理想の夫婦像とは?
久しぶりに会ったダライアスさまは、ちょっと疲れた様子だったけど、辛口トークは健在だった。
ユージェニーさまがこっそり教えてくれたところによると、私の前ではこれでも抑えている方らしい。
……って、ユージェニーさまの前でもずっとこんな調子なの?
ユージェニーさまってば、いつも穏やかにニコニコと相づちを打ってダライアスさまのお話を聞いてて……すごいなぁ。
まあ、私も別にダライアスさまのお話は、「へええ、そういう考え方もあるんだ!」って感じで平気なんだけどね。お父さまは、すぐケンカになっちゃうらしいけど。
―――お城は、今は準備で本当にバタバタしているそうだ。
私が狙われた件、まだ解決してないので……余計に神経質になっているみたい。もし、他国からの賓客が狙われたら大変だもんね……。
それと、立太子の儀に合わせて、次の地龍公爵のお披露目もするんだって。
「そんな大事なことを、立太子の儀のときにするんですか?」
それでなくても、アルの誕生日会もあるのに。
でも、ダライアスさまはフン!と鼻を鳴らした。
「わざわざ別でやるほどではないからな。これが次の地龍だと紹介して回るだけのことだ」
「まあまあ、あなた、"これ"なんて言い方は駄目でしょう?」
「あやつ、もう何年も前から早く跡を継げと言っておるのに、ああだこうだと逃げ回りおって。これ、で充分だ!」
ふうん。次の地龍公爵は、ダライアスさまでも手を焼く人なのかな?
「あの子はあなたのことを心配しているんですよ」
「儂がボケたら困るから、仕事をしている方がいいと言いおった」
「ふふふ……」
仕方のない人ね、というユージェニーさまの眼差しが優しい。
ダライアスさまは溜め息をついて、ユージェニーさまの手を取った。
「さっさと隠居して、お前と領の片隅でのんびりしたいものだ」
「わたくしはそういう生活も平気ですけどね。でも、きっとあなたはすぐに退屈しますわ。あれやこれやと仕事をして回るのが好きなんですから」
「そんなことはないわい」
ホント、いいなぁ、こういう関係……。
途中からユージェニーさまが少しお疲れな様子になったので、お見送りはいらないと言って地龍公爵家を辞した。
私を馬車まで送ってくれたダライアスさまが、心配そうに顔を曇らせる。
「このところ、あれは体調を崩すことが多くてな。……地龍の地位を甥のロドニーに譲っても、まだしばらくは引き継ぎに時間が掛かるだろう。ときどき、すべてを放り出したくなるよ」
「そんなことしても、ユージェニーさまは悲しむだけですよ。それよりもダライアスさまが仕事で忙しく走り回って、ユージェニーさまを心配させた方がいいです!ユージェニーさまが寝込むヒマもないくらいに!」
「はは!……そうだな」
ダライアスさまは、心配しすぎ!
だってユージェニーさまは、別に顔色も悪くなかったし、痩せたりもしてなかったし。
大丈夫。大丈夫……。
「でも……」
急に私は不安になってきた。
「今日、私、ムリさせちゃったんでしょうか……」
だってさ、テンション高く、いっぱいしゃべっちゃったもん。
普段、静かな生活をされてるのに、騒がしくしすぎたかも。
「それに、ずっと旅の話をしちゃって……」
考えたら、ユージェニーさまは車イス生活だ。あっちこっち行ってきた話なんて、聞きたくなかったかも知れない。
すると、ダライアスさまは私の頭を優しく撫でてくれた。
「もう何年も、儂らは同じような日々を送っておった。だがお前さんと会ってから、ユージェニーは新しいお菓子を作ったり、編み物を始めたりするようになってな。今日も久しぶりに会えることを本当に楽しみにしておった。ゆえに、張り切りすぎたのだろうなぁ。……年寄りの相手でお前さんの方が疲れたんじゃないか?すまんな」
「そんな!そんなことはないです」
私のことが、負担になったんじゃないなら……それなら本当にいいんだけど……。
私がぺしょんとしているからだろうか、ダライアスさまはさらに続けた。
「ユージェニーは、元々、自分で旅をするのは好きではないのだ。しかし、旅行記を読んだり話を聞くのは好きでな。アリッサ嬢からどんな話が聞けるかしらと昨日はずっとその話だったよ。お前さんさえ良ければ、また……話し相手をしてやってくれ」
「はい……はい!」
帰りの馬車の中で、メアリーが地龍公爵家の方を振り返りながら、呟いた。
「地龍公爵さま、気難しそうな方ですが……本当に奥さまを愛してらっしゃいますねぇ。火龍家の旦那さまも大旦那さまも、奥さまのことを愛していらっしゃいますが、また少し違う感じを受けます。ステキなご夫婦です」
「うん。……でも」
私はふと、最初にユージェニーさまと会ったときのことを思い出した。
「ユージェニーさまは、ダライアスさまの愛が重いって思うこともあるみたい。離縁して欲しいって言ったこともあるんだって」
「ああ……お子さまがおられないからですか?」
すぐにメアリーは納得した顔で頷いた。
私は思わず顔をしかめた。
「なんか、そんな理由で離縁したいって思うのは悲しいよね」
「そうですか?やっぱり公爵家の妻ともなれば、子を産むことも大切な役目ですから。果たせなければ、お辛いでしょう」
「えーーー」
不妊は女のせいとは限らないじゃん。この世界では、そういうの検査できないのに。
「ダライアスさまは、そのために結婚したワケじゃないもん」
「でも、奥さまは足もお悪いですし。公爵夫人としてのお仕事もあまり出来ないとなると……」
「ユージェニーさまの足は、領内の視察中に起きた事故のせいだよ!それで離縁するって言ったら、ダライアスさまは最低じゃん!」
もう!
どうしてメアリーは、離縁をそんなに支持するの。
それってダライアスさまの愛に対して、失礼じゃん!
すると、メアリーはやれやれというように軽く肩をすくめた。
「まあ、お嬢さまはまだ子供ですからねぇ。愛が重くて苦しいなんてこと、分からないですよねぇ」
「ちょっとメアリー!メアリーだって、まだ結婚してないし、恋人もいないでしょ。わかったような言い方、しないでよ」
「だってあたしは、下町でいろいろ見聞きしてますから。駆け落ち同然で結婚したのに別れたり、さんざん口説き落としておいて、すぐ浮気したり。反対に、一切男とは口を聞くなと縛りつける重いヤツとか。愛があればなんて言いますけど、正直、愛って問題が多いですよ」
たまたまメアリーの周りではそういう人たちが多かっただけじゃないの?
私が口を尖らせていたら、メアリーは笑った。
「お嬢さまのご家族がめずらしいんだと思います。どこの夫婦も、普通はいろいろと問題を抱えてるもんですから。あたしの父は早くに亡くなりましたが、酒癖が少し悪かったらしくて。母は、しょっちゅうケンカしてたって言ってました。悪い人じゃなかったけど、もし、まだ生きてたら……夫婦仲は最悪だったんじゃないかってよく言ってます」
「もしも、の話でしょ。メアリーは夢が無さすぎ!」
「あはは、これくらいでいいと思いますねー。それでも、いつかはあたしも誰かを好きになって、理想の夫婦を目指すかも知れません。ただ、もしその夢が叶わなかったとき、やっぱりねって思えますし。みんな、そうだから、と」
あああ、もう……悟りすぎだよ、メアリー……。




