読書習慣、順調に拡大中!
今回、文量多めです
本日は領の神殿へ!
この頃はいつも護衛にはテッドとガイがついているのだけれど、今日はリックとメアリーだ。
リックはどうやら勉強で煮詰まっているらしく、気分転換してこいとテッドが交代を申し出たらしい。
馬車で向かいに座るリックに尋ねた。
「勉強、大変?」
「あー、勉強よりも礼儀作法とかそういうの?そっちが難しいかなー。あと、俺は敬語の使い方が変らしくて。てことでお嬢、なるべく普段でもお嬢には敬語を使いたいんだけど」
横でメアリーもウンウンと頷いている。私は口を尖らせた。
「えーーー、それ、寂しい~~~。だって学園に行ったら、私も大きなネコをかぶらないといけないもん。楽に話せる相手は大切なのよう。切り替えに慣れておいてよ」
「なんだよ、ネコをかぶるって。ネコなんてかぶれねぇだろ。……無意識でも正しい言葉遣いが出るようにしなさいって侍女長に言われて、間違えたら正しい敬語を呪文みたいに百回唱えさせられるんだぞ。毎日毎日、舌が攣るっての」
ぷっ。
思わず吹き出したら、恨みがましい目で睨まれた。
ごめん、リック。
神殿に着くと、すぐにヘイリーさまが迎えに来てくれた。
後ろには子供たちもぞろぞろとついている。
「おじょうさまー、新しい本、ある?」
「ボクねぇ、もう一人でもよめるよ」
「あたしもよめるよー!」
ヘイリーさまに挨拶をしようとしたけれど、きゃあきゃあわあわあ、とても賑やかでそれどころじゃない。
神殿で子供たちに文字や計算を教えているヘイリーさまは、苦笑しながら温かい目で子供たちを諭した。
「もう、ダメですよ!まずはアリッサさまにご挨拶でしょう。練習したことを忘れましたか?」
「「「はーい!……アリッサさま、しんでんにおこしいただき、ありがとうございます。おまちしておりましたぁ!」」」
すごい大合唱にちょっと気圧されつつ。
私はにっこり笑って、カーテシーをした。
「ごきげんよう、皆さま。歓迎していただき、とても嬉しく存じます。……新しい本、ちゃんと持ってきたよ~、それと新しいオモチャもね!」
わぁぁっ!
歓声が上がった。5、6才くらいまでの子供たち10人ほどが荷物を持っているメアリーに群がる。オモチャが人気だけど、新しい本を胸に抱えて幸せそうな子もいた。ほっこりする光景だ。
ヘイリーさまは申し訳なさそうに肩をすくめながら、私に頭を下げた。
「なかなか……礼儀を教えるのは難しいものですね」
「ふふふ、字が読めるようになったし、計算もできるようになったし……少しずつ覚えていくので、いいと思います。貴族への礼儀なんて、普段はあまり必要ないじゃないですか。私はここのこの雰囲気が好きですし」
「アリッサさま……。老婆心から申し上げますが、こういう空気に慣れすぎてはいけませんよ。カールトン領は本当に伸びやかで良いところですが、それが当たり前になっていては、学園で苦労しますよ」
う。痛いところを突かれてしまった……。
やっぱり、リックにも敬語で話してもらって、私もお嬢さま言葉で返さないとダメなのかなぁ。
子供たちの相手はメアリーに任せて、応接室で神官長とヘイリーさまとお話をする。
以前、収穫祭のときに読書感想文大会をする!と言ったけれど、ヘイリーさまによるとそれはまだ難しそうとのことで……代わりにみんなには"おすすめ本"を書いてもらっていたのだ。
収穫祭は、私は領都近辺を回って神殿には来るヒマがなかったため、今日、ようやくそれを見せてもらう。
ヘイリーさまが広げた紙には、個性的な字がたくさん踊っていた。
大人から子供まで、「この本、おもしろいよ」「ぼうけん、すごい」「たのしい」、それぞれ短い言葉だけど、書名とオススメの一言。どれも一生懸命書いたのが分かる。
私が一つずつ読んでいたら、ヘイリーさまは愛おしそうに紙を撫でた。
「この紙を貼り出していたら、字をもっと綺麗に書かないと!という意識も芽生えてきたみたいでして。この頃は、誰が一番綺麗な字を書くかという競争が起きているんですよ」
「へえ!」
そうなんだ。
前世でお習字の字を教室の後ろに貼り出していたけど、それはもしかしてこういう狙いがあったのかしらん?私は全然、綺麗な字を書こうとは思わなかったけどさ。
「それと……ケイティさまでしたか?ネコになって旅をする可愛らしい本を書かれた方」
「あ、はい」
「その方がアリッサさまと同じ年のお嬢さまだと話したら、感激した女性がいましてね。お手紙をいただきましたの。ぜひ、ケイティさまにお渡ししたいのです」
なんと!
ファンレター?!
それはケイティさまが喜ぶ~。
実は、ケイティさまはちょっと前に初の童話を書いてくれたのだ。長靴を履いたネコに触発されたらしく、ある日、少女がネコになって世界を旅する話。
トラブルに巻き込まれたり、優しい人に助けられたり、可愛くて面白い話だった。
それを領の神殿用にと、少部数の冊子を作って置いてもらっていた。
「お手紙をもらったら、ケイティさまもとても喜ぶと思います!」
「ええ、わたくしもそう思いまして。一応、中身は先に読ませてもらいましたが、アリッサさまも念のために目を通して、ケイティさまが気を悪くなさらないか、確認してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ヘイリーさまがチェックしてるなら、大丈夫と思うけど。
うふふ、早くケイティさまに届けなきゃ!
帰りに……リックと同じくらいの少年が、ちょうどそのケイティさまの本を乱暴に棚に放っているのを目撃してしまった。
ヘイリーさまが青くなって「ロン!何をしているの!」と怒る。
ハッとこちらを振り返った少年は、バツが悪そうに視線を逸らしながら、モゴモゴと言い訳をした。
「いや、だって……こんなバカな話、ぜんぜん面白くないし」
「あなたが面白くなくても、それを面白いと感じる人もいるのですよ。そもそも、どんな理由があろうと本を乱暴に扱ってはなりません」
「……すみません」
ぶすっとした口調で謝って、少年はふいに私を真っ直ぐに見た。
「でも!オレなら、こんなのより面白い話を作れる!」
「ロン!お嬢さまに無礼だろう!」
後ろにいた神官長さまも、さすがに慌てて止めに入る。
私は、奔放に跳びはねた深緑の髪の少年をじっくり眺めた。
「大丈夫です、ヘイリーさま、神官長さま。……ロン?あなたは本を書きたいの?」
「書きたいワケじゃない。ただ、オレはこんな変な話より、もっと面白い話を話せるからさ……」
ふうん。
……そういえば、まだ平民の作家っていないのよねぇ。彼が小説を書けるようになったら面白い、かも?
「あのね。ホラ話なんて、誰でも話せるんだよ」
「あん?オレのホラ話は、他のやつが思いつかないようなのばっかりだぞ」
ちょっと自慢げに彼が言うので、私はふふんと鼻で笑った。
「適当な話をでっちあげただけじゃ、本にはならないわ。起承転結って分かる?お話は、途中で盛り上げて、最後はそれを活かす形で終わらないといけないの。たとえばね」
私はずいっと近寄って、少年を見上げた。
少年が一歩、後ろに下がる。
「ある村によくウソをつく少年がいました」
「……あ?」
「彼は、人を驚かせるのが大好き。今日も他の人が思いつかないウソで、村人を驚かせます。……これだけでは、お話にはならないでしょ。だから、こんな風に続けるの。ある日、とんでもない魔獣が森に出ました。少年はそれを村人に知らせに行くけど……いつもウソをついているから、誰も信じてくれません!」
「そ、それは……」
少年が嫌そうな顔になる。
私はニヤッと笑った。
「そう、誰も信じてくれない。そのせいで……なんと少年は魔獣に食べられちゃったのです!」
「ひ、ひでぇ!」
少年が悲鳴を上げた。私は、肩をすくめた。
「……というお話にするのもいいし、または、少年がいつもウソをつくのは、病弱な妹を喜ばせるため。妹は、お兄ちゃんがこんな怖いウソをつくはずがないと、村人たちに訴えます。村人たちは、そうか、彼が変なウソをつくのは妹のためだったのかと納得し、みんなで力を合わせて魔獣退治へ行きます。そして、少年は助かったのでした、という話もいいよね~」
「…………」
少年はポカンと口を開けた。目を真ん丸にさせている。
「つまりお話って、最後をどうまとめるかが重要ってことなの。……ねえ、ロン。ぜひ、ステキな話を作ってみてね。不幸な話が好きな人もいるけど、私はみんなが幸せになる話が好き。せっかく架空の話を作るんなら、お話の中も、読んだ人も幸せになれるような話っていいと思う」
「う、うん……」
「それじゃあ、がんばって、まずはお話を一つ考えて、書いてみて。そして、書けたらヘイリーさまや神官長さまに見せるの。二人がいい話だ!って言ったら……」
私はさらに少年に近寄って、その手をぎゅっと握った。
「私がそのお話を本にして出版してあげる。そしてその本が売れたら、ちゃんと印税……お金を払うよ」
「え?」
「まぁ、まずはヘイリーさまと神官長さま、そして神殿に来る子供たちが面白い!って思わないと売れるような本にはならないけどさ」
「わ、わかった」
さーて、どうなるかなぁ?
馬車に乗り、動き出してから……リックが口を開いた。
「お嬢、ロンのこと知っていたのか?」
「なんの話?」
意味が分からなくて、私は首を傾げる。
リックは、苦笑した。
「なんだ。ロンのこと知らなくて、あんな例え話をしたのか?あいつ、母親が病気がちなんだよ。それで、寝込んでいる母親の元でいろんな作り話を聞かせているんだ。それを知っているのかと思った」
「えっ、そうなの?全然、知らなかった」
「さすがお嬢……」
呆れたように言わてしまった。リックは、今はカールトン家の屋敷で暮らしているけれど、下町にいた頃はロンとご近所さんだったらしい。
「えーと……悪い例え話をしちゃったかな?」
「そんなことないんじゃないか?物語の結末の違いですごく印象が変わると分かって、ちょっと感動しているようだった。あいつ、本当に話を作ってくるかも。いいのか、本にするなんて話をして」
少し心配そうに聞かれたので、私は「いいに決まってるでしょ!」と言い切った。
作家という仕事を今の段階で勧めるのは止めておいたけど、もし、お話を作るのが好きで、才能があるなら……ぜひ、応援したいじゃん。
この世界に、面白い小説をいっぱい増やしていかなくちゃね?




