婚約話に暗雲、漂う?!
その夜。
お祖父さまがものすごく怒っていた。といっても怒鳴り散らしたりしているワケじゃない。何も言わず、ただただ静かに怒っているだけだ。
でも、背後にマグマの幻が見える。
触れたら、一瞬で消し炭になりそうなほど怒っている。
周りの空気が沸騰していて……初めて、お祖父さまを怖いと感じた。
「ど……どうしたの?」
部屋へ入りかけて、ぐわっと押し寄せる怖い圧に思わず逃げ出した私は、別の部屋で一息ついてから侍従の一人に聞いた。
侍従は青い顔で、心配そうにお祖父さまのいる部屋の方を見る。
「実は……サフィーヤ姫さまとライアン坊ちゃまの婚約に際して、アシャム国王が……その、非常識な結納額を要求してきたのです」
「え……どれくらい?」
侍従が何度も舌を湿らせて、こそっと耳打ちで教えてくれたのは……小さい国の国家予算くらい?という額だった。
「うそ……」
「昨日の食事会では、結納品などなくても良いくらいだと仰っていたらしいのですが。先ほど、急に国王の使いが来て、払えなければ姫は渡さぬと……」
はあ?
払うとか、渡す渡さないとか……まるでサフィーヤ姫が品物みたいじゃん。何それ……!
「この国では、女性は父親や夫の財産だそうです。その価値は、親が好きに決められると使者が言ったものですから、大旦那さまはもう怒り心頭で……」
そりゃ、お祖父さまも怒るよ。私も怒った。
信じられない。財産って何!
しかも、昨日まではタダ同然で売るつもりだったけど、サフィーヤ姫の価値に気付いて、もっと高くで売れそうだぞ?と思い、値をつり上げたってことよね?
ムッカー!!
私、王さまの顔を知らないけど、今すぐ殴り込みに行きたいわ。娘の幸せを優先するのが親ってものじゃないの?!
プンスカ怒って部屋をウロウロしていたら、メアリーが困惑した様子で「お嬢さま。お嬢さまに用のある方が……」と呼びに来た。
「誰?」
「この国の侍女です。お互いに言葉が分からないので……ただ、お嬢さまの名前を言うものですから」
「……わかった」
私に?
なんの用だろう?
人目を忍ぶように物陰に隠れて待っていた小柄な侍女。
私を見るなり、彼女は身振り手振りで「自分についてきて欲しい」と言うような仕草をした。
「お嬢さま、なんの用かも分からないのについていくのはダメです」
メアリーが眉を寄せて言う。
うーん……。でも、この侍女は見覚えがあるのよね。
確か、三の姫のそばにいなかったっけ?
試しに、
「……アミーラ(姫)・ファラ?」
と聞いてみたら、侍女はホッとしたように何度も頷いた。
よし。行ってみよう!
メアリーが溜め息をつく。
「もう……こんなことならリックを連れてくるんだった」
「どうしてリックを?」
「何かあった場合にですね、逃げ出そうにも私じゃ、帰り道が分からないからです!」
……なるほど~。それは私もムリかも。
でも、そんな危ないことはない……と思うよ?一応、他国からの賓客だし。
ていうか、私、魔法で戦えるけど、ここで大きな魔法をぶっ放したら崩れるかしら……。
使用人たちが使う裏通路なのだろうか。ほとんど明かりのない薄暗い狭い廊下を行く。
足元が見えなくて怖い~。
右へ左へ曲がり、上がったり下がったりして、ようやく明るい部屋へ出たときは、メアリーと2人で泣きそうな顔になっていた。
「ゴメンナサイ、こんな呼出しをして」
部屋にいたファラ姫が、すぐに駆け寄ってきて帝国語で謝った。
「いいえ、ちょっとビックリしたけれど、面白い体験ができました」
ビビっていたことを隠して、強がりを言う。でも、顔がまだ強張っているかも知れない。
ファラ姫はほろ苦い笑みをもらした。
「アリッサさまは、お優しい……。ああ、時間がアリません。アリッサさまの一行のナカで、強い人はいますか?」
「強い人?」
それならお祖父さまとバートかなぁ。
どういう意図の質問か分からないので、答えるのに戸惑っていたら、ファラ姫はそのまま言葉を続けた。
「サフィーヤは、この国では長く虐げられていまシタ。ようやく、幸せになれるのに……あの子が美しくなっているのを見た陛下は、他の国へ嫁がせた方が益になると思ったようデス」
「えっ!」
「このままでは、サフィーヤはあなたのお兄さまとは結ばれないでショウ。ですから、今すぐ太陽神の前で、ムハカマを申し込んでくだサイ!サフィーヤを連れ出すにはそれしかない……!」
え?
ええ?
ムハカマって何?それをしたら、どうなるの?!




