王城をこっそり抜け出す
帝国史の授業中に急な面会依頼を受けた。
カールトン商会のマシューだ。
「商会の人間がこのように急な面会を希望するなど、無礼ではありませんか!?」
連絡を受けた侍女が憤慨する。
だけど、きちんと分を弁えたマシューがこんな方法を取るくらいだ。急を要する話なんだろう。
僕は先生に断りを入れて、すぐにマシューの待つ部屋へ行く。
「急なお呼び立てをし、大変申し訳ございません」
僕が部屋へ入るなり、マシューは深く頭を下げた。
「構わない。……どうした?アリッサに何かあった?」
「昨日のうちに殿下へご連絡したかったのですが、どうしても取り次いで頂けず……そのため、無礼とは重々承知しているものの、本日、強引な登城をしました。実は、今日、もうすぐアリッサお嬢様がカールトン商会に来られる予定でして」
「え?!」
そういえば、王都へ来るという手紙をもらっていた。つい、この間のことだ。
もう、王都へ来たのか。さすがアリッサ、決めたら行動が早い……。
「お嬢様は数日、王都に滞在予定です。殿下がもし少しでもお時間を作れるようでしたら、王城へお招き頂けないでしょうか。お嬢様は、口には出されませんが殿下に直接謝罪したいと思っておられまして……」
「アリッサからは、もう、謝罪されている。謝るのは僕の方だよ。彼女の手紙にまともに返事は返してないし……留学の件もまだ伝えていない」
「では……」
迷っている場合じゃないだろう。
「今から、カールトン商会へ行く」
僕の返事に、マシューが困惑した様子で目を瞬かせる。
「よろしいのですか?」
「よろしいも何も。ちょっと事情があってね、アリッサがこちらに来るより僕が出向く方がいいんだ。火龍公爵から聞いてないかな。例の……少年のこと」
ここは他の者の目があるので、魔の者と言うことは出来ない。当然ながら、アリッサの手の印のことも。
マシューは、「ああ!」と頷いた。
「旦那様から少しだけ。お嬢様との関わりは深く伺っておらず……」
なので、王城へ出入り出来ない件は知らなかったらしい。
僕は目線で「それ以上は口にしないように」と止める。マシューは心得ているので、ただ、頭を下げた。
さて、すぐに王城を抜け出せるかな?
意外なことに、僕が今すぐ王城を出てカールトン商会へ行きたいと言うと、ブランドンとヘザーが即、動いてくれた。
「アリッサ様に留学のことを早く、お話してきて下さい。それでなくても準備でお忙しいのに、ずっと気にかかっておられるでしょう」
「それと!ちゃんと仲直りもしてくださいませね。アリッサ様からあんなに手紙が来ているのに、全然返事も返さず……殿下ったらヘソを曲げすぎです。何があったか存じませんけど、心の狭い男は嫌われますよ?」
……放っといてくれ。
ウィリアムと2人、変装して通用門の方からマシューと一緒に出る。
馬車でカールトン商会へ向かう途中、マシューには僕の印が入った許可証を渡した。
「これをマシューに渡しておくよ。今回みたいにすぐ僕へ取り次いでくれないときに、使って欲しい」
もしアリッサが王都へ来ることがあれば知らせて欲しいと以前からマシューに頼んでいたのは、僕だ。マシューはそれを果たそうとしてくれたのに、通してもらえないんじゃ、困る。
マシューは一瞬、逡巡したものの、素直に受け取った。
「特別のご配慮、ありがとうございます」
「ふふ、どちらかといえば僕の我が儘に付き合わせているから、お礼を言うのは僕だ。今日も知らせてくれて、ありがとう」
アリッサが王都へ来る件は、火龍公爵が教えてくれても良かったのに。
まあ、公爵も……アリッサを王城へは上げられないし、僕を城下へ連れ出すのも危ないと判断して黙っていたんだろうなぁ。
マシューはニコリと笑った。
「いいえ。早く殿下とお嬢様が仲直りされることが一番ですから!」
……マシューも、ブランドンもヘザーも。
魔の者の件は知らないと思うんだけど。何故、今、僕とアリッサの仲が微妙だって分かっているんだろう?
そんなに僕は態度に出ているんだろうか。




