これからも幸せな日々を重ねていけるよう、願いつつ
私の誕生日の翌日は、ラクの誕生日会だ。
王都から領へ戻り、午後はケーキやご馳走を用意して、裏庭のガゼボへ。
今年はビル、テッドに加えて、リックとメアリー、ガイもいる。
ラクがお誕生日席でしゃちほこばって座っているのが可笑しくて、つい、テッドと2人でクスクス笑ってしまった。
さて、今年のラクへのプレゼントは……
「これは……?」
「万年筆だよ。ラクも従者の仕事をしていると、今後はメモを取ることも出てくるだろうからね。メアリーやリック、テッドともお揃いだから!」
三姉弟には、春華祭のときに髪色に似た柔らかな茶色の万年筆を贈っている。木目のとても綺麗な万年筆だ。
一方、ラクは黒髪なので、髪色に合わせるなら黒い万年筆だろう。だけどメアリーたちに懐いているので、三人とお揃いの方が嬉しいだろうと思ったのだ。
ラクは目を真ん丸にして、そっと万年筆を取り上げた。
そして、困ったようにリックを見る。
リックはくしゃ、とラクの頭を混ぜた。
「大丈夫だ。ちょっとは字を読めるようになってきただろう?書く練習をすれば、もっと読んだり書いたりできるようになる」
「本当か?」
「ああ。俺もテッドも、前にすごく練習したんだよ。お前だって出来るさ」
「ん」
唇を噛み締め、真剣な顔で頷くラク。
それが、急に笑顔になった。
「ここ!オレの印が入ってる!」
軸に"楽"の字を見つけて、パッと顔が明るくなった。
「うん。ラクのものだからね。ラクの印を入れないと」
「そっか。姫さん、ありがとうございます。うれしい」
「いえいえ、どういたしまして」
おおお、ラクがお礼を言えるようになったよ。なんか感慨深い。
ちなみに、万年筆の軸に楽の字を彫るのも書くのも私にはムリそうだったので、職人さんにお願いした。
細いコテで、私の書いた楽の字を、焼きながら書いた職人さんの腕に感謝!
ニコニコと万年筆を握りしめるラクに、リックはドン!と数冊のノートを置いた。
「じゃ、俺からのプレゼントはこれな。このノートいっぱいに文字を練習しろ。こっちは教科書だ。教科書の方は、大切に扱えよ?」
「えっ」
「あ、オレはこれ!肩掛けカバン。いいだろ~。でもな、仕事のときは使うなよ?街へ遊びに行くときに持っていくものだからな」
「あたしはハンカチね。優秀な侍従は、キレイなハンカチを身につけないと!ほら、ちゃんとラクの印も刺繍したのよ。いい?10枚用意したけど、毎日、取り替えて洗うのよ?もし、汚れても、来年また新しいものをあげるから、ちゃんと使いなさいね?」
リックに続いてテッドとメアリーもプレゼントを渡す。
ラクは目を見開いたまま、硬直してしまった。
ガイが笑いながら、プレゼントの一群の中にナイフを置く。
「オレからは、ナイフだ。前のやつよりいい切れ味のやつだよ。足につけられるよう、留め紐もセットだ」
最後はビルだ。
「この1年で庭仕事の靴がすっかりボロボロになったじゃろ。新しい靴だ」
それをじっと見ているラクは、そのうちハッハッと荒い呼吸になり、目が血走ってきた。
あれ?だ、大丈夫?
その場の全員が顔を見合わせた。
どうしよう?
すると、ラクがバッと頭を抱えて蹲った。
「こ、こんなに宝物ふえたら、オレ、部屋からでられない!」
「はあ?!」
リックが大きな声を出した。
「何、言ってるんだ?」
「だって、大事なものは見はってないと。ぬすまれる」
「……この火龍家の敷地内で、そんなマネするヤツはいねぇって」
「でも……でも……」
思わず私はラクに手を伸ばした。
「ラク。本当に大事なのは、物じゃないよ」
ああ、私やアルを殺そうとした少年は、私と出会うまでなんて悲しい生だったんだろう。
ノートやハンカチさえ、誰からも盗られないよう見張らないといけないと思うくらいに。
「物は、これからもどんどん増えていくからね。そして、物はいつか壊れてなくなっちゃうから」
「い、いやだ、オレはこわさない」
「壊れても汚れてもいいの。さっき、メアリーが言ったでしょ。来年、また新しいのをあげるって」
「だけど……」
不安に揺れる色違いの目が私を見た。
私は万年筆を握るラクの手を包んで、にっこり笑った。
「ラクが一番大事にしないといけないのは、メアリーやリック、テッド、ビル、ガイ……ラクの周りにいる人たちだよ。その人たちがいなくなって、プレゼントだけ残っても寂しいよ」
「……」
ラクが息を飲んで、目を見開いた。
「姫さんもか……?姫さんがいなくなるのは、イヤだ」
「うん。他の人たちは?」
「……イヤだ」
「そうだね。だから、周りにいる人を大事にしてね。プレゼントは、良い子にしてたら、これからもいっぱいいっぱい貰えるから。そのうち、もう要らないっていうくらい」
「いらなくならない」
「そう?でも、誰から何をもらったか分からなくなるくらい、いつか、いっぱいになるよー」
それくらい長い年月を、ラクがこの優しい人たちに囲まれて暮らしていけますように。
遠い未来の想像が出来ないラクは、きょとんとして首を捻っていたけれど、私はそう願わずにはいられなかった。
だってラクはもう……非情な暗殺者じゃないんだから。




