アルの帝国生活の詳細を聞く
皇女さまの登場でバタバタしたまま、一度、港にあるカールトン商会の倉庫へ一同は移動した。
倉庫とは言っても、一角にはわりとちゃんとした商談用スペースがある。ライリー叔父さまによると、奥には寝泊まり出来る部屋もあるらしい。
船の荷を分けている間、アルから少年たちを紹介される。
「改めて紹介するよ、アリッサ。彼らは、帝国学習院での友人なんだ。こちらからフロヴィン、リート、マーク……」
「はじめまして、カールトン商会のお嬢さま!リートです。エディから、あなたの話をいろいろ聞いていたから、会えるのを楽しみにしていたんだ」
「僕はフロヴィン、僕も会えるのをすごくすごく楽しみにしていたよ!」
「俺はマーク。すごいね、冬の海を渡ってくるなんて!危険だし、荒れて大変だったんじゃないか?」
おおお……そんな、一気に話しかけられたら……誰からどう返していけばいいの?
元気いっぱいの男の子たちにあたふたしていたら、アルが苦笑しながら間に割って入ってきた。
「アリッサが困っている。ちょっと落ち着いてくれないか」
「あ、そっかー、そうだね、ごめんごめん。まずは2人でゆっくり話したいよね!うん、僕らは向こうへ行くからどうぞごゆっくり~」
……リートがニコニコと言う。そして、私やアルが返事をする前に3人でさっさと叔父さまの方へ行ってしまった。
あらら。
ポカンと見送っていたら、アルは肩をすくめた。
「ごめん。騒がしくて」
「ううん。……ていうか、エディって?」
いろいろ聞きたいこと、話したいことはある。でもその前に、一番気になった件を片付けないと!
アルは軽く頭を掻いた。
「あー……街に変装して遊びに行くことがあるんだ。そのときに、周りにバレないよう使う偽名」
「へえぇ」
アルの答えに、思わず恨めしげな目で見てしまう。
アルは、目をぱちくりさせた。
「え?何?」
「そういうこと、手紙に全然書いてなかったよね?」
「あ……うん。でも、手紙に書くほどのことでもないし……」
アルの手紙の多くは、アルが興味を感じた帝国の地理や街の様子、人々の暮らし、授業の内容などだ。はっきり言って、超真面目な話ばかり。
私はつい、口を尖らせた。
「書くほどのことだよ!私、アルは勉強漬けの毎日なんだって思ってた。でも、友達もいっぱいできて、街へ遊びに行ったりしてたんでしょ?アルが孤独でなくて良かったって思うけどさー……留学の報告書じゃないんだから、私にはそういうアルの日常生活のこと、教えてくれてもいいのに」
「そっか……」
少しだけ意外そうな顔でアルは頷いた。
まあ、アルは根が真面目だからねー。それに、ブライト王国で友達といえばエリオットくらい。
エリオットも報告書みたいな手紙しか書かないから、そういうのが普通だと思っていたのかも?
「えーと、それで、さっきの……この国の皇女さまとはどういう……?」
さあ、次はこの件だ。
皇女さまはアルに言い寄ってるみたいだけど、アルとしては、これまで、どう対応していたんだろう?
するとアルは渋い顔になった。
「最初に婚約話を持ちかけられたときに、はっきり断ったんだけど……とにかく、付きまとってきて大変なんだ。帝国は実力主義らしく、皇女殿下も力をつけたいらしい。そのためには、この国の有力貴族より、帝国よりも古いブライト王国の王族と婚約する方がいいって」
「……と、直接言われたの?」
「うん」
うわぁ。上昇志向の高い皇女さまだなぁ。
ただ、"アルは利用するだけよ?"って面と向かって宣言するのは潔いけれど……どうなんだろう。作戦、間違えてない?
「可愛いのに……もったいない」
思わずぽろっと呟いたら、アルの渋い顔がますます渋くなった。
「どこが?」
あらら~。こんな辛辣な感じのアルって初めて見たよ。
完全に脈無しだね、皇女さま!
悪いけど、ちょっとホッとしちゃった。
出発の準備が整うまでの間、みなでお茶をしようということで、そんなに広くはない商談用応接間に、それぞれ適当に腰を下ろす。
アルが港まで来てくれたのは、ライリー叔父さまがアルに私たちが帝国へ着く日を伝えていたかららしい(バートが折々に港で叔父さまに連絡を入れていた)。
で、今日は朝からアルたちは港内に入ってくる船を見ていたのだけど……嫌な視線を感じて周りを見たら、怪しげな人物を発見。アレは絶対に皇女だ!と感じたアルは、私が降りてくるなり慌てて小芝居をしたのだと説明してくれた。
というか、アルの友人たちが「行け!」と背中を押したみたい。
普段から皇女さまから逃げ回っているせいで、彼らはみな、彼女の視線はすぐ分かるのだとか。
「ビックリしたでしょう?でも、ベルティルデさまに効果的なのはこの方法だろうなって」
「彼女の行動力はホント、すごいからね……。港まで来るのは正直、予想外だったけど」
「やっぱエディの想い人の姿を確認したかったんだろうな」
「うんうん、帝都の商会にも、アリッサのこと探りに来たしね……」
最後の言葉はライリー叔父さまだ。
お祖母さまが眉を寄せて叔父さまに尋ねる。
「皇女殿下がアルフレッド殿下に近付いている件、あなたは知っていたの?それで、どういう対応を?」
「アルフレッド殿下はうちの店によく来てくれますからね。皇女さまから逃げてきて、奥へ匿ったこともありますから。……皇女さまには、僕はアリッサと2回ほどしか会ったことがないと言って、詳しい人となりは分かりませんと答えてますよ。ただ、アルフレッド殿下は頻繁にアリッサと手紙のやり取りはしているし、贈り物をしていますとは教えましたけど」
叔父さまはにやっと笑う。
皇女さまがあまりにアルに付きまとうので、どうやら友人や叔父さま協力のもと、アルは私のことが好きだ、そして婚約間際なのだという噂をバラまいているそうだ。
お祖父さまがムスッとする。
「事情は分かった。これもある意味、殿下を守るためだ……火龍家としては協力せねばならんだろう。だが!事前に、殿下が大変な状況だと知らせんか、この馬鹿息子」
「いえ、アリッサの了承をとらずに勝手に利用してしまったので、僕が内緒にしておいて欲しいとライリーに頼んだんです」
アルが慌てたように間に入る。
うん……まあ、まさか私が帝国に来るとは思わなかっただろうしね。
思わぬ展開にビックリではあるけれど……でも、私がアルの立場だったな同じことをしそうな気がするから、全然、OKだよ。
結局。
帝国では、私とアルは"いずれ婚約する仲"というテイでいくことになった。
アルが困った顔で頭を下げる。
「ごめん、アリッサ。来るなり、こんな問題に巻き込んでしまって」
「ううん、いいよ。というか、困ってたんなら、遠慮せずに知らせてくれたら良かったのに」
「うん……すぐ諦めるかと思ってたんだよ。甘かった」
そうだね、仕方ないよねぇ。あんなに押しの強そうな子って、珍しいもん。いや、うちの国にはシンシアさまがいるんだっけ……。
苦笑しつつ、私は"うーん"と伸びをした。
「あーあ!アルが黙って帝国へ留学したこと、ちょっと怒ってたのになぁ。吹っ飛んじゃった」
どんな顔で会えばいいか悩んでたのがバカみたい。
するとアルがぎょっとした顔になった。そして、恐る恐る尋ねてくる。
「……やっぱり、怒ってた?」
「うん、怒ってたよ。だって友達なのに。エリオットは知ってて、私は知らないっておかしいでしょ」
「ごめん……。最初は行きたくないっていう気持ちが大きかったから、話題に出したくなかったんだ」
そうだったんだ。
そっか、私だったら、能天気に「いいなぁ!」なんて言いそうだもんね。でも……行きたくないっていう話も含めて、ちゃんと話して欲しかったかなぁ。
そもそもアルにとって、私ってどういう友達なんだろう?
少なくとも、皇女さま避けに私を選ぶんだから、信用度?信頼度?は高いと思うんだけど……いまいち、立ち位置が分からないな……。
後ろでフロヴィンが肩をすくめて、マークと目配せをしているのが見えた。
「……なんか、ややこしいことになったね」
「これ、あとで解くの大変だぜ、きっと」
……なんの話だろう?
いつの間にやら、ブクマ3000を超えていました!ありがとうございます。
読んでくださる皆さまに感謝。
御礼のSSを書きたいんですが、今週は他の短い話を上げていて余裕がないので(そちらも読んでくださると嬉しいです)、そちらが片付き次第、取り掛かります。
といっても、はたして需要あるのか?というオーガストとイーディスの出会い編……。
4月末ごろになりそうかな……?




