地下の国はどこも珍しい
翌朝。
言われた通りの時間にライアン兄さまの部屋へ行くと、褐色の肌の美少女が兄さまと一緒にいた。
サフィーヤ姫だ。
長いストレートの銀の髪、綺麗な碧緑の瞳。少し眉が寄り、唇がきゅっと引き締められているので、怒っているような、または気難しそうな人に見える。
けど、兄さまから事前に「緊張しやすい子だから」と聞かされていたので、ギュッと握りしめた拳が震えていることに気付いた。
私相手に、そんなに緊張しなくていいのに。
よし。
向こうが挨拶をする前に、私は思いっきり笑顔になって、駆け寄った。
「はじめまして、サフィーヤ姫!アリッサです。新しいお姉さまに会えて、うれしいです!」
もちろん、帝国語だ。そして緊張に震えている手を、上からそっと包む。
サフィーヤ姫は、目を真ん丸にした。
「サフィ。イヤだったら、追い払うけど?」
横から兄さまが苦笑しつつ、言う。
あんまり聞いたことがない甘い口調で、ちょっと笑いそうになった。なんていうか、身内がデレてる姿って……むず痒いもんなんだね~。
私のそんな思いに気付いたのか、兄さまがジロッと睨む。
ふふん。甘々兄さまが睨んだところで、平気だもーん。
サフィーヤ姫は何度か深呼吸したあと、ぎこちなく微笑み―――
「ワタシも、アリッサと会えて、うれしい」
はにかみながら、小さくそう言ってくれた。
良かった。仲良くなれそう!
サフィーヤの案内で、アシャム国見学ツアーが始まった。
アシャム国は、下に向かって8階層から10階層ほどあるらしい。
もしかすると、もっと深いエリアもあるかも知れないそうで(勝手に掘って広げる人がいるらしい)、国の全貌を把握している人ってちゃんといるのかなぁ?
それにしても地下10階って……なんだか怖そうだよね~。
―――最初に神殿に連れて行ってもらった。
真っ白な神殿の随所にガラスや金で造られた飾りがあり、キラキラ眩い。
ひええ、くらくらする……。
地下の国なので、太陽に対する憧れというか尊敬の度合いがすごいようだ。
兄さまと2人で目を細ながら、神殿を眺める。
ブライト王国の神殿は、前世でいうギリシャ神殿っぽい感じ(行ったことがないから、写真で見たイメージだけどね)。長方形の建物に柱が並んでいて、奥の中央に神さまの像が立っている。
対してアシャム国の神殿は、丸い半球型だ。
てっぺん中央には美しい切れ込みガラスの天窓。その真下に天窓と同じサイズの、高さが50cmくらいの丸い台があって……真ん中に驚くほど大きな透明の石が嵌め込まれており、周囲には複雑な紋様が描かれていた。
サフィーヤ姫の説明によると、それは台ではなく、いわゆる神像に当たるものらしく、太陽神を表しているらしい。
で、この台に向かって、みなはぐるりと放射線状に囲んで礼拝するんだとか。
「えと……神官はいますか?どこに立つんでしょうか?」
「太陽神官がイル。北の位置にタッて、礼拝を取りシキル」
北……あ、あの扉の前かな?あそこの床だけ、色が違う。
他にもあれこれ、私が繰り出す疑問に一つずつ丁寧にサフィーヤ姫は答えてくれた。
うう、優しくていい人だ~!
サフィーヤ姫は帝国語もそんなに流暢ではないのに、一生懸命、分かりやすく説明してくれる。面倒くさがる感じは、全然、無い。後ろでライアン兄さまの方がうんざりしているくらいだ。
そして途中からは、ブライト王国の言葉ではなんと言うのか教えて欲しいとお願いされたので、ついでに私もアシャム国の言葉を教えてもらうことにした。
言葉を教えてもらいながら観光するって……本で覚えるより覚えやすいね!
三層までは、身分の高い人のエリアらしい。
どこも白い壁や床で、床の端は飾り模様のような穴があいている。下の階層に光を届けるためだ。
もちろん、天井からの光だけではなく、魔石を使ったランプも各所に設置されている。とにかく地下とは思えないほど明るい。
また、ところどころに円形の部屋があって、そこには植物がたくさん置かれていた。
普通の建物みたいに窓から外の景色が見えることはないものの、あんまり地下を意識しない快適空間な気がする。
そして四層から下は―――王族など貴族は足を踏み入れないそうだけれど、今回は特別に市場の様子だけ見学する許可が出た。
市場は……長い廊下だった。
左右に畳2畳ほどの部屋がたくさんあり、そこが一つずつお店になっているようだ。
うーん、すごい。地下の商店街!
1軒ずつ覗いて、買い物して回りたいけど……それはダメだって。残念。
ここは三層までと違って、壁や床は白くなく、本来の岩石そのまま。砂色の世界だ。
空気孔も兼ねている手の平ほどの穴が天井のところどころに空いていて、そこから上の光がぼんやり漏れている。それを、特殊な加工をした鏡のような魔道具で拡張して周囲を照らしているのだけれど、正直なところ、暗かった。
下の階層はもっと暗くなるそうだ。
じゃあ底って…めっちゃ暗そう~……。




