皇帝との面会
帝都に着き、皇帝に面会する。
父上よりやや年上のライヒトゥム帝国の皇帝は、鮮やかな水色の髪と夕暮れのような濃い青紫の瞳をしていた。非常に印象的な色合いだ。
感情の読めない鋭い視線が僕を上から下まで観察しているのを感じる。
僕も表情を消して、胸に手を当て一礼した。帝国の臣民や属国なら跪いて礼をするだろうが、帝国より古い国の王族である僕がへりくだる必要はない。
皇帝がゆったりと口を開いた。
「ようこそ、我が帝国へ。古の龍に護られた王国の王子よ。余はディアーク。この国の皇帝だ」
「初めまして、ディアーク皇帝陛下。ブライト王国第二王子のアルフレッド・ハノーヴァーと申します。このたびは、わたくしの留学を受け入れてくださり、感謝いたします」
「歴史深い貴国と比べれば、我が帝国で学べることなど大したことはないでしょうが。歓迎いたしますよ、アルフレッド殿下」
その後、贈り物の一覧を渡し、当たり障りのない会話を交わす。
皇帝は、なんだか腹の底が読めない人だ。やはり大国の長ともなれば……そんな風になるんだろうか。
まあ、父上なんて何ごとに対しても無気力なところがあるから、端から見れば似たような感じだけど。
でも、威圧感がまったく違う。
とりあえず、事前に叩き込んだ帝国の情報を参考に、無難に話を進め、やがて辞する時間となった。
そのとき。
皇帝の横に控えていた皇太子フォンゼルが軽く肩をすくめた。
「それにしても、龍の護る古き国の王子ともあろう方の護衛がそれだけとは。少々、心許ない」
「フォンゼル。失礼であろう」
皇帝が静かに嗜める。
今年、19歳だというディアーク皇帝によく似た皇太子は、すぐに小さく笑って頭を下げた。
「おっと。確かに、失礼でした。護衛の人間と見せかけて、実は龍かも知れませんしね」
僕の後ろで、ウィリアムが小さく長くフーッと息を吐き出した音が聞こえた。たぶん、腹を立てている。
だけど、僕は別にどうとも思わなかった。
こちらを馬鹿にしているつもりかも知れないが、やり方がくだらない。
僕は皇太子ににっこりと微笑む。
「我が国の龍は、王を護るのではなく国を護る龍なのですよ。わたくしは、自分の身は自分で守ります。まあ、まだ未熟ではありますが。……しかし、驚きました。帝国は護衛を引き連れて来なければならないほど危険な国だとは」
皇太子の顔が強張った。
その横で―――
「ふ、ふふ……これはお前の負けだ、フォンゼル」
初めて皇帝が口の端を持ち上げ、目を細めて笑った。
……笑った、と思うけれど。一瞬、場がひやりと冷えた―――気もする。
皇太子は唇を震わせ僕を鋭く睨みつけたが……すぐに深く頭を下げた。
「……申し訳ない。失言でした」
僕はそれに答えず、ただ軽く肩をすくめるにとどめた。許すと返しても嫌味だろう。
扉脇にいた侍従が謁見時間の終了を告げる。
良かった、さっさと退出しよう。
会ってくれたことに感謝の意を述べ、退出しようとしたら―――皇帝から質問された。
「アルフレッド殿下。殿下はまだ、婚約者がおられないな」
「……はい。兄がまだ決まっておりませんから」
ああ、これは……なんとなく嫌な方向へ進みそうだぞ?
注意して答えないと。
僕の用心を見て取ったのか、皇帝は薄く笑んだ。
「我が帝国には、なかなか愛らしい姫が多くいる。殿下には、留学期間中に良い出会いがあるやも知れぬ。そのときは、ぜひ、余に連絡なさるがいい」
「ありがとうございます」
冗談じゃない。帝国の姫なんて、面倒な予感しかしないじゃないか。
あ、そうか。兄上に合う人がいないか、探しておこうかな。国内でちょうど良さそうな相手がいないんだもんな。
謁見室を出て、ホッと息を吐く。
皇帝の覇気というか、圧で息苦しかった……。
後ろを歩くウィリアムが抑えた声で囁く。
「皇太子、めっちゃムカつきますねー」
その横にいたバートがくつくつと笑った。
「向こうの方がもっとムカついているでしょう。アルフレッド殿下の方が一枚上だった。……殿下、見事な返し方でしたな」
バートとライリー、実はウィリアムより更に下がった位置で控えていた。
王国から帝国への贈り物を持ってきたカールトン商会という立ち位置だ。
「別に……イラッとするほどでもないというか。つまらない見栄を張るなぁ、と」
「ふふ。確かに。彼はぞろぞろ人を引き連れて歩くのが好きなんでしょう。……ただ、殿下は皇帝に気に入られましたな。留学中、お気をつけください」
「はい」
ま、次に皇宮へ来るとしたら、帝国を出るときだ。
僕は婚約者探しや外交をしに来た訳じゃない。折角だからしっかり、勉強に励むさ。




