開けた扉は閉められないらしい
「さて、少し話が逸れますが……私は弾き者でした」
イーザさんのまるでさざ波のような、優しい静かな声が再び流れた。
うんうん、それ。どういう意味なのかな。気になっていたんだ。
「弾き者とは、目も見えず耳も聞こえず話すことも出来ない特殊な子供のことです」
「え……」
え……?
少しっていうか、かなりビックリな方向へ話が逸れた、ぞ?
イーザさん、目とか見えないの……?
私の言葉にならない問いに、イーザさんはゆるりと首を振る。
「今は、様々な魔法や魔道具のおかげで普通の人と変わりないのでお気になさらず。その代わり、弾き者としての力は失いました。―――弾き者は、精霊の祝福を受けた存在なのです。多くの人と同じような生き方は出来ませんが、身体は丈夫で病に罹ることもありません。そして、災厄を知らせます。災厄が近付いたときだけ、不思議な歌を歌うのです。この国は地揺れが多いため、昔からその前触れを感じ取る貴重な存在として、国に保護されてきました」
「保護……ですか」
「はい。他の人と意思疎通が出来ませんし、普通に育てることは難しいですからね。弾き者という呼び名ではありますが、大事にはされるのですよ。まあ、遠い昔は、忌まれた存在だったようですが」
「…………」
うーん。これはなんて答えたらいいのか、わかんない。
話、ちょっと重くない?
絶句して固まっていたら、イーザさんはにこりと笑った。
「あまり深刻に捉えないでくださいね。私は、そのときのことは、ほとんど覚えていないのです。言葉を知らないと、自分の感情や記憶を表せません。そうすると、ただその瞬間、瞬間の感覚が朧げながら心に残るだけなのです。世界は案外、言葉で作られているのかも知れませんね。……まあ、私の過去はどうでも良いでしょう。ともかくも弾き者としての力は失いましたが、それでも私は普通の人とは違うものを見たり感じたり出来ます。そもそも他に世界があることや魂が巡っていることも、私は感覚で分かっていました」
イーザさんは両手を広げた。
「今は……そうですね、うっすらと人の魂の色や魔法の力の流れなどが見えるくらいでしょうか」
言いながら、不思議な虹色の瞳でまた私をじっと見つめる。
「ですから、アリッサさまがすべての属性の魔法が使えることも見えました」
あ、そうなんだ。
そして―――イーザさんは一瞬ためらったあと、真剣な顔で言った。
「今。この世界で全属性の魔法が使えるのはアリッサさまお一人です」
「えっ?!」
前に、ウォーレンさんから王族は全属性の魔法が使えるって聞いたけど、今はそういう人っていないの?
「神話によると……この世界では、神代の時代は自由にさまざまな属性の魔法を使えたそうです。しかし、神が世界を去るとき、制限を設けました。大きな力は災いになると考えたからです。なので、人は一属性か二属性の魔法しか使えなくなりました。しかしアリッサさまは……神が閉じた自由な魔法への扉を開けてしまった。どうぞ、その力の使い方を誤りませんように。そして、あまり人に知られぬようにした方が良いでしょう。人は、大きな力を欲する傾向があります」
「は……い、そうですか……」
扉……?
そういえば。
まだ、最初の頃。
上手く魔法が使えなくて、元素とかそんなことを考えながら魔法の練習をし……なんだったけ、そう、自然って循環の繰り返しだなぁなんて思っていたら、急に目の前が開けた感じがして。
一気に魔法が使えるようになったっけ。
もしかして、あのとき?
「でも私……扉を開けるつもりはなかったんですけど……」
「そうかも知れません。しかし、扉を開いてしまった以上、もう元には戻れないのです」
「そうですか……」
うぇーん……。
なんかさ、前世の記憶より……もしかしてこっちの方が問題じゃない?
神さま、扉の閉め方が雑だよ、結構簡単に開いたよ?
ホント、1人で勝手に魔法の練習なんてするんじゃなかった……。過去に戻って、自分を叱りたい。
「あ」
そういえばもう一つ、聞きたいことがあったんだっけ。
居住まいを正して、イーザさんに尋ねる。
「あの。私、命を狙われているみたいなんです。……それって、もしかして扉を開けたせいでしょうか?」
「命を狙われているのですか?」
「はい」
イーザさんは二度、目を瞬かせた。
「ごめんなさい。その件は私には分かりません。私はすべての事象を見通す目を持っている訳ではありませんので……」
そっか……。そりゃそうだよね。
「分かりました。ありがとうございます」
私が頭を下げたら、イーザさんは「いいえ」と首を振った。
そして、イーザさんも頭を下げる。
「私がアリッサさまへ伝えられる話は、すべて話しました。あとは、どうぞ―――村をゆっくり回ってください」
「はい」
……どうやらこれで、イーザさんとの面会は終わりのようだ。
出来れば、もっといろいろ聞きたいけれど、ムリ……だよね。仕方なく私は立ち上がり、もう一度、イーザさんに頭を下げた。
「ありがとうございました」
イーザさんは、優しく微笑んで頷いた。
部屋を出たら、待ち構えていたお祖父さまに抱きしめられた。
「アリッサ!話は終わったか?どこも、何もないな?」
「く、苦しい、お祖父さま……」
「む、すまんすまん。……大丈夫か?その……いろいろ、思い出して悲しくなってないか?」
どうやらお祖父さまは、私が前にウォーレンさんと話して不安定になったときのようなことが起きないかを心配していたらしい。それで、イーザさんと2人っきりにさせたくなかったんだね。
私が抱擁から抜け出しても、お祖父さまはほっぺたを挟み込んで顔を覗き込んできたり、腕や背中を触って全身を確かめてくる。
私は、つい、笑いだしてしまった。
「お祖父さま、大丈夫、大丈夫!だって、こうやってお祖父さまに大事にされて、愛されてるんだもん。もう、あんなことにはならないよ」
「そ、そうか……それなら良かった」
ふふ、ありがと、お祖父さま。心配させて、ごめんね。
とりあえず今は、他の人の目もある。
あとでゆっくり、お祖父さまとお祖母さまにイーザさんから聞いた話を伝えよう……。




