アナベル嬢の目覚め
昨日、領からの急な呼び出しで火龍公爵は慌ただしく王城を退出し、少し騒ぎになっていたのだが、今朝は通常通り登城してきたそうだ。
「アナベル様、目覚められたようです」
授業の合間に、火龍公爵の昨日の急な退出理由をブランドンが教えてくれた。
そうか。それは……良かった。
気になって仕方なかったんだ。アリッサもきっと、ホッとしていることだろう。
そして午前最後の授業、政治学を学んでいるときに控えめに扉が叩かれ、火龍公爵の来訪が告げられた。
教師が「では、今日はここまでで良いでしょう」と言うので、急いで片付けて公爵の待つ隣の部屋へ行く。
「殿下。勉学中に申し訳ない」
「いいえ。……アナベル嬢が目覚めたと聞きました。体の具合などはどうですか」
何か障害が出たり、記憶が失われたりしていないといいのだけど。
火龍公爵は酷いクマの目元を綻ばせた。
「問題ないようです。長い間、眠っていたため……すぐ動いたり食べたりは難しいのですが、口だけは変わらず元気で。ベッドからあれこれ指示しています」
「そうか。……良かった」
「殿下には大変ご心配をおかけしたので、直接ご報告をと。ああ、アリッサも、今日は朝からアナベルのために胃に優しい食事を作ると張り切っていましたよ」
へえ。アリッサが作るのか?
でも、そういえば前に僕のためにケーキを作ってくれたこともあったっけ。アリッサは、やっぱり優しいな。
「公爵もその特別な食事をアナベル嬢と一緒に食べた方がいい。このところ、ゆっくり休めていないでしょう。顔色が良くないし、しばらく休暇を取ってみては」
「ありがとうございます。実は、今日はこのまま帰ります。……アリッサの誕生日でもあるので」
ふっと公爵の顔が緩んだ。優しい笑顔が浮かぶ。
そうか!
今日だった。
……アナベル嬢のことがあるから、誕生日のプレゼントを贈るのを悩んでいたんだった。アナベル嬢が目覚めたのなら、あとで贈ってもいいかな……。
するとブランドンが進み出て、公爵に頭を下げた。
「閣下。アルフレッド殿下はアリッサ様へのプレゼントを以前からご用意しておりまして……失礼ながら、閣下がご不快でなければ、お預けしても宜しいでしょうか」
「ブランドン!」
僕は思わず大きな声を出した。
火龍公爵に使い走りをさせるなんて……しかも、あのプレゼント。無茶だ。
しかし、ブランドンはニコニコと僕を振り返った。
「早くからご用意されていましたからねぇ。何やら遅くまで作業もされていましたし」
「ほう。殿下からのプレゼントなら、アリッサも喜ぶでしょう。お預かりします」
「いや、でも……」
言葉を濁しているうちに、ヘザーが大きな熊のぬいぐるみと箱を持って来た。
火龍公爵が一瞬目を見張ったあと、僕を見る。
「……これをアリッサに?」
「昔、熊のぬいぐるみを持っていたけど、失くしてしまったと少し悲しそうに話していたので……」
「そうですか。娘は他には言わない話を、意外と殿下には打ち明けているようですな」
うう。火龍公爵にブランドン、ヘザーの3人から温かい眼差しが向けられて、居心地が悪いよ。
「本当は直接お渡ししたかったのでしょう?」
火龍公爵が帰ったあと、ヘザーがお茶を用意しながら言う。
僕は肩をすくめた。
「王城であんなことがあったから、しばらくアリッサはこっちへ来れないだろう。直接渡せるとは考えてなかったよ。というか、公爵にあんなぬいぐるみを抱えて帰らせるなんて……」
たぶん、公爵はかなり注目の的になったと思うんだけど。
……あと、青い目のぬいぐるみを僕がアリッサに贈ったことが広く知れ渡るんだろうな。隠すつもりはないから、別に構わないけどさ。
ただ、正直なことを言えば、確かにプレゼントはアリッサに直接渡したかった。用意したときは、そのつもりだったのだ。
でも……仕方ないよな。自由に王城から出られない身が恨めしい。好きな相手に自分から会いに行けず、来てもらうだけなんて。
少し考え込んでいたら、ヘザーが懐かしそうに目を細めた。
「初めてアリッサ様とお会いしたのも、そういえばアリッサ様の誕生日でしたね。あのときは……殿下は王妃様の選んだプレゼントの中身も確かめませんでしたねぇ……」
「ヘザー。もうその話はいいだろ」
「いえいえ。青い目のクマに、青いお守りだなんて。殿下にそんな情熱的な一面があると知って、私もうれしいんですよ」
「……っ」
だから!
ブランドンと2人でその生ぬるーい笑みを浮かべるな!
……考えてみればプレゼント自体、ヘザーやブランドンには気付かれないよう用意したはずなのに。一体、いつの間にバレていたんだ?そこらの間諜より怖いかも知れないな、この2人……。
アルフレッド視点、開始です!
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