嵐のような少女
「へーえ、その子がエディの幼馴染み?」
「か~わいい!」
まだ固まっている私の耳に、楽しそうな声が響いてきた。
パタパタと軽い足音がして、数人のフードを被った男子に囲まれる。もしかして……帝国でのアルの同級生?
ていうか、エディって誰。
「エディ、紹介してよ」
「うん。こちらはカールトン公爵家の……」
「あら!奇遇ですわぁ、アルフレッド殿下。こんなところで何をなさっていますの?」
アルが彼らに私を紹介しようとした瞬間。
……また、誰か登場した!
高い声は少女のものだ。アルの向こうに、やはりフードを被った子がいて―――フードを払うと私と同じ年くらいの可愛い少女が姿を現した。
でも人のことは言えないけれど、なかなか気の強そうな顔立ちをしている。なんとなく、誰かに似ている気がするんだけど。
「出た……」
とアルの横に立つ少年の一人が呟き、アルは、はあと疲れたような息を吐いた。
抱き締めていた私を離すものの、片手は私の背に回したまま少女の方を向く。
「付けてくるなんて、皇女殿下のなさることとは思えませんね」
「付けてなどいませんわ。たまたま、港を散策していただけです」
ツン!とした調子で言って、彼女は鋭い眼差しを私に向ける。
「……アルフレッド殿下。ご紹介いただけないかしら?」
アルはもう一度溜め息をついたあと、チラッと私を見た。
「彼女はブライト王国四龍が一つ、火龍公爵家のアリッサ・カールトン嬢です。……アリッサ、あちらはこの国の第五皇女、ベルティルデさまだ」
「はじめまして、アリッサさま。お会いしたかったわ」
え……第五皇女さま?
こんなところに??
一応、周囲に護衛の姿はあるけれど、皇女さまがふらっと"港を散策"しているものなの?
驚いたけれど……彼女の敵意のある視線と、私の背に回したアルの手に力が入っているので大よその事態は把握した。
そうか。アル、この第五皇女さまに言い寄られているんだ。
そして、困っているんだね。
さっきのアルらしくない行動の理由と、アルが私に何を求めているか……分かっちゃった。これは、協力しないと!
私はすぐににっこりと笑った。
「はじめまして、ベルティルデさま。お会いできて光栄です」
帝国語で丁寧に挨拶を返し、そしてアルの体に身を寄せる。
アルを見上げ、向こうにも分かるように、そのまま帝国語で続ける。
「それから、アルと久しぶりに会えてすごく嬉しい!やっぱり手紙のやり取りだけじゃ、寂しいね」
「……うん。アリッサが帝国に来るというから、その日を指折りして待っていたよ」
アルが体を硬直させ、顔を赤くして答える。
私に仲良しアピールを頼んできたくせに……そんなに赤くなってどうするの。
あ、友達の前だから?
ライリー叔父さまがこちらに飛んできた。
「ベルティルデさま!何故、あなたのような方がこんなところに!」
その後ろで、私とアルがべったりくっついているのを見て、お祖父さまがあんぐり口を開けている。
少女は艶やかに笑った。
「あたくしは、少し街歩きしていただけですわ。……ブライト王国から火龍公爵家の皆さまが来られているのね?あたくし、ぜひ、皆さまをご案内したいわ。皇宮までご一緒しましょう。あたくしが一緒なら、城へ入るまでの面倒な手続きも必要なくてよ」
ライリー叔父さまは渋い顔になった。
明らかに"迷惑"と顔に出ている。皇女さま相手にそんな顔はヤバいんじゃないの?と思ったけれど。
皇女さまはまったく気にした様子もなくアルのそばに来て、アルの腕にそっと手を置いた。
「向こうにあたくしの馬車がありますの。殿下はあたくしと行きましょう」
……す、すごい。
こんなに歓迎されてない空気の中で、ここまで平然としていられるんだ。私、絶対ムリだぁ……。
皇女さまは私の方は一切、見ない。アルだけをじっと見ている。
アルが見事な作り笑顔で皇女さまに何か言おうとしたら、「大変、失礼ですが……」とお祖母さまの声がした。
「皇女殿下にお目もじできましたこと、大変幸甚に存じます。わたくしはイーディス・カールトン、こちらは夫のオーガスト・カールトンにございます。以後、お見知りおきを。……しかしながら今回、わたくしたちは公爵家としてではなく、カールトン商会の者として、商用で少し帝国に立ち寄っただけにございまして。皇帝陛下とご挨拶する用意もなく、また、長く滞在する予定もないのです。殿下のお心遣いは有り難いのですが、ご遠慮させて頂きたく存じます」
ライリー叔父さまの後ろから出てきたお祖母さまは、淡々と述べる。
皇女さまの顔が強張った。
「まあ!はるばるこの国までいらっしゃったのに、陛下へ挨拶をしないと?」
「火龍家当主ならば、当然、ご挨拶に伺いますが……隠退した年寄りが不肖の息子の顔を見に寄っただけですから。どうぞ、ご勘弁を」
そしてにっこり笑い、私を手招いた。
「さあ、アリッサ。アルフレッド殿下と一緒の馬車に乗るといいわ。……そちらは殿下のお友達かしら?お友達もどうぞ、一緒に」
皇女殿下の顔が赤くなる。怒っている。
だけど、お祖母さまは一向に気にした様子はない。
「それでは皇女殿下、失礼をいたします。孫も、アルフレッド殿下と会うために厳しい冬の海を越えてまいりました。二人の大切な時間を邪魔なさるなんて……そんな無粋なことはなさりませんよね?」
「……失礼するわ!」
皇女殿下は燃えるような目でお祖母さまを睨み、地団駄を踏む勢いで足音高く去っていった。
まるで嵐だ。皇女殿下なのに……私と同じ年くらいなのに……子供っぽい~……。
唖然と見送っていたら、アルが申し訳なさそうにお祖母さまへ頭を下げた。
「イーディスさま。ありがとうございました」
「いいえ。あのような方が、我が国に嫁入りされるのは、ちょっとご遠慮いただきたいと思っただけですわ。……余計な手助けでしたかしら?」
お祖母さま。
他国の皇女さまに対して、今、とても失礼なことをさらりと言ったね……うん、私もアルがあんな子と結婚したらイヤだけど!
「いいえ!とても……助かりました。アリッサも、ありがとう。急にその……ビックリしただろう?」
アルが苦笑しながらいうので、返事をしようと見上げたら、お祖父さまがおずおずと間に入ってきた。
「あー……なんだ、その……アリッサと殿下はいつの間にそんな仲に……?」
あら。
お祖父さま、さっきの小芝居の意味を分かってないの?
ライリー叔父さまも、バートも、リックやテッドたちも―――アルが困ってて私やお祖母さまが小芝居したって分かっているようなのに。
お祖母さまは軽く溜め息をついて、お祖父さまの腕を取った。
「オーガスト。ここではなんだから、道中で説明しましょう。さ、行きましょう」
はーい!




