実は、だいぶ前から苦手な刺繍に取り組んでます
「……全っ然、刺繍が進んでないわね、アリッサ?」
グレイシー姉さまの指摘に、私は思わず身を縮めた。
もじもじしながら、必死に言い訳をする。
「だって……揺れる船の上で刺繍は難しかったし、他のときもいろいろ忙しくて……まとまった時間は取れなかったというか……」
「やりたいと言ったのはアリッサでしょう?言い出した以上、あなたが頑張らなくてどうするの?」
「はい……」
うう、姉さまの言う通りです。
―――今日から春華祭が始まった。
春華祭用の真っ白な衣装に着替えている途中、グレイシー姉さまから刺繍の進み具合を聞かれたので、現物を見せたら……お叱りを受けた。
まあ、そりゃそうよね……。旅に出たときから、ちょっとしか進んでないんだもん。
ちなみに刺繍、とは。
アルの10歳の誕生日に贈る予定のものだ。
前に剣帯を贈ったとき、冗談のように「刺繍した剣帯が欲しいな」と言われた。
そのときは刺繍が苦手なのもあって(絶対にそれは無いよ)と思ったけれど……ブライト王国で10歳の誕生日は重要だ。みな、特別な贈り物を用意する。
だけど私は今まで、アルにはいろいろとプレゼントしたせいで、特別な物が……全然、思い付かない。
そうなってくると、アル本人が珍しく「欲しい」と言った品―――刺繍した剣帯を贈るのが一番な気がしてくる。
というワケで、仕方がないから覚悟を決め、かなり前から取り組み始めていたのだった。だって私、刺繍は下手だし、遅いからね……。
で、グレイシー姉さまは上手だから、最初のときから教えてもらっているんだけど……普段は優しいのに、この刺繍に関しては厳しいのなんのって!
「まあ!そんなの、当たり前でしょ。この国の王子に差し上げるのよ?しかも、アリッサは火龍家の娘よ?国中から注目を集めるのは必至、下手なものは出せないわ!」
と、力説されてぐうの音も出ない有り様だ。
ちなみに、国中の注目を集めると言われ、やっぱり止めようかと思ったのだけれど。
グレイシー姉さまに協力を頼んだ時点で、お母さまからお父さま、兄さまたちにもぜーんぶ伝達されて、家族全員から「それは良いプレゼントだ」と言われて引くに引けない状態になった。
あうう、私のバカ……。
ところで、アルの誕生日は夏至祭の前だ。
急に留学が決まり、期間は1年って話だったけど……夏至祭でほぼ1年になるから、さすがに帰ってくる、よね?でもピッタリ誕生日の日にパーティーをやることはあまり無いから、夏至祭のあとになるのかしらん。
気になったので、お父さまに、いつアルの誕生日会が開かれるのか聞いたら、渋い顔になった。
「実はな……マーカス殿下が王太子になられることが決まった。で、立太子の儀が……アルフレッド殿下の誕生日パーティーと同時に行われることになったんだ。夏至祭の前日に行われる」
「え……?」
10歳の誕生日会は特別なのに……マーカス殿下の立太子の儀も一緒にやるの?
どうして?!
そんなの、絶対そっちの方がメインじゃん!
ひどい。
「どうしてそんなことに……!」
「さすがにこの件は四龍全員が反対をしたんだが……陛下が譲らなかった。アルフレッド殿下もそれで良いと仰っているらしい」
「えええ……」
帝国でアルと会ったとき、アルはこのことを知っていたんだろうか?
絶対、知っていたよね。
もう!留学の件を教えてくれなかったこと、怒ってるって言ったのに……この件も重要じゃん!
どうして教えてくれなかったの……!
「立太子の儀には、準備に1年かけてもおかしくない。こんなに慌ただしく進める必要はないはずなんだが……」
お父さまは溜め息をついた。
「マーカス殿下も、困惑しておられたよ。……アルフレッド殿下の強引な留学といい、陛下は一体、何を考えておられるのか……」
うん。陛下って、もしかしてアルが嫌いなの?なんか……許せないよぉ!
とりあえず、刺繍した剣帯は絶対にあげた方がいいよね。明日から頑張らなくちゃ!




