寄り道、その1
春が近くなってきただろうか、行きに比べると海の色が鮮やかだ。
紺碧で透明度の高い海は、言葉を失うほど美しい。そして、無性に飛び込んでみたくなる。
そういえば前世で、マーメイドの衣装で泳いでいる人の写真を見たことがあるけど……あれ、こんな海でやってみたいなー……。ていうか、この世界に人魚っているのかしらん?
でも、もしいるようなら、魔物な気もする……。
私がしょっちゅう身を乗り出して海を見るので、ついにはメアリーから「お嬢さまに縄をつけようかしら」なんて言われた。
ひどい。
私、落ちたりしないのに。
ちなみに、このくらいの時期になると、もう海の魔物と遭遇することはないだろうという話だった。
「海の魔物って、冬限定?」
私の問いに、バートが笑う。
「そうではありませんが……大物は、何故かほとんど冬に出ますね。冬は、深い海の底のエサが少ないからに違いないと言われていますが、さて、どうでしょうなぁ。嵐のときも出てきますのでね。そう……大物は、不思議なほど、遭遇したくないときに出現するんです」
えー、それはやだぁ。
「バートは、嵐のときに遭ったことある?」
「ありますよ。マストを折られて、散々でした。でも船を沈められなかっただけ、マシでしたね」
ひー、海の魔物、怖い!
帰りに寄り道するのは、どうやら私のため……みたい。
たまたま、お祖父さまとお祖母さま、バートが話しているのをちらっと聞いてしまったのだ。
"アリッサは、これから先、あまり国を出ることは出来ないだろうから"、と。
まあ、この世界では、娯楽的な目的で他国へ旅行することなんて一般的ではない。だから、お祖父さまの言葉は変じゃない。
でも、たぶん。
―――今、この世界に全属性の魔法を使えるのは私だけって分かったせいじゃないかな。
この力が他国に渡ったら危険だ。
もしイーザさんとか、オーウェンさんみたいに、私の能力を見抜くことが出来る人が他にもいたら。そして、その人が悪いことを考えている人だったら。
この力を欲っしないとは限らない。
だから今後、私はこんな風に、気軽に他国へ行くことは難しくなるんだろう。
ちょっと残念だけど。
とはいえ、私は前世でも海外旅行の経験はないしね。こうやって、1回行かせてもらえただけ、幸せかも?
最初に寄ったのは、人に害のない魔物がいるという島だ。
その魔物というのは、なんと、大きな大きな亀みたいな魔物だった。
小さい小屋くらいありそうな亀だ。
「……魔物?」
本当に?
ただのでっかい亀じゃないの?
魔物は、なんだか穏やかそうな目だ。じっとこちらを見ている。
私が信じられなくてそう聞いたら、その島の古老がファファファと笑った(ちなみに、通訳を通して話をしている)。
「他の魔物が襲ってきたとき、コベは黒く冷たい炎を吐く。普通の生き物にはそんなことは出来ない。なので、魔物ですよ。こちらが何もしない限り、コベから襲ってくることはありませんけどね」
「へええ!……その炎に焼かれたら、どうなるんですか?」
「熱くないのに、焼け爛れたようになります。そして、どんな薬でも治せない」
ひゃあ!怖っ?!
思わず、後退りしちゃった。
すると。
「コベは、10才くらいまでの子供なら背に乗せてくれます。乗ってみますか?」
古老がニコニコとそんなことを言った。
え、乗るの?この……小山に?
襲わないっていうけど……黒い炎を吐くような、怪獣に?
私はちょっと引き気味だけど、リックとテッドは興味津々な様子になった。
それに気付いたお祖父さまが、「せっかくだから、お前たちも乗らせてもらえ」とリックとテッドをコベの前に押し出す。
途端に2人はどちらが先に乗るか、相談を始めた。
……勇気あるなぁ。
コベの乗り方は、コベの後ろ足を踏み台にして、甲羅のゴツゴツを掴んでよじ登る感じだった。
テッド、リックの順でコベに登る。
2人が乗っても、コベはびくともしない。そして、嫌がる素振りもない。
「お嬢さま。引っ張り上げましょうか?」
楽しそうなテッドが、上から手を振った。
こういうことには反対しそうなお祖母さまも、何も言わない。せっかくだから、乗りたいなら乗せてあげましょう、という感じなんだろうか。
うーん、うーん……あんまり乗りたいとは思わないんたけどな。
だってどうせ乗るなら、竜とか、空飛ぶカッコいい生き物の方がいいじゃん。
でも、無害だと言われている魔物にビビってると思われるのも、なんかイヤ。
よし。
「背中、乗らせてね?」
一応、コベに挨拶する。
すると、コベは目を細めた。そして、ぬーっと首を伸ばして私を上から下までジロジロと見てくる。
「え?あれ?」
「これは、珍しい。コベが子供にこんな反応をすることは無いんですが」
も、もしかして、中身が子供じゃないって気付かれたかしらん。だって前世の分を足したら、十分大人だもん……。
ドキドキしたけれど。
やがてコベは頭を垂れて、静かに目を瞑った。
OKってこと……らしい。
ムリして乗らなくてもいいんじゃないかなーと思ったものの。
バートやテッドが手を貸してくれて、私は結局、コベの上に乗ることとなった。
……コベの上はなかなかの高さだ。
しかも私が乗るなり、コベが歩き出したので―――といっても、すごくゆっくりだけど―――なんてゆーか、ドキドキが止まらない。
ひええ、揺れる、落ちる!
だけど、リックとテッドは大喜びだ。もしかすると彼らにとっては、前世の遊園地の乗り物みたいな感じなのかも?
でもさ、でもさ……安全バーとか、命綱なしはちょっと怖いと思うんだ……!




