天恵者とは?
文量、多くなっちゃいました…
さすがにウォーレンさんと二人っきりは良くないということで、私とウォーレンさんの周りにだけ防音の魔法が掛けられた。
それだけではない。
ウォーレンさんが手を軽く振ると、キラキラと小さな光が周囲を回り出した。光る砂が取り囲んでいるみたい。キレイ。
「これは……?」
「ウ、ウィリアムは……ど、読唇術……が……で、できる、から」
なるほど!私たちの姿は周りから見えるけれど、口元の細かい動きはキラキラのせいで見えにくいというワケね。
モザイク……というほどではないけれど、そんな感じの効果だ。どういう種類の魔法なんだろう?
とりあえずイアンも唇を読めそうな気がするから、これはありがたい魔法かも。
「……そ、それで……き、聞きたい……ことって……?」
まだ警戒感いっぱいのウォーレンさんがぼそぼそと尋ねてくる。
私はハッと我に返って居住まいを正した。
「あの……界渡りとか、天恵者って何ですか?」
ほんの少しだけウォーレンさんが目を見開いた。
「ど、どこで……そ、そその言葉を……?」
「先日、カールトン商会へ来た帝国の人です。……私は天恵者だろう?と聞かれました」
「…………き、君は……な、何故……そ、そそそそれを、ぼ、僕に……聞くの?」
灰色の瞳が探るようにこちらを見る。私は肩をすくめた。
「私の周りで、一番知識が豊富そうなのがウォーレンさんだからです。そして……ウォーレンさんは私が全属性の魔法を使えることを知っていて、他には黙っていてくれてます。私を天恵者だと言った人は、お父さまはそのことを知っているはずだという口振りで……お父さまが敢えて私に隠しているなら……たぶん、あまり良くないことなのかな?と思って。そしたら、ウォーレンさんしか、打ち明けて質問できる人が思い付かなかったんです」
「そ、そう……。だ、だけど、ぼ、ぼぼ僕は、き、君のこと……し、信用、で、できない……」
ああ……とうとう言われちゃったよ。
一度失った信頼を取り戻すのは、難しいんだろうな。それでも。
「はい。それは理解しています。でも、ウォーレンさんなら、私がアルフレッド殿下に迷惑をかけるのは阻止したいですよね?私、大切なことを知らないまま動き回って、あとで問題になるのはもう避けたいんです。自分で調べて分からなかったので、あとは誰かに教えてもらうしかないんです。……それと、帝国の人から帝国へ来いと言われました。分からないままでは、どう対応すればいいか……」
ウォーレンさんの眉が寄った。
「て……帝国へ……?」
「はい」
ウォーレンさんが厳しい顔になった。珍しく私を真っ直ぐに見る。
「……き、君は……ほ、本当は、天恵者が……な、な何を指しているか……わ、分かって、い、いるよね?」
「……前世の記憶、のことですよね?」
「前世?」
あれ?違うの?
私が首を捻ったことに気付いたのだろう。ウォーレンさんは考えるように指を噛んだ。
「て、天恵者は……こ、こここの世ならぬ知識を……持つ者だと……」
「まあ……この世界ではない、別の世界で生きたときの記憶なので、間違いではない……でしょうか……?」
すうっとウォーレンさんの目が細くなった。どこを見ているのか分からない目線のまま、低く語り始める。
「……ここ、ブライト王国では、2、30年に一度の割合で天恵者が現れると記録されている。古くは天罰者と言われていた。何故なら突然の覚醒後、多くの者が情緒不安定になり───周囲との会話が噛み合わず、家族を捨てて旅に出たり、食事を拒否して衰弱死することがあったためである」
お?
おおお?
ウォーレンさん、急にどうしたんだ?
ていうか。衰弱死て!!情緒不安定くらいは分かるけど、なんで?!
「しかし200年ほど前、新たな治水技術でバードラー地方を救ったジェフ・スランや新しい染色方法を伝えたララ・トーランザなどの出現により、この世ならぬ素晴らしい知識を得る者もいると知られ、天恵者との呼び名に変わった。一方、ムルガ王国では急に狂暴性を増し、既存の魔法とは違う魔法を使用して殺戮に走る者が多く現れた。ゆえに彼の国では異界の使者と呼び、ある日急に人が変わったようになる者はすぐに捕らえて処罰することが定められた」
ほええっ?!
処罰!!
……え、でも、既存の魔法とは違う魔法?
あれ?どーゆーこと??
私とは違う世界の記憶??
フッと憑き物が落ちたようにウォーレンさんの力が抜けた。目をぱちぱちとさせ、ゆっくりと私の方を向く。
「……ぼ、ぼぼぼ僕が知っている、のは……こ、これくらいだ。……て、帝国は……さ、三代皇帝が……て、天恵者で……こ、この世ならぬ知恵で……庶子の身から……な、成り上がった。だ、だから、お、同じような……も、者が現れない……ように……て、天恵者を……い、一ヶ所に……と、閉じ込めていると……聞いた……ことがある……」
……うーわ~。ウルの言ったことと違う~。やっぱり聞いて良かった。
「私……閉じ込められたり、処罰されるんですか?」
「ブ、ブライト王国では……て、天恵者を……危険人物と、とは、か、考えていない……から……それは……な、ないと、思う……。き、君の、父上が……隠している……のは……た、たぶん……き、君が、ふ、不安定に……な、ならないように、は、配慮した……ためじゃ……ないかな……」
「配慮……」
「か、覚醒後……ふ、不安定になる……者が……お、多いから……。あ、あえて、ふ、普通に……振る舞っている……」
そっかぁ。確かに……お父さまはかなり家族愛が深い方だから有り得るかも。
考えてみれば、いつの間にか私の突飛な発想を家族みんな、すんなり受け入れてくれてるのよね。お母さまも兄さまや姉さまたちも、私が天恵者だと知ってて、詳しく聞かずにいてくれてるのかしら。
そうだとしたら、私……本当に大事にされているんだなぁ。
「な、納得……した……?」
「はい。ありがとうございました」
「……き、君の……ぜ、前世は……まったく、ち、違う世界?」
「はい。魔法はなくて、科学という技術が発達していました。戦争している国もあるんですけど、私の国は長らく平和で……貴族がおらず、身分差のない社会でした」
「へえ……」
少し興味が惹かれたらしい。ウォーレンさんが続きを促すように首を傾げる。
私は家のことや家族のこと、学校のこと、乗り物や便利な道具のあれこれ、思い付くままにたくさん話した。
この頃、前世の記憶が薄れてきたと思っていたけれど、話始めると次々に鮮やかに甦ってくる。話しているうちに……気が付けば勝手に涙が流れていた。
「あ、あれ?」
ウォーレンさんが慌ててハンカチを渡してくれた。
「ご、ごごごごめん……や、止めよう……!」
「どうして……」
涙が止まらない。
もう、二度と戻れない世界。どこにもない世界。ここでは、誰も知らない世界。今まで、それをあまり気にしたことはなかった。
だって、今の私は前世でよく見た転生モノの令嬢っぽいから。没落するかも知れない人生を回避しなくちゃ!って必死になってて。
でも───お父さん……お母さん…………学校や、当たり前の日常、生活、そういうのが驚くほど鮮やかに脳裡にいっぱいあふれてきて……。
ふいに、ガラガラと足元が崩れていく感覚がする。
私って……ナニモノ?
どうして……ここにいるの?




