帝国学習院での日々
帝国学習院で、さまざまなことを学ぶ生活が始まった。
ただ、帝国貴族と僕とでは、基礎学習内容が違う。そのため、幾つかの授業で僕は一つ年下のクラスに参加することになった。
ブライト王国の水準が低いと言われているようで悔しい。
悔しいけれど……一つ年下でも、内容についていくのは割りと必死になる必要があって大変だ。
特に数学などは、驚くほど高度だった。もっと上の学年で教わるものを参考までに見せてもらったが、こんな難解な計算を行えるようになって、正直、どうするんだろう?と首を捻ってしまう。
一方で理科という科目は、面白い。実験などもあって、ワクワクする。
ちなみに地理や政治学、軍事学など、受けられない科目もあった。これは政治的な理由だ。
僕が帝国の地理や軍事学を学んだからといって、帝国へ侵略するはずもないが、空いた時間で特別授業を組んでもらっているのは、有り難い。一つ下のクラスは嫌なので、早く上に上がりたい。
さて、一つ下のクラスから上のクラスへ上がりたいのには、帝国貴族に負けているようだからという理由の他に、別の大きな理由もある。
……現在、面倒な人間に絡まれているからだ。
「アルフレッド殿下!今日も、あたくしと一緒にお昼を食べませんこと?」
「君と一緒に食べたことは、一度もないよ」
「あら、そうでした?では、今日こそ一緒に」
「申し訳ありませんが、ご遠慮します」
「まーあ!このあたくしの誘いを断るなんて、本当に失礼ですわぁ。……そういうツンケンしたところも、素敵ですけど」
ふわりと長い水色の髪の少女が、僕の横でフフフと笑う。握った拳を顎に当て、軽く首を傾げて目をパチパチさせている。
……ああ、うんざりする。
彼女はベルティルデ。帝国の第五皇女である。
皇女に帝位継承権はないそうが、皇女の中では一番、位は高いらしい。そのせいか、やたら矜持が高く自信に満ち溢れていて、明らかに僕が嫌がっているのに、微塵も気にせず毎日突撃してくる。
怖い。
「ねえ?今週末にあたくしの屋敷でパーティーをしますの。殿下もいらっしゃらない?」
「いいえ。僕は、勉学のためにこの国へ来ていますので。のん気にパーティーへ出席している暇がないのですよ」
「あらぁ?そんなに必死にならなくても、殿下の成績は素晴らしいじゃありませんか」
……この皇女に負けているけどね!
皇女は、今度は人差し指を唇に当て、上目遣いで僕を見た。
「頭でっかちの男は嫌われますわよ?」
「嫌っていただいて、結構ですよ?」
「うふ。あたくしは、頭のいい方が好きですわぁ」
「そうですか。良かったですね」
席に座り、教科書を広げて読み始める。
もう話は終わり、話しかけるな!という態度だが、もちろん、彼女はそれで諦めない。
「アルフレッド殿下。お勉強がお好きなら、あたくしと予習復習するのはどうかしら?一緒にやれば、きっと効率が良いと思いますのよ?」
「皇女殿下のお気遣いには感謝しますが、結構です。僕は独りの方が捗るので」
教室中の他の生徒たちは、直接こちらを見ないようにしつつも、興味津々で耳を傾けている。
斜め前のあいつらなんて、いつ、僕が皇女に折れるか賭けをしているくらいだ。
まったくもう、他人ごとだと思って!少しくらい、助けて欲しい。
「ねえ、アルフレッド殿下。あたくしのこと、そんな他人行儀に皇女殿下なんて仰っしゃらず、ベルと呼んで下さらないかしら。あたくしも殿下のことを愛称でお呼びしたいわ。アル?アルフ?」
「止めてください」
思わず、きつい声が出た。
アルと呼んでいいのは、母上以外ではアリッサだけだ。他に許すつもりはない。
教科書を閉じ、皇女に視線を向ける。
「あなたに愛称呼びを許すことなど、ありませんよ。僕があなたを愛称呼びすることもない」
「……今はまだ、ね」
挑戦的に瞳を光らせ、皇女は唇を歪める。可愛い子ぶるより、そちらの表情の方がピッタリだ。
僕はなるべく落ち着いた口調で、ゆっくりと言葉を発した。
「外交的配慮で遠回しにお断りしても、あなたにはまったく伝わらない。困りましたね。仕方がないので、はっきり言いますが。皇女殿下。君は僕の好みじゃない。今後は、声を掛けないで欲しい」
皇女は、すーっと目を細めた。唇が緩やかに弧を描く。
恐ろしく楽しそうな顔だ。
「あら、まぁ、残念ですわぁ。でも、殿下の好みは関係ありませんのよ。あたくしの方は、意志の強い方は好きですけれども。……そうね、まだまだ時間はありますもの。もっと時間をかけて、お互いを深く知っていきましょうね?」
冗談じゃない!
昼休みになると、急いで教室を出て人気のない場所へ避難する。
あーあ。僕は悪いことをしていないのに、どうしてコソコソ逃げなくてはいけないんだ……。
付き従うウィリアムが、後ろで感心したように呟いた。
「いやぁ、それにしても、とんでもないご令嬢に目を付けられましたね、殿下」
「最悪だよ……」
「国では、アリッサ様がいましたもんねぇ。アリッサ様を差し置くワケにいかないから、ご令嬢方も、お茶会で殿下に群がっても、さすがにあんな露骨には言い寄らなかった……」
そうなんだよなぁ。
でも、あれだけ皆の前ではっきり断っても、響いた様子が欠片もないのは、本当に怖い。
情けない話だけど、もう、ブライト王国へ帰りたいよ……。
アルフレッド、女難の相の巻。
さすがにベルティルデは兄には勧められない……。(義理の姉になっても怖い)




