マル秘:シンシア様餌付け計画
留学するまでに、アナベル嬢へ毒を盛った犯人を炙り出したいという話を兄上とした。いつものグレアムの部屋で。
「そうだな。父上たちも取る手を考えあぐねているようだし。……何かいい考えはあるか?」
兄上もすぐに同意してくれた。
良かった。僕一人では、さほど自由に動けない。
「1年前は僕が狙われました。敵は王家や四龍を狙っていると思われます。……なので、僕が囮になってみようかと」
「アルフレッド!それは駄目だ!」
「多少の危険を冒さねば、前へは進めませんよ。大丈夫です、きちんと対策を立てますから。というより、囮として動いているときに狙われる方が良いでしょう。モラ湖で狙われたように……安全だと思っている場所で狙われては、気を抜ける場所がなくなる」
「それはそうだが……」
兄上はむぐっと口を変な形に歪ませた。
これほど兄上に心配してもらえるようになるなんて、不思議な話だ。
「で……どういう形で囮をする気だ?」
「街へ下りようと思います。そうですね、どこかの商会へ顔を出そうかと。事前にみなの耳に入るよう王城で触れ回ります」
「……」
兄上が考え込む顔になった。
何か言いかけて……首を小さく振って唇を噛み締める。
「なんですか、兄上」
「その……商会へ行くなら、カールトン商会へ行かないか?」
「ああ……アナベル嬢の件もあり、火龍公爵なら協力してくれそうなので、行くならカールトン商会かなとは思っていましたが……」
そのとき、出来ればアリッサとも会いたいけれど……囮のときに会うのは良くないよな。
そんなことを考えていたら、兄上が目を輝かせた。
「じゃあ、カールトン商会で売っているスイーツを買ってきてくれないか?王城内でもあちこちで話を聞くから気になっているんだが、母上の目を潜って誰かに頼むことが難しくて」
「いいですよ!ドーナツとか、美味しいですしね。買ってきます」
「そうか、アルフレッドは食べているのかぁ。そりゃ、そうだよなー……」
いいなぁ……とガックリ肩を落とす兄上がなんだか可愛らしい。
ふうん、知らなかった。兄上、カールトン商会の商品が気になっていたのか。
まあ……僕は新商品が出たら、すぐマシューが王城へ届けてくれるからなぁ。なんなら発売前でも手に入るし。
恵まれていることに、今、気付いてしまった。
いいなぁ、いいなぁと珍しく小さな子供のように呟きながら、兄上は行儀悪く頬杖をついた。
「母上も、本当は気になっていると思う。だって母上はスイーツ好きだし、新しい物好きだしな。でも矜持が邪魔するんだろう、意地でも食べてみたいと言わないんだ」
「では……」
ふと、いい案を思い付いた。
「僕からシンシア様にもお届けしましょう」
「アルフレッドから?!」
「シンシア様に、僕は敵意がないことを知ってもらいたいんです」
ま、スイーツ一つで懐柔できるとは思っていないけれどね。
とはいえ、少しずつ歩み寄っておいた方がいい。帝国から帰ってきて、今度は違う国へ留学しろと言われたら堪らない。
「いいのか?イライザ様はいい顔をしないだろう?」
「なんとか理由を捻出します。シンシア様の好きなもの、嫌いなものを教えてくださいますか」
「母上は甘いものはほぼ全部好きだ。嫌いなのは、辛いもの、苦いものだな」
ふむ、じゃあ、スイーツ類はすべて大丈夫か。全種類、少しずつ贈っていくのがいいかな?留学までに、シンシア様と親しく―――というか、シンシア様の警戒心を少しでも緩くしておきたい。
ああ、どうせならぜひ、苦~いコーヒーを飲ませてみたいところだけど……毒殺を疑われては困るから、これは我慢しよう。
兄上が心配そうに目を細めている。
「なあ、アルフレッド。そもそも、イライザ様はアルフレッドが王太子になって欲しいんだよな……?」
「さあ……直接言われたことはないですけどね。母上も、ただムキになっているだけじゃないんでしょうか」
ヘザーやブランドンは、たまに「王に相応しい品格」がどうのこうのと言うので、僕には王太子の地位について欲しいと思っている気がする。だけど母上は……本音はどうなのかなぁ。




