アルだってこんなのを作ってプレゼントしてくれたんですよ」
袖をまくってブレスレットを見せる。
アルがお守りとして魔法印を刻んでくれたブレスレットだ。ネックレスも付けているけど、胸元から取り出すのははしたないかと思って止めておく。
マーカス殿下は、ブレスレットを見て目を瞬かせた。
「私が知らないだけで……アリッサ嬢とアルフレッドが実は婚約をしていると言われても、信じそうになるな」
「は?」
「なんというか、お互いに贈り合うものが、婚約者同士のようだろう?」
今度は私がぎょっと身を引いた。
「ち、違います!普通の友達同士です!ト・モ・ダ・チ!」
ちょっと!何を言い出すの?!
つい、声を大きくして連呼したら、マーカス殿下は苦笑した。
「はは、冗談だ、冗談。そんなに慌てなくてもよいだろうに。しかしアリッサ嬢は、その……」
言いかけて、ためらうように口ごもる。
「アルフレッドとの婚約を考えたことはないのか」
軽い感じで聞いてくるものの、目は少し真剣だ。殿下の意図が分からなくて、私は戸惑う。
「アルとの婚約……ですか?」
「ああ。そなたとアルフレッドは、仲が良いし。……婚約するなら、できれば仲の良い者同士の方が良いのではと私は思うのだ」
「でも、えーと……私とアルが婚約したら、アルを王太子にという声が大きくなりますよ?」
「それが理由で婚約しないのか?」
妙に食いつくなぁ。
マーカス殿下としては、私とアルが婚約しない方がいいはずなのに。何故か、婚約して欲しいように聞こえる。
どうして?
「んんー……私が、まだ婚約とか将来のことが考えられないので。父は、焦らなくていい、家のことも考えなくていいと言っていますし」
「まあ、四龍は家のための婚姻ではなく、自身にとって大事な人を選ぶ傾向があるからな。……そうか。アリッサ嬢はまだ考えられないか」
残念そうに呟いて、マーカス殿下は肩をすくめた。
……うーん。殿下は、何を期待しているの?
そのあと、二人でいろいろと話した結果。
マーカス殿下も、手作りに挑戦することになった。といっても、あまり時間がない。ほんの少し、マーカス殿下が手を加える程度だ。
それでも、きっと、特別な物が出来上がると思う。アルも喜んでくれるはず!




