アシュベリー商会で襲われる
ラヴクラフト商会のあとは、風龍公爵家のアシュベリー商会へ。
ラヴクラフト商会のすぐ近くなので、歩いて向かうことにする。地龍翁が送ると言い出し、それでは意味がないと断る。
……そのせいで、もう1回、説教をされた。
ただ、説教はしたけれど付いて来なかったので、まあ良しとしよう。年寄りは本当に面倒くさい。
アシュベリー商会でも、風龍公爵が待っていた。
重々しいラヴクラフト商会とは違って、アシュベリー商会は白を基調とした繊細優美な内装、そこに風龍公爵が立っていると……うーん、母上なら興奮しそうな気がする。なんというか、とても……絵になる、という感じ。
ちなみにアシュベリー商会は、絵画や彫刻などの美術品を扱う店である。そのせいかどうか知らないけれど、風龍公爵は芸術方面全般にわたって造詣が深い。歌や楽器を弾くことも巧みだとか。
「いらっしゃいませ、アルフレッド殿下」
「わざわざお出迎えいただき、ありがとうございます」
「ふふ、殿下が我が商会へお越し頂くというのに、案内せずしてどうします。歓迎いたしますよ。たとえ別の目的であろうと、ね」
あー……風龍公爵にも目的はバレているのか。
公爵は茶目っ気いっぱいに片目をつむった。
「地龍翁からすでにお小言を頂いているでしょうから、私からは何も言いますまい。さ、殿下、たまには美術鑑賞で俗世の企みから離れましょう」
正直なところ、僕はあまり絵や彫刻に興味はない。
だけど……その後、風龍公爵の解釈付きで美術品のあれこれを見て回ると、かなり楽しかった。絵の裏に込められた意図や、想いが分かると、絵の見方も変わってくるものらしい。
「そういえば……母が頼んでいる絵の進み具合はどのような感じなのか、聞いてくるよう言われたのですが」
忘れていた。出掛ける前に何度も言われていたのに。
「ああ!王妃様ご依頼の絵か。申し訳ない、もう少し掛かりそうです。……良かったら、2階で見て行かれますか」
2階にアトリエがあるそうだ。
風龍公爵は、何人かの画家や彫刻家の支援をしている。制作場所も提供しているらしい。
2階は、1階の店舗とは違って雑然としていた。油絵の具の独特の匂いがする。
そこで1人の青年が一心不乱に筆を取っている。明るい水色の髪は奔放に跳ね、顔のあちこちには絵の具が付いているようだ。
彼が描いているのは、頂に雪を抱く峻険な山と青く澄んだ湖。
母上が頼んだ風景画……だろうか?
「チャーリー」
風龍公爵が青年に声を掛けると、青年はこちらを振り返り……目をぱちくりさせた。そして、
「うわーお!」
大きな声で叫び、筆と絵皿を放り投げる。ドタドタと大きな足音をさせて、こちらに駆け寄って来た。
「き、君!すごくイイね!!モデルしない?!」
「チャーリー」
「うわあ、キレイな金の髪……うんうん、体は細いのにムダなく筋肉もついてて、顔だけじゃないね、体も美しい!!ね、ね、ちょっと脱いでくれるかな?!」
?!
上衣に手を掛けられ、服を脱がそうとされる。
な、な、なんだっ?!
「チャーリー!第二王子殿下に対して、それは駄目だ」
「はえっ?だい……におうじ、でんか??」
横から風龍公爵が止めに入り、青年はゆっくりと首を傾げた。
しばらく停止し……ピョン!と面白いくらい高く飛び上がった。
「第二王子殿下!アルフレッド殿下!!……ぎゃあ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっっ」
そしてがばっと床に伏せ、頭を下げる。ゴツンという音がした。
「ぼ、ぼ、僕、綺麗なものには見境がなくなっちゃうんですぅぅぅ。ごめんなさぁぁぁいっ!!!」
……なんていうか。
せわしない人物だなぁ。僕が何か言う隙もない。
言葉を失って立ち尽くしていたら、風龍公爵がくすくす笑いながら僕の肩を叩いた。
「殿下、失礼した。彼の才能は本当に素晴らしいんだが、他はいろいろ問題があってね。美しいものに目がないというのは、私としても理解は出来る分、大目に見て欲しい」
「……はい。ちょっとビックリしただけで、別に大丈夫です」
すると、青年がバッと顔を上げた。おでこが赤くなっている。
「ホント、ごめんなさいごめんなさい殿下!でもでも!殿下の少年から青年へと変わる、この微妙な時期の危うい美しさは貴重です!ぜひぜひ、デッサンだけでもさせてください……!」
ズザザッとすり寄ってくる。
あ、怖い。
「チャーリー……少し落ち着きなさい」
「ムリ……ムリです、メイジーさま!もう、メイジーさまと殿下が並んでいる姿を見るだけで勝手に湧き溢れる創作意欲!どうか、どうかほんの少しだけ服を脱いで……」
話している途中から、ツツーと青年の鼻から血が垂れた。
あ、と思ったときには、青年はぶっ倒れていた。
「え……」
「ああ、殿下、気にしないでください。綺麗な景色を見ても倒れるし、花や犬でも興奮するときは興奮するし、大丈夫です。お騒がせした。……殿下をアトリエに連れて来るのではなかったな」
ははは、と公爵は笑う。
ほ、本当に大丈夫なのかな。倒れた拍子に頭をぶつけた気がするんだけど。
チャーリー:「ああ、殿下のデッサンが出来なかったぁぁぁ」
メイジー:「君はもう二度とアルフレッド殿下には会わせない」
チャーリー:「そんな!僕……僕、ぜひ、メイジーさまが背後からアルフレッド殿下を抱き締める絵を描きたいです!!」
メイジー:「……なんだか色々、問題を起こしそうな絵だからそれは駄目だ」
チャーリー:「うわぁぁぁぁん!」
 




