帝国生活、満喫中?
フロヴィンらと一緒に過ごすことが増えて、僕の日常は驚くほど大きく変化した。
正直、いいことなのか、悪いことなのか、難しいところだ。
何故なら、決して貴族の前では口にできないようなスラングを教えてもらったり(というより、勝手に彼らが話す)、下町で平民が食べるジャンクフードを食べて回ったり、賭けをしたり(ちなみに賭けるのは、お菓子や宿題の代行だ)、いたずらをしたり。たぶん、母上やヘザーが知ったら卒倒しそうなことを日々、僕は学んでいるからだ。
リートがニヤニヤしながら、僕を突付く。
「エディ、どうせなら学習院卒業の16歳まで帝国にいなよ。15になったら、兄貴がオトナの行くヒミツの店へ連れて行ってくれる約束なんだ。エディも一緒に行こう。すごい体験ができるらしいんだ」
「えっ……いや、僕はいいよ」
彼らから教えられることは、どれも新鮮で面白くて楽しい……けど、なんだかそこは行かない方がいいような気がする……。
ところでエディとは、僕のあだ名だ。
下町で呼ぶときに、周りにバレないようにと彼らが付けてくれた。帝国語で宝石という意味の言葉を縮めたものなんだとか。僕の青い瞳からそうなったらしいけど、由来がなんだか恥ずかしい。
「えーーー、なんでだよ。エディ、行こうよ。なんなら、そのときに短期留学でまた来るのでもいいよ。今でもモテるから、大きくなったらもっとモテる!可愛い女の子に囲まれてきゃあきゃあ言われようよ!」
「そういうのは苦手なんだ」
「なんだよーう。モテるからってズルいなぁ」
マークもニヤッと笑って肩を組んできた。
「エディは真面目すぎるって。もうちょっと肩の力を抜いて行こうぜ。てゆーか、真面目に悪いことに取り組むのもどうかと思うなー。……あれ、でも俺たち、ブライト王国の王さまに、息子に悪いこと教えた罪で処刑されるかな?」
さすがに処刑はないだろうけど、父上はともかく母上はマーク達を恨みそうだ。
ま、父上にも母上にも、今の生活のことは絶対に言わないけどさ。
ちなみに、フロヴィンらのおかげでベルティルデ皇女からは逃げられるようになったものの、他の女の子から声を掛けられることは増えた。
フロヴィンいわく、平民とも親しくする僕なら、もしかして見初められるかも?!と女子の期待値が上がっているらしい。
ついでに、反皇帝派からもやたら親しげに話し掛けられるようになった。
どこの国も派閥争いで面倒だ……。
夜。
その日の復習と明日の予習をして、終わったらウィリアムがホットミルクを持ってきてくれた。
「お疲れさまです、殿下」
「ありがとう」
ウィリアムは、僕が夜に勉強をしている間は自室で筋トレしているようだ。最近は他の護衛の人と親しくなり、何やら変わった武術をときどき教えてもらっているとも聞く。
「ウィルは……」
「はい?」
「僕がフロヴィンたちと下町を歩き回ったり、賭けをしたりすることに、何も言わないね」
ウィリアムはフフと軽く笑った。
「ブランドンさんやヘザーさんだったら、今すぐ彼らと縁を切るよう言いそうですよねー」
「うん。すごく怒るだろうな……」
「でも、楽しいんでしょう?」
返事の代わりに小さく肩をすくめる。
ウィリアムは嬉しそうに目を細めた。
「殿下が楽しんでいるなら、良かった。本国では出来ない体験ですし」
「ブライト王国では出来ない?」
「はい。殿下が城下へ降りたいと言ったときに、僕は本当はもうちょっといろいろなところへ連れて行ってあげようと思っていたんですよ。でも、王家の影が付けられました。あまり妙なところには行かないようにと釘も刺されましたよ」
僕はそんなことは知らなかったので、驚いてウィリアムを見た。
「そうだったのか」
「はい。今回の留学も、諸侯は影を付けるべきだという見解でしたよ。それを、最終的に陛下が影は付けないと仰った。殿下の希望もあるから、と」
「父上が?」
なんだか意外だ。父上が四龍に意見するなんて。
「そうですよー。陛下がそう仰ったのは、きっと、帝国で殿下を自由に過ごさせてあげたいってことだなと僕は思いました。だからいたずらとか、気にしないでどんどんやっちゃってください。僕は見てないことにするので」
ふうん。
父上はシンシア様の言いなりで、僕のことなどどうでもいいと思っているんだろう……とずっと考えていたけれど。
王位を継ぎたくないと打ち明けたとき、父上は一瞬だったものの優しく微笑んでくれた。そして、「わかった」とすぐに頷いた。
案外、父上は僕のことを思ってくれている……のかも知れない?




