追われて忙しい日々
留学に向けての準備で慌ただしい。
僕は帝国語の日常会話は問題なく出来るのだけど、もう少し高度な会話が出来る方が良いという話になり、今、帝国語しか使ってはいけない状態になっている。僕の側仕えも、帝国語の得意な者で固められた。
そういえば護衛で帝国まで付いてくるウィリアムは帝国語が最低限しか出来ないため、毎日厳しく詰め込まれ、半泣きだ。
「護衛職を選んだのは、勉強より剣術の方が得意だったからなのにー」
「学生時代の成績は悪くなかったって聞いてるけど」
「だって、あのときの帝国語の先生は美人だったからね。褒めてもらいたくて必死だったな~」
「……なるほど」
ウィリアムって、意外と下心いっぱいなヤツだったんだなぁ。
すると、ウィリアムがハッと顔色を変えた。僕の手を握り締め、真剣な目になる。
「この話!バラバラ先生にはぜっっったいに言わないで!」
「ん?最近、僕も疲れ気味だからなぁ……ポロッと口を滑らせたらゴメン」
「殿下~~~!」
ちなみにバラバラ先生は御年70の素敵な女性だ。いつも穏やかな笑みを浮かべていて上品な方だが、ウィリアムいわく、すっごく厳しくて怖いらしい。
僕はそんなバラバラ先生を見たことがない。よほどウィリアムの態度が悪いんじゃないか?
さて、通常の授業に帝国史や帝国文化、帝国地理なども加わった。
そして空いている時間は、帝国への贈り物を選んでいる。というか、侍従たちが選んだ品の内訳を覚えている。
皇帝や皇妃、皇太子にそれぞれどんな品を贈ったか把握しておくよう言われたからだ。さらに……それらは我が国の特産品ばかりなので、もし尋ねられたら、特徴や産地について答えられるようにもしている。
留学までそんなに時間がないのに……僕の負担、大きすぎないか?夏までに頭が破裂してしまいそうだ。
うう、わざわざ帝国へ行かなくてももう帝国のことは十分知ったよ……。これ以上詰め込むと、帝国のことが嫌いになりそうだ。
準備に追われる日々のせいで、ますます憂鬱が募る留学だけど……それでも一つだけ、期待していることがある。
それは、アリッサの魔力量を抑える方法について、何か役立つ情報が得られるかも知れないことだ。
帝国の魔法技術は水準が高い。
きっと僕の知らない魔法理論を学べることだろう。それだけは、楽しみだ。
この留学準備で慌ただしい合間に、何度かアリッサから手紙をもらった。
あの魔の者の少年についての謝罪の手紙もあった。
今、僕が一息つけるのは就寝前だけで、そのときにアリッサの手紙の返事を考えるのだけど……駄目だ。うまい文言が一つも思い浮かばない。
机でペンを握ったまま、寝落ちをすること数回。
とうとうブランドンに「……代筆しましょうか?」とまで言われてしまった。きっと昼間に頭を使い過ぎて、僕の思考力は限界になっているんだろう。
くっ……留学、本当に嫌だ……。
少年のことも、まだ気持ちの整理が上手くつけられないし。というか、整理する暇もない。
だから、何と返せばいいか全然、分からない。
かといって……何も返さないままでいるのはもっといけないと、かろうじて“気にしなくていい”とだけ返した。
アリッサ、ごめん……。今、これが目一杯なんだ……ああ、これじゃアリッサに嫌われてしまう……。
 




