寄り道、その2とその3
次に寄った島は、バートが「姫は絶対、気に入ると思います」とイチオシしていた島だ。
イチオシの理由は、名物の花。
しかも、食べられる花。
……食べられる花なんて、前世でもあったじゃん!って思うでしょ?
でも、ここの花はバートが推すだけあって、一味違う。
プルメリアに似た花の花弁を食べるのだけど、シャクッという食感が薄く切った梨やリンゴっぽくて、味は……えーと、そう、ライチに似ているだろうか。美味しい。
食べやすいし食感もいいので、どんどん食べちゃう。
でも。
「賞味期限が短いんです。花を摘んだら、すぐ食べないといけない」
バートの言うとおり。
5分もすると、摘んだ花びらは茶色く変色し、べっちゃりと不味くなった。なんて面白い花だろう!
そんな花なので、マカン花の周りにはテーブル席が設けられ、客は自ら花を取って食べるようになっている。
―――マカン花は、ジャラン島の一部エリアにしか育たたないそうだ。だからジャラン島は、そのエリアを高級リゾート地のようにしていた。
たぶん、ここって金持ちしか入れないところなんだろうなぁ……。
「ここの土を入れた鉢にマカン花を植えても、すぐに枯れるそうです。魔法で花を凍らせて運ぼうとした者もいましたが、やはり、すぐに茶色く変色したらしいですよ」
ぱくぱくと食べつつも、なんとかこの花をお土産に持って帰りたいなーという私の考えを読み取ったのか、バートが教えてくれた。
「ええ~、凍らせてもダメなの?!」
くっ。
いい方法だと思ったのに。
「はい。この地の、何かが重要なんでしょうね」
「えーと……たくさん食べても、問題ない?」
「三日三晩、花を食べ続けたとある国の豪商は、その後、100才まで生きたそうです。姫もきっと長生き出来ますね」
ああ~、そりゃ、高級リゾート地化するわ、この島。
ジャラン島を出て、そこからは真っ直ぐに帰る予定だったけれど。
途中で急に船員たちが調子悪くなり……急遽、近くの港へ寄港することになった。
「お嬢さまは、部屋から出ないようにしてください」
メアリーがそう言って、忙しそうに船員たちの看病に回っている。私も手伝うと言ったけれど、バートやお祖父さまからダメと言われた。
うう、確かに私はたいして役に立たないけどさ!
……テッドが教えてくれたところによると、具合の悪い人はいっぱい吐いてて、大変なんだそうだ。
吐く、か……。
何か、悪いものを食べたのかなぁ?
前世でノロとかO-157とか、どんなんだったっけ?
とりあえずマスクとか手袋とか、そういうのをつけて看病した方がいいと思うのだけど。
やきもきしているうちに港へ着き、具合の悪い船員たちは、港の診療所へ連れて行かれた。
具合の悪くなった船員は、5、6人ほど。それ以上は広がっていない。
一方、私やお祖母さま、サフィーヤ姉さまは、港の大きな宿屋へ連れて行かれた。
このあと、船を元気な船員たちで丸洗いするのだそうだ。きっと、消毒洗浄ってことなんだろう。
リックやテッドも駆り出された。
「数日、滞在することになりそうですか?」
宿へ落ち着くなり、お祖母さまがバートに聞く。
バートは首を振った。
「いや、春華祭までにカールトン領へ帰るためには、あまり長居は出来ません。代わりの船員を雇って、明日には出発します。明朝の出発は早い時間になりますので、今夜は早めに休んでください」
「わかりました」
えええ、具合の悪い船員さん、置いていっちゃうの?!
翌朝、夜明け前に船に行くと……具合の悪くなった船員さんたちも元気に働いていた。
「すんません、お嬢さま!いやぁ、サキットを食べちゃったみたいで」
「さきっと?」
タラップを渡るときに手を貸してくれた船員さんが、照れ臭そうに頭を掻く。
「ビルイカンという魚に似てるんですがね。サキットは、食うとあとで腹を壊すんですわぁ!」
「えっと……もう大丈夫なの?」
「大丈夫です。ラワタン草の茶を飲んで、落ち着きました」
そうなんだ。良かったぁ……。
「だから!オレたちが作るもの以外は、勝手に食べるなっつってんだろーが!」
船乗りシェフのアントンが、出航の準備で動き回りつつ怒鳴る。周りから「そうだ、そうだ!」と何人かが笑うように唱和した。
アントンはブツブツと続ける。
「まったくよう、サキットを食ったって言やぁ、わざわざ寄港せずに済んだのに。げえげえ吐いて、死ぬ死ぬ!しか言わねぇんだから」
「仕方ねぇだろ、腹が痛くてそれどころじゃなかったんだよ!それに、ビルイカンだと思ってたんだ、理由なんて分かるか!」
……出航してから、バートが詳しく教えてくれた。
サキットという魚は、本来はこの辺りにはいない魚らしい。
「もう少し北の方にいる魚ですね。今年は海が荒れていたので、少し南下していたのでしょう。サキットは、食べて半日ほどすると腹が酷く痛くなります。3日は痛みでのたうち回りますが……でも、命に関わるほどではないんですよ」
「そうなんだ……」
「まあ、でも本当に痛いので。私も昔、のたうち回りました。もうあれは勘弁です」
ひええ。
帰りの旅は、なんだか食べ物にまつわる旅だったね。すっごく勉強になったわ……。




