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初めての体験の日々、そして自身の血を感じる

 港町から陸路で帝都まで。

 カールトン商会の荷を運ぶ隊商と一緒なので、3日ほど掛かる。早駆けの馬なら、1日で着く距離らしい。

 第二王子という身分であれば、本来は他国を訪れる際はもう少し仰々しい御一行様になるのが普通だ。

 しかし今回、僕は1年も留学する。そして、その間の護衛はウィリアムのみ。なので、最初だけ仰々しく帝都入りする必要もないだろう、なるべく身軽に帝国へ行きたいと要望したら、こうなった。

 そんな訳で隊商にいる間は、安全のために商会の見習いを装う。ちょっと新鮮な体験で、わくわくする。

 ちなみに、バートも帝都までついてきてくれる。僕のそばにいるために、彼も使用人風な装いだ。……あまり下っ端には見えないけれど。


「え?仕事は手伝わなくていいですよ?」

「せっかくの機会なので。あまり役に立たないと思いますが、手伝わせてください」

 ライリーに頼み込んで、商会の手伝いをさせてもらう。

 荷物を運んだり、馬車の御者をさせてもらったり。

 道中、気のいい商会の人たちからは草笛を教えてもらった。みな、僕が何者か知っているが、敬語は使わずに気安く話してくれて楽しい。

「草笛……難しいな、音がうまく鳴らない……」

「そうだなー、もうちょっと口をすぼめて。細く息を出す感じで。そうそう、あとちょっと!」

「あ、それが出来たら、指笛も覚えるかい?」

「はい、ぜひ」

「おーい。その子に、あまり妙なことを教えないように!」

 そんな風にわいわいがやがやとやっていたら、ライリーが心配そうにやって来た。

「旦那さま、妙なことってなんですかい」

 途端に使用人たちは不満そうに口を尖らせる。

「オレたちゃ、品行方正ですよ~、妙なことなんざ、知りませんって」

「そうそう。バートの旦那ならいざ知らず」

「ん?なんだなんだ、こっちにお鉢が回ってきたな。私も今じゃ、品行方正の見本のような男なんだが」

 僕の後ろで黙って見守っていたバートがニヤリと笑う。

 途端に、ライリーが吹き出した。

「あはは、品行方正なバート様?……そりゃ、もうバート様じゃない。リーバルの女たちが嘆きますよ」

「こらこら。健全な少年の前で妙なことを言うのは誰だ。間違った見識を彼に植え付けないでくれ」

 ふふふ。王城では、こんな空気は味わったことがない。

 船も面白かったし、隊商も面白い。あーあ、王族じゃなく、普通の民に生まれたかったなぁ。


 バートに稽古もつけてもらった(船の上では危ないからと相手をしてくれなかった)。

 兄弟なのに、グレアムとは全くタイプの違う戦い方だ。

 僕はグレアム以上に手も足も出なかった。どこから剣撃が来るか予測はつかないし、どれだけ速く打ち込んでも、まるで風に流されるかのように、ふわりと躱される。掴みどころがない。

 僕がヘトヘトになっても汗一つかかずに、バートはにこやかに言った。

「殿下は筋が良いですよ。いずれ、かなりの手練れになりましょう。……まさか、他国へ侵略なさるおつもりではないでしょうね?」

「まさか!」

 冗談っぽく言いつつ、目は笑っていなかったので、僕は慌てて手を振る。

 そんなつもりは毛頭もないのに、周りにそう取られては大変だ。

「兄上を支えられるようになりたいだけですよ」

「ほう?王位は継がれないのですか」

「第二王子ですから」

「……正妃の御子であるのに?」

 また、それか。面倒くさいな。

 僕はつい、憮然とした口調になった。

「僕は王に向いていないので」

 正妃の子が王位を継ぐのが当然なら、そもそも父上は母上の他は誰も娶るべきではなかった。もしくは、シンシア様に御子が授かった時点で、僕が生まれないようにすれば良かったのだ。そうすれば、余計な争いは起きなかったのに。

「はは!なるほど」

 バートは額に手を当てて、笑った。

「周りの人間は勝手にあなたに理想を押し付ける。その初代国王陛下とよく似た容姿ゆえに。ふっふっ、リーバルで聞く噂はアテにならぬものですな。……失礼した、殿下。そう、この調子で強くなられると良かろう。強ければ、何処でも生きていける。私もそうやって生きてきた。帝国留学は、きっと良い経験になりますよ」

 そう……だろうか?

 ぜひ、そうであって欲しい……。


 夜。

 眠れなくて外へ出たら、焚き火のそばにいたライリーが僕に気付いて、手招いてくれた。

 公爵家の隊商なら、大きな街道を行くときはちゃんとした宿屋に泊まることが通常らしい。だけれど、ライリーは街道沿いにある隊商用野営地の方をいつも利用しているとのことで、今回もそちらでお願いした。

 僕のために宿を取ってもらうことはない。せっかくなら野営も経験したい。

「ちょうど、ホットミルクを作っていたところです。一緒にどうぞ」

「ありがとうございます」

 ライリーの横に座る。

 火龍公爵と似ている容貌なのに、ライリーは全然緊張しない。まとっている空気が違うせいだろうか。

「殿下は、姪のアリッサと仲が良いと聞きました」

 ミルクをこちらへ渡しながら、ライリーが言う。僕は頷いた。

「はい。でも、実は今回の留学の件を伝えずに国を出てしまったので……怒っているかも知れません」

「へえ!アリッサって、怒りっぽい子なんですか?」

「え?いや、そんなことはないですけど。……えーと、ライリーはアリッサとは」

「この間、姪のグレイシーの成人パーティーで会ったのが2回目ですね。1回目はあの子が生まれて間もないくらいだったかな?」

 そ、そうなのか……。

 まさか、そんなにもカールトン領へ帰ってないとは。

「だから、僕より殿下の方がよく知っていると思いますよ~」

「そうなんですね。アリッサだったら、隊商の仕事に興味を持つだろうから、ライリーの話を聞いたことがないのは不思議だと思っていました」

 なにせアリッサは王都のカールトン商会では、店頭に立っていたくらいだしな。

 ライリーは、楽しそうに目をきらめかせた。

「あはは、本当ですか?じゃあ、兄さんはあまり僕と話をさせたくないだろうなぁ。火龍家の人間はね、たまに一か所にじっとしていられない者がいるんですよ。アリッサも僕の影響を受けて家を飛び出さないかと兄は戦々恐々としてそうだ」

 ……影響以前に。

 アリッサはすでにやる気満々だ。

 そうか、叔父と同じ血か。

「父もねー、若い頃に四龍の務めを放り出して、ふらふらしましたからねぇ。仕方ないですよねぇ」

「オーガスト殿が?」

「ですよ。それで母に大激怒されて、今はおとなしく領を守っていますけど」

 ふうん。あのオーガスト殿が……意外だ。

「ライリーは、10代のときには家を出たと聞きましたが」

「うん。僕は瞳が青だし、魔力も並だし、跡を継がなくていいのは明白ですからね。王家と違って、四龍はその点は分かりやすくていいでしょう?僕は……幼い頃から見たことのない場所へ行くことが好きでしたから。それなら、商会の海外販路を広げる仕事がいいかなぁと思って。で、早々に家を出たんです。だって言葉を覚えるなら、習うより慣れろだと思ったし」

 家を出たのは、なんと12歳のときだったそうだ。

 魔法学院へ通っていたのに、唐突に思い立って手紙一つ置いて、出て行ったらしい。行動力が怖すぎる。

「ま、リーバルですぐバート様に捕まりましたけどね。母から連絡がいっていたようです」

 そして、16になるまでリーバルで商会の仕事やバートの手伝いをしながら航海術や言葉を学び、その後はずっと各地を飛び回っているらしい。

 ……アリッサも、ライリーのような生き方に憧れるのだろうか?

 もしかして僕は魔獣討伐隊に入るより、商人に弟子入りする方がいいのか?

 いや……だけど、僕は王位継承権は捨てても、王族としての務めまで捨てられない気がする。魔獣討伐隊の一員として王国を守り、何かあれば兄上の元へ駆け付けられるようにしていたい。

 あまり意識したことはなかったけれど。

 ……僕は案外、国のことを愛していたらしい。

 これも、王家の血かなぁ。

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